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客の来ない弁当屋


いつ何時もお客様の要望に答えて美味い出来立ての弁当を提供する。その場で購入するもよし、電話で注文してデリバリーもよし。腕は常連さんからのお墨付き、ぜひ当店をご利用ください。

どこにでもあるような謳い文句を適当に並べて、安っぽい広告のチラシと安っぽい旗を掲げてそれでも弁当に使う食材にはちゃんと産地やら品質やら出来るだけ切り詰めながらもこだわってきた。

だが、待てど暮らせど表で店番する俺の前には弁当を買いに来る客の1人も現れない。
それもそのはず。表の道は不自然な程に人が通らない幽霊街道だが、一度裏へ回れば似たような顔した人間たちが行き交う賑やかな世界。以前は裏の世界で仕事をしていたが、今ではこうしていつか来てくれる誰かのためにこだわりの弁当を作ることが俺の生きがいだ。

買いに来てくれるかじゃない。ここをまず見つけてくれるかどうかが大前提なのである。

いつか来る客を待ち続け、ただただ時間だけを過ごしている内に辺りはすっかりオレンジ色の夕焼けに包まれていた。

「はぁ、またダメか」深いため息を一つ吐き誰か来ないかと店先から顔を出して辺りを見回す。だが誰かいるわけもなく店に戻った。

するとその時だった。表ではなく、裏から誰かがノックする音が聞こえる。表で弁当をやっているため、裏の人間との接点はあまりない。というのも、人との関係は作らない方がいいと昔から俺は言われ続けてきた。それは弱みにもなり、隙にもなるからである。特に裏との関係は断ち切るべきだった。

そうしないと、ほら。また裏からのノックが聞こえる。

俺は嫌々、また裏の勝手口の扉を開いた。

「仕事だ、調理屋」

「俺は弁当屋だ」

客の来ない表の弁当を支えるために、昔やっていた客の絶えない裏の仕事を続けている。裏には弁当を平気な顔してゴミ同然に捨てるやつが湧いている。そんな悪意を肥す人間を俺は捌き、要望があれば依頼人が望むように調理を施し指定された場所へ届け出る。故に俺に付けられた呼び名は「調理屋」だった。

弁当を作るということに関しては確かに俺自身が調理を行っているためにあながち間違いではないが、あくまで俺の仕事は「弁当屋」であって俺が捌く肉はせいぜい鳥や豚、たまに牛肉なんかもあるが今は高くてメニューには出せていない。もし今度金が入ったらレシピを考えてみるか。

そんなことを考えている内に「車屋」の運転で目的の場所までついてしまった。
「では頼むぞ、調理屋。肉はいつも通り処理して俺のとこに持ってきてくれ」
「仲介屋」はそういうと早々にその場を去っていった。
俺はため息をつきながらも標的の下まで堂々と歩いて近づく。道すがらに迫り来る邪魔者を指で弾き、床や壁にトッピングのように張り巡らされた罠を何事もなく通り抜け目的を遂行する。活け締めをされた魚のように身体を小刻みに痙攣させる姿を眼前に眺めながら俺はただ黙々と肉を捌くだけ。

肉を捌けば仲介屋にそれを差し出し今回の仕事は終わり。こうして俺は弁当屋を潰さないために裏の仕事をしている。
だが俺は仮にも「弁当屋」。美味い弁当を作り、届けることが本業。
裏の仕事もこれきりにしたいものだ。

さて、今日も作るか。いつか来る客のために。



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