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スタートアップ・IPO準備企業の常勤監査役の困惑と苦難

経理業務を主とする一管理部員だった私が、社の諸事情により、ある日突然常勤監査役のオファーを受け、たった半年間ではありましたが大役を務めさせていただきました。

オファーを受けた時点では、内部統制や、監査役の役割についての実際的知識が私にはほとんどありませんでした。しかし、会計や会社法等の知識がある程度あり、会社の業務全体の流れを知っている者が現職の取締役以外には私しかいないことは分かっていましたので、戸惑いつつもお引き受けしました。

就任前からすでに監査役の監査業務として具体的に何をしたらいいのか不安な状態でしたので、知識を補うため、以下のことを行いました。

・監査役の役割や監査業務に関する本を読み漁る
・前任者の監査メモにすべて目を通す
・日本監査役協会HPの閲覧
・内部統制に関する民間資格の勉強とセミナーへの参加
・IPO準備企業の監査役が集まる勉強会への参加

これらはすべてが貴重な体験でしたので、そこで学んだことなどを今のうちにしたためておくことにしました。この先私と同じように突然監査役に初チャレンジすることになった方の助けになれば幸いです。



監査役の役割や監査業務に関する本を読み漁る

読み漁った本の中で特に最初の知識皆無の時点で参考になった本をご紹介します。


監査役実務入門 3訂版

日本監査役協会の部会に所属されている方々によって、監査役になりたての人を対象に書かれた本です。「入門」というだけあって、監査役の監査業務についてコンパクトにまとめられています。作成書類のフォーマットも豊富です。

執筆者の中には、上場準備中に監査役になった方、キャリアや知見がなく監査役に就任し当初は右も左も分からない状態だった方もおられます。特に「PARTⅠ 監査活動雑感」は、監査役に就任してから、何を心がけて監査活動に向き合っていったかが執筆者ごとに書かれており、どういう心持で取り組めばいいのかもよく分からない状態でしたので、大変参考になりました。


会社法完全対応版 よくわかる監査役になったら事典

監査役を取り巻く状況下で発生する問題において、どう対応すべきかを分かりやすく解説し、その根拠となる会社法や監査基準などの条文まで示してくれる親切設計な本です。

ありがちな事例を挙げて、法に則ってどう対応すべきかが解説されていますので、監査役の業務に関わりの深い法令等を知るのにとても便利です。

ベンチャー企業・中小企業のための 監査役・監査等委員の教科書

法律的な建前だけでなく、ベンチャー企業・中小企業独特の監査実務上のあれこれな不都合も踏まえて書かれており、まさにそういう企業の監査役に就任された方にはうってつけの本です。

特に大企業からベンチャー企業・中小企業の監査役になった方には、カルチャーショックを多少減らしてくれるオススメの1冊です。


監査役・監査等委員・監査委員ハンドブック

監査実務解説の決定版。最終的にはこの本と日本監査役協会HPで閲覧できる資料があればなんとかなりそうな気にさせてくれる、鈍器的ハンドブック(分厚く高価)です。

3月決算の会社をモデルケースにし、〇月には何をしなければいけないか、と月毎にやるべきことを教えてくれる第2章「監査役の12か月」は、監査役初心者には本当に有難い内容です。


前任者の監査メモにすべて目を通す

やはり監査役初心者としては、前任者が過去に何を問題として感じていたのかは、これからの監査の重要な道しるべになりますし、その監査手法も大いに参考になります。前任者が指摘していた課題が、現状においてどこまで改善されていて何が改善されていないかを確かめておくことは必須です。


日本監査役協会HPの閲覧

当たり前すぎて紹介するのもおこがましい。監査役の強い見方になってくれるのが、日本監査役協会のウェブサイトです。

新任監査役へのガイドも充実しており、特に監査など何にも分からない状態の身にとっては、『監査実務チェックリスト研究会報告書 監査役監査チェックリスト』『新任監査役ガイド』に随分助けられました。おおまかにではありますが、これによって自分と会社に何が足りていないかを認識することができました。


内部統制に関する民間資格の勉強とセミナーへの参加

監査役の重要な監査業務の一つが内部統制システムに関することなのですが、内部統制についてとにかくほとんど何も知りませんでした。内部統制の基本知識を習得するため、一般社団法人日本経営調査士協会の民間資格「標準IPO・内部統制実務士」の勉強をしました。

