ウヒョ助日本全国歩き旅 (第7回:根岸〜横須賀)
横浜から根岸への、決死の丘陵地ショートカット。沼のような迷子状態から脱出し、無事にたどりついた根岸駅。曇っていた天気も急に晴れだし、3月のポカポカ陽気の中、鼻歌まじりに歩き出す。
ホーラ 春咲小紅 ミーニミニ 見に来てね♪
わたしのココロ ふーわふわ 舞い上が〜〜る♪
「春咲小紅」の歌詞はすんなり出てくるが、歌っていた矢野顕子の顔を思い出せない。なぜか浮かんでくるのは、日本プロ麻雀協会の豊後葵プロの顔。
根岸駅から、線路沿いに歩いて歩いて、南へ、南へ。
こういう古くて大きな雑居ビル、大好き。
線路まわりによくあるのよね。
都会じゃ土地が狭いので、