「ビジネスホテルでの過ごし方はコレだ!」の話
「1万円を楽しく使おう!」
…そう思い立って、手ぶらで電車に乗りこみ。
自宅からそんな遠くもない、よく知らない街で降り立ち。
勢いでビジネスホテルに宿泊したあなた。
電車賃と宿泊料の支払いで、残りの所持金はわずか2千円ちょっと。
時刻は17時。
ホテルの部屋の小窓から、暮れなずむ街並みを眺めて、煙草をくゆらせているはずだ。(何しよっかな…?)と、どこか途方に暮れながら。
ここで風呂に入るのはまだ早い。
お風呂は汗をかいてから入るものだ。
部屋のカギをジャラジャラさせながら、廊下に出よう。
もしジャラジャラ音が聞こえなかった場合は、部屋にカギを忘れてきてるので、オートロックでその後二度と部屋に入れない。非常階段で寝ることになる。
怯えながらのアポ無しのチェックインのことは忘れ、フロント前を慣れた顔で通り過ぎ、ホテル玄関を出る。
玄関先に灰皿がありがちなので、そこで一服しながら、その街のことを簡単に調べる。あなたは駅前のビジネスホテルに泊まっているはずなので、ウィキペディアでその駅名を打ち込もう。
その街が出身の、ご自慢の歴史上の人物や、観光名所などが出るはずだ。
それをサッと簡単に頭に入れておく。
記憶の片隅に、宿便のようにこびりついてる程度でよい。
まずは駅舎の前に行こう。
そこで自分が降り立った「駅舎の写真」を1枚撮るのだ。
駅の名前がハッキリ写ってるアングルが良いだろう。
これからあなたがやるべきことは「カメラマン」だ。
あなたが立っている場所から、徒歩5分程度で行ける範囲で「いかにもその街らしい何か」の写真を4枚撮って欲しい。
4枚だ。
1枚目は、駅舎の写真。
次は駅舎の中に、もう一度入ってみよう。
そこであなたが探すのは、その街の「ゆるキャラ」である。
何かしらパネルなり、グッズ売り場なり。
どこかできっと会えるはずだ。その地元のゆるキャラに。
そのキャラが可愛いかどうか、評価は別として、とりあえず写真を撮る。
キャラのデザインの良し悪しについて、いっさい考えちゃいけない。
一度考え始めると、シャッターを押しづらい、いけてないゆるキャラに遭遇することもある。無心で撮る。
コンビニ弁当のピンクの柴漬けを仕方なく食べるように、仕方なく撮る。これが2枚めの写真である。
次に駅前のロータリーなどをうろついてみよう。
その街が、税金を贅沢に使った謎のモニュメントや、(誰っ!?)という、素性のわからぬ人物の銅像が建っていたりする。
銅像の人物が誰なのか、どんな偉業を成し遂げた人なのか…などなど、まったく調べなくて良い。地元の夏祭りに、よく知らない演歌歌手が来た時と同じノリで写真を撮る。
これが3枚目の写真である。
次に、駅前の商店街をうろつく。
探すのは、メシ屋である。
自分が食べるためではない。写真を撮るためである。
食べログなどで「その街の住人なら、必ず1度は入っているだろう、老舗の名店」を探し出す。味はともかく、名物店なら何でも良い。どの駅前にも、必ずそういうお店がある。もっといえばメシ屋でなくてもいい。
その街の住人が25万人いたら、20万人が「はいはい!知ってる知ってる!」と言いそうな、そんなお店の写真を撮る。
これで写真が4枚そろったはずだ。
次に、ツイッターを開く。
自分のアカウントで、先ほどの4枚の写真を投稿する。
そして画像に添えるコメントに、こう書こう。
「今夜、この街に泊まります。
初めて来ましたが、とっても楽しそうな街です。
◯◯◯、最高っ! 大好きっ!」
◯◯◯には、その街の地名を書こう。
そして先ほど撮った写真の、駅名、銅像の人物名や、お店の名前などをタグにして足しておく。
アップロードが終わったら、もう観光は終わりだ。
もう十分だ。
観光は駅前徒歩5分の範囲ですませる。
さて、1時間くらい経って、ほんのり汗もかいてきた頃だろう。
18時をすぎ、夕焼け空が街を赤く染めているはずだ。
お腹もほどよく空いてきた頃合いだ。
さあ夕飯の準備をしよう!
