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バウンダリーを描く

母親の愚痴聞く担当だった人生。

「うん、うん、わかった。みんな(他の家族)に言っとく。うん、うん、うん。また来るね。」

両親に兄2人、そして母が待ち望んだ女の子の私の5人家族の我が家は、所謂機能不全家族だった。

不安定母に、無関心父。
弟妹を暴力で従える引きこもり長兄。
普段は優しいがキレると手がつけられない次兄。
外でひたすら優秀を目指す私。
時々、祖母が一緒に暮らしたり暮らさなかったりもした。

母は自分の意見や要望をヒステリーを起こすという手段で伝える人だった。
そのヒスも、沸点温度は日によって異なる、昨日◯だったものが今日は×、この人には◯だけどあなたには×など、客観的に見てわかりやすい基準も特になく、それこそどこを踏んだら爆発するともわからない地雷のようであった。

カーペットがずれている、
洗濯物の干し方(畳み方)が私と同じじゃない、
何が何でも朝掃除しなきゃ嫌だ、
迎えに来なかった、
だれもなんにもわかっていない、

あれだこれだと指摘して狂ったように怒り怒鳴る母。

部屋を片付けない兄にキレて、箪笥から何からひっくり返しぐちゃぐちゃにしたり、ミシンを叩き壊したり、包丁を突き立てたり。家出して何日かいなくなることもあった。

どれが地雷なのか、ここは前なかったから大丈夫と踏んだら爆発した、とか、当時の私は生きるか死ぬかの1歩1歩で生きていた。

全ての大元は「私の思い(私からは言わないけれど、わかってほしい)通りにやっていない、なっていない」ということなのだ。それはわかっていた。
でも何を思っているのかの説明がなく、かつ、尋ねても回答はない。手探りでその思いの輪郭を朧げに掴んだと思ったら、瞬間その形はもう既に過去の泡と消えてなくなり、全く手掛かりのない謎の形に姿が生まれている。そして私は、また一から触れて探して、常に流動していく母の思いの形を必死に追いかけるのだった。

そんなような母を、父は全く相手にしなかった。面倒臭いのである。兄たちも、幼い頃は言うことを聞いていたと思うが次第に父と同じような態度に変わっていった。

父や兄たちは、母親がキレて自室に籠るといつも、「ヒョウタン、行ってこい」と、私を遣わすのだった。
面倒臭いから俺たちは行かない、でも母に出ていかれると衣食に困る。下っ端、お前行ってこい、ということだ。

2階の和室の障子を開けようとすると、開かない。内側からつっかえ棒がしてある。
お母さん、ヒョウタンだよ。ごめんなさい、ごめんなさい。開けて、ねえお母さん。

母の愚痴や怒りの理由を聞き出し、家族に伝える。

母の怒りを鎮める。
母を慰める。
母を労う。
母を励ます。
母の味方になる。
母の機嫌の機微を読み、先回りして家族に警鐘を鳴らしたり、母の機嫌をとったりする。


「ヒョウタンさん、人との境界線がないから引っ張られちゃんだよね。」

あると望ましいものが自分にはない、と、自分の中だけでこっそりと自覚してちょっといじけたりしている分にはかわいいものだが、それを人から改めて指摘されると、まぁまぁの傷つきや反発心が勃興したりして一瞬、憎まれ口のひとつでも言ってやりたい気持ちになる。

「簡単に、『ない』なんて言ってくれるねぇ。こちとらあった試しがねえのよ。あった線がある日消えたわけじゃあねえんだよ。最初っからねえんだよ。わかるかい?生粋のノーバウンダリーってんだよ。それが今更境界線だなんてなんのこっちゃわかんねえよどんなもんかもわかんねえよだって知らねえんだもん馬鹿にしてもらっちゃ困るぜ先生一昨日きやがれってんだ!パシッ(扇子を打つ)」

と、謎の江戸っ子べらんめぇ的な。

でも本当は羨ましい。
境界線、めちゃくちゃ欲しい。
喉から手が出るほど欲しいのだ。

あんな環境じゃなかったら私だって持てた。
何十年も無駄どころか悪にしかならなかった時間を過ごしてきたってことじゃん!たった一度の人生馬鹿みたいじゃん!!

私だって、私だって、私だって!!
ぐううううう…!ぐううううう…!!


「おっしゃる通りです。意識して、練習の繰り返しを積み重ねていきたいです。協力してください。」



自分でもあれ?と思うような言葉を言っていた。意を決したわけではい。勇気も出していない。素直になれ!とも言い聞かせていない。意識するより早く、本心が口を衝いて出たんだなと、後から思った。

「言っちまえばもう早いもんよ横向いてたヘソが真っ直ぐ向くのもさ!わからねえことは教えてください、できねえときは助けてくださいってのは人間の基本だよ先生!わはははは!パシッ(扇子の音)」


2つの丸が並ぶ絵を描いた。
意識していないと境界線を出せないから、元の何もない状態になってしまうから、あなたとわたし、それぞれ別なのよ、という言葉の代わりの絵だ。

あなたにはあなたの、わたしにはわたしのバウンダリー。あなたの問題はあなたのもの、わたしの問題はわたしのもの。バウンダリーを、作る、持つ、保ち続ける。

常に視界に入る場所に置いてある。

(おわり)


追記:今、自分の過去の境遇について思うとき、境遇自体は恵まれてなかったなと思っても両親に対する恨みはない。

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