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割れた茶碗とド素人の金継ぎ

おつかれさまですういなつです。
今日はちょっとした事件と、その顛末と、考えていたことを書きます。しずかなインターネットに書き散らしていたものを、あらためて整理して。

「ガシャン」

それは唐突でした。夕食後洗い物を終えた父が食器乾燥機に入れようとした私のお茶碗を取り落としました。
ガシャン、という音が心臓をキュッと縮こまらせて嫌な気分になったあとで聞こえてきた、「ごめん、割った」の一言。
幸い父に怪我はありませんでしたが、割れた茶碗の姿にわたしは絶句。

割れてしまったかわいこちゃん

数年前に日本橋のセレクトショップで出会った、穏やかさと華やかさを併せ持つお気に入りの可愛い子。引越しに際して、食器をいくつか新調しようと探しに行った先で色柄を見た瞬間、一目惚れした本当にお気に入りのものでした。このお茶碗と並べたい箸も選び、さらには箸置きも組み合わせてお気に入りのセットを自分で組んだのです。「付喪神が生まれるくらい、可愛がってやるからなー!」と思ったのを覚えています。

割れた姿を見た途端、頭が真っ白になって、これが最後かもと思い写真を撮ったのがこれです。悲しすぎて涙が出ない。呆然とするしかなかった。この日ばかりは自分が洗い物をすればよかった、とすら思いました。自分が扱っていたら割ることはなかったのに、と。
そんな私に反して、父は恐らく「形あるものは壊れるもの、仕方がない」という思考の人。申し訳なさそうにする訳でもない淡々とした態度に、悲しさから段々と腹立たしさがお腹の底から溢れてきます。

別れすら惜しめなかった箸

実はお茶碗が割れる数日前に、お箸が捨てられていました。確かに使うごと洗うごとに劣化していくもの、あの日選んだお箸はほぼ毎日使っていたのだから当然といえば当然なので、「買い替え時だね」という話は出ていました。
が、私はてっきりまた自分で選べるものだと思い込んでいたところに、父が勝手に揃いで新しいものを書い、それまで使っていたものは私の知らぬうちに処分されていました。
実は結構それがショックで、お別れも言えなかったこと、新しいものは「色が合ってればいいだろ」という父の適当すぎるチョイスで好みではなかったことが、腹の底でもやもやと複雑に渦巻いていて消化出来ていませんでした。
明るい青緑と深みのある抹茶色って、同じと言えるのでしょうか……

そんな時にお茶碗が割られ、謝りの言葉もわたしには本気で謝っているようには受け取れず、言葉を発せずに自室に戻ってから泣きました。何かを言おうとしたら、意味もなくただ父を罵倒しそうで怖かったんです。

一昼夜、あけて

翌日は丸1日外出の用事があり、父の顔を見たくなくてさっさと家を飛び出し、帰りたくないと出先で会った友人にごねまくり、父が寝た頃に帰宅。(それでも帰宅する旨の連絡など入れた私は正直偉いと思う)(友人には事情を話したにしろ申し訳ありませんでした)
その翌朝、ようやくある程度落ち着いたところで、努めて冷静にこちらの気持ちをお箸のことも含めてひとつひとつ話しました。もう責める気持ちは無いけれど、腹立たしさと悲しみはまだ残っている、とも。
修復の方法は知っていたが、依頼をするとなるとお茶碗を買った価格より高くついてしまうことから諦めてはいることも伝えました。

すると父はこう言ったのです。
「Amazonで金継ぎキットが売られているのを見たから買った」

そんな訳で、割れたお茶碗は

DIYや細かい工作が好きな父、手先もそこそこ器用な人なのは承知していたのですが、どうやら以前から「金継ぎ」に興味があったそう。

こうなりました。

実は金ではなく真鍮
細かく割れなかったのが幸い


不格好……だけどド素人の初挑戦にしては、というのが正直な感想です。まあ……塗り方もう少し何とかならんかったんかい!と言いたい気持ちもゼロではないんですけど、ひとまず元に戻ったこと、また使えることが嬉しいな、と思いました。

これからもよろしくね。お箸の分まで、大切にします。

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