ここで大事なのは、外食なんて絶対しちゃいけない。
ビジネスホテルを楽しむからには、メシはホテルの部屋で食べるべし。
そもそも所持金は、残り2000円ちょっとしかないのだ。
夕飯の選択は2つ。
・持ち帰りできるファーストフード
・コンビニ弁当
お酒が好きな方は、ホテル最寄りのコンビニで、弁当と発泡酒でも買えばいい。予算に余裕があれば、ツマミも買いたまえ。
わしのような下戸の方に、オススメしたいのはこれである。
ホテルの部屋で、マクドナルドのハンバーガー。
これがコスパ的にも気分的にも最強である。
子供の頃から一番食べ慣れているものを
慣れないビジネスホテルの部屋で食う。
これを存分に楽しんで欲しい。
逃走犯が、こっそり警察の目を逃れて泊まったビジネスホテルで、物音に怯えながらモソモソとフライドポテトをほおばる。そんなシチュエーションを妄想して、気分を高めていただきたい。ハンバーガー片手に、たまにカーテンの隙間から外をうかがい(くそっ…よりによって5階か、窓からは逃げられないな)なんてつぶやき、コーラでパンズを流し込む。
非日常を楽しむ、最高の時間である。
さて、食事が終わった頃に、先ほど写真をアップしたツイッターをのぞいてみよう。そこそこフォロワーさんがいる方なら、ある程度ファボやコメントなどの反応が来てるはずだ。まったくなくてもガッカリしなくてよい。夜は長いのだ。
地元の人間は、見慣れた地元の光景がそこにあるだけで、妙に嬉しくなってしまうものである。写真を一度見れば必ず反応してしまう。
「ちょwww そこ地元!」
「その店のハンバーグ美味しいですよね」
「銅像の人物は、江戸時代に初めて豚肉を生で食べた人で、寄生虫にやられてすぐ死にました」
などなど、地元の人間なら、何か言いたくてたまらない。
すごい時は、写真に撮ったゆるキャラからコメントが来たりする。
そんな声掛けがどこぞから来ていないか、ワクワクしながら5分おきにツイッターをチェックする。それだけでも楽しい夜である。
さて、食事も終わり、20時くらいになったであろうか。
駅前観光でうっすらかいた、汗を流そうではないか。
まずはユニットバスの湯船にお湯をはることからだが。
気をつけていただきたいのは1点。
湯船のヘリにかけられた、足拭きマットをどける。
よくそのままにして、マットをびしょ濡れにしてしまう事故が多発している。お湯の温度を調整することに夢中で「よし!適温!」とガッツポーズしたところで、マットのことを忘れがちだ。
ドアを開けっ放しでお湯を張ると、湯気で火災警報が鳴るという注意文があったりするが、相当モクモクさせないかぎり、ほとんどトラブルはないので。あまり過敏にならなくてよい。気になる方は入浴中、ドアを締めておけば良い。
お湯がそこそこたまったら、ゆったりとダイブしていただきたい。
そしてユニットバスの中「人生で一番だらしない格好」で、それこそ寝起きのマーメイドのごとく、しばらく寝転んでいて欲しい。
お湯はすぐぬるくなるので、火傷しないように気をつけながら、たびたび熱湯をチョロチョロ注ぎ足していこう。
ホテルのよっては「入浴剤バブの自動販売機」が廊下にあったりする。
そんな時は、ぜひバブりたいものだ。
バラ売りなので、100円くらいで安い。
あとは適当に、備品のシャンプーで髪を洗った後、バスタオルで全身の水気を丁寧に拭き取り。
あとはずっと全裸で過ごして欲しい。
そう、全裸だ!
ビジネスホテルの空調は完璧である。室温25度なら、ずっとそのままだ。気温が時間帯によって、冷え込んだりする自宅とは違う。生まれたままの自分で、朝まで過ごして欲しい。
しかし、その前に。
一度クローゼットから、備品の寝間着を取り出し。
全裸の身体に星衣(クロス)をまとってみよう。
そして脱ぎ捨てたパンツとシャツを持って、さあそのまま勇気を持って廊下に出よう。裾からおちんちんがポロリしないように最大限の注意をはらいつつ。向かう先は…
コインランドリー!
ここで、下着を洗うのである。
金銭的に余裕がなければ、洗面台で自分で手洗いして、乾燥機だけを使うのもよいだろう。30分でホッカホカだ。
廊下や、コインランドリーの待合室に、本棚があったりする。自分好みの本がないか、ワクワクしながら物色しよう。エッチな本を期待しても、さすがにホテルでそんな露骨なエロ雑誌やエロ漫画など置くことはない。
しかし。
週刊大衆はあったりする!
ビジネスホテルで見つかる週刊大衆は、まさに聖典のごとき美しさ。
なにせ週刊大衆には、人妻ヌード袋とじがある!