この資格はIPO準備の知識も同時に学びますが、IPO準備には監査役業務に必要なガバナンスやコンプライアンスの概念の理解が欠かせませんので、一石二鳥です。

以下はこの資格の参考図書になります。

IPO準備企業の監査役が集まる勉強会への参加

運のいいことに、仕事上で関わりのある方が個人的にIPO準備企業の監査役向けの勉強会を定期的に開いており、それに参加させていただくことができました。監査役に就任していた期間が半年だけでしたので、数回しか参加できませんでしたが、実際にIPOを実現された会社でCFOや常勤監査役を務めておられた方々の経験談が聞けるというのは大変有難かったです。

クローズドな会なので、具体的な内容は明かせませんが、伺ったお話から、監査役に必要と思われる資質をまとめると以下のとおりです。

・とにもかくにも社長を牽制できる人
最重要ポイントです。これができるかどうかはIPO審査の監査役面談でもかなり厳しく突っ込まれるそうで、前段としては会社法やガバナンス等の基礎知識が必要になります。

・もはや今時の監査役監査において会計知識は必須
会計監査人がいない会社では監査役が会計監査を行わなければいけませんし、会計監査人がいたとしても、会計監査に責任がないというわけではありません。


今後の新米監査役のための切実な願い

スタートアップにおいて常勤監査役が見つからないとの悩みを良く耳にします。誰かに常勤監査役をオファーする際の参考になればと思い、以下を提案します。

専門家に気軽に意見が聞ける環境

「そもそも監査役は何する人ぞ」の状態から、短期間ではありますがいろいろ勉強していくうちに、その責任の重さを知りビビりました。ビビったときには意見を聞ける人が欲しくなります。できれば専門家の。

①弁護士

特にベンチャー企業というのは前例のないことを行うので、一般人には法令的にどう解釈すればいいのか分からない場合があります。しかし、そんな中でも、監査役というのは適法性監査を行わなければなりません。

また、もし株主代表訴訟が起こったらどうすればいいのか等、会社法などに則って動かなければいけない場面も多いので、顧問弁護士はもとより、法律の専門家が社外取締役や社外監査役に居てくれると助かります。

②公認会計士

私は経理経験者なので会計知識はありますが、公認会計士ほどの深い知識と経験があるわけではないので、財務報告の監査において気軽に話ができる専門家がいると有難かったです。

③その業種・業界に詳しい人

監査役の場合、適法性監査で足るという解釈が一般的ではありますが、昨今では妥当性監査(経営判断が妥当かどうか)も多少は必要である、という風潮になってきています。しかし、新しく就任した監査役がその企業が属する業種・業界の詳しい知識を持っているとは限りませんので、その場合は監査に困難を伴います。専門的知識を持っているような方と気軽にコミュニケーションが図れる状況であれば心強いです。

どなたかに常勤監査役をオファーする際には、すでに社外取締役・社外監査役等にそのような専門家とのコネクションが用意できている旨のアピールをすれば、多少ハードルが下がるかもしれません(難しいでしょうけど...)。


就任前でも社内事情を知りたい

社外の方が監査役となる場合、企業の状況がよくわからない段階で、就任していきなり監査方針や監査計画を策定するのは厳しいです。初めて監査役を務める場合はそもそも監査って何をどうしたらいいかも分からないので、特に不安に感じるでしょう。

前任の監査役がいるのであれば、就任前から十全にコミュニケーションが取れるよう配慮いただけると助かります。就任1年目の監査計画はその前任者が策定したものを案として、事前に他の監査役と協議・検討しておいてもらい、さらにその内容を垣間見させてもらえると、さらに有難いです。

もしその会社で初の監査役になるのであれば、就任前の数カ月間、業務委託契約し、内部統制整備の支援などに携わりつつ、会社の状況を知ることができる状況をあるといいと思います。ただ社外要件の観点から、業務委託の期間は長くならないように注意する必要があるかもしれません。


以上、短い経験ではありましたが、私の回顧がどなたかの役に立てば幸いです。スタートアップに幸あれ!

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