普段は読むことない下世話な雑誌の数々を、こんな夜だからこそ、読み倒そうではないか。(人妻ヌードでわくわくするなんて、自分も歳を取ったもんだな)と苦笑いして、ビールをチビチビ飲むのもよいだろう。
地方ローカルテレビ局の、二度と見ないであろうチャンネルをボンヤリ眺めたり、夜のニュースで1日の出来事を眺めたり、たまに窓を開けて全裸のまま夜風を浴びたり。そんなことをしているうちに、時刻は深夜0時。
終電がなくなり。駅前に人もいなくなった時間帯。
おそらく酔っぱらいか、家に帰りたくない若者がチラホラいるくらいだろう。
さあ、コインランドリーで洗った下着をはきなおし、寝静まった「夜の街の探索」に出かけよう!
かつてわしが不良のメッカ、木更津に宿泊した時。
その時間帯、駅前が無人。
「千葉の不良は、よく寝る子どもたちかっ!!」
と、驚いたことがある。
地方ほど、深夜になると人が消える。
無人の知らない街を、夜更けに1人コツコツ歩く楽しさを味わって欲しい。
この時間に開いてるお店は、スナックなどの飲み屋くらいである。
おそらく50歳くらいのママさんが、しゃがれ声でカウンターに座って、政治の話とかをしてるのだろう。わしは下戸だからわからない。
都会に近ければガールズバーなどもある。大きい街なら風俗やエステなどの看板も光っている。
ネオン輝く淫靡な世界。
そこを所持金ほぼ0で、うろつくのである。
この店の奥には、どんな人たちが巣くっているのだろう?
そんな想像をしながら、ドキドキするだけの深夜散歩である。
ドキドキを堪能したところで、迷子にならないうちにホテルに帰還。
あとは寝るだけである。
もうすでに充実感に包まれているはずだ。
あとは全裸で、布団に包まれるだけである。
部屋の電気を全部消して、かすかに窓の外から聞こえる車の走行音を聴く。
自分がこんな馬鹿な一日を過ごしてる間にも、車に乗って働いている人達がいる、申し訳ないな、明日からまた日常に戻って仕事を頑張ろう…………そう……人生は………続く……の……だ…………
気づけば、カーテンの隙間から朝日が差し込み、朝である。
気分が高揚してるので、意外と早く目覚めてしまったはずだ。
窓を開けて、さわやかな朝の空気を部屋に流し込み、動き始めた街の音を聞きながら、目覚めの一服、煙草に火を付ける。
最高に旨い。
とりあえずテレビをつけて、朝のニュースを見る。
見慣れない地名が画面の片隅に並んで、今日の天気を伝えている。
自分が、知らない街にいることを思い出す。
泊まったホテルによっては、朝食サービスがあるはずだ。
全裸はここで終了。服に着替えて、顔を洗い、食堂へと向かおう。
食堂で初めて目にする「同じホテルに泊まった仲間たち」の顔。
おそらく今日もバリバリ働くであろう、出張のお父さん。
肌ツヤの良いカップル。
(恋人との旅行で、汚えビジネスホテル泊まるなよ…)とか思いつつも、彼女さんが朝から機嫌が良さそうな笑顔を見せているので、いろいろ夜は頑張ったのだろう。ならばよい。
なんて思いつつ、バイキング形式の朝食を楽しむ。
朝食バイキングなど、半熟のスクランブルエッグ、カリカリに焼いたベーコン、小さい焼き魚、ご飯と味噌汁と梅干し、そしてオレンジジュースがあれば良い。
なのに最近のホテルは、どこも朝食を頑張っている。
満足にもほどがある。
今まで朝食サービスでガッカリしたことは一度もない。
おそらく、用意されたすべての種類のおかずを食べようと、皿にてんこ盛り。それを全部食べ尽くし満腹、お腹を擦りながら部屋に戻るはずだ。
押し出すように、ウンコをしよう。
ついでに歯磨き。
そしてバスまわりの簡単な清掃。立つ鳥、跡を濁さず、である。
チェックアウトの10時までダラダラ過ごし、退室15分前にあわてて部屋を掃除。ゴミをまとめて、布団を直し、財布とスマホがポケットにあることを確認し、鍵を持って部屋を出る。
フロントで鍵を返す。
別れの言葉は「お世話になりました」がスマートでいいだろう。
外に出て、朝日を身体中に浴びて、朝の空気を胸いっぱい吸い込んだら。
そっと後ろを振り返り。
ビジネスホテルを見上げて、こう囁やこう。
「いい、お宿でした、ありがとう」
そして駅に向かい、颯爽と電車に乗り込み、寄り道せずに帰宅。
帰りの電車内で、ツイッターの確認。
ついたリプを眺めて、ニヤニヤする。
そして1時間もせず自宅、急に戻った日常にキョトンとする。
以上である。
ここまで楽しんで、1万円である。
どうじゃろう?
さあ、これを読んだあなた!
ビジネスホテルに出発だ!
ご機嫌がよろしい時、気分で小銭を投げていただくと嬉しいです。ただあまり気はつかわず、気楽に読んでくださいませませ。読まれるだけで感謝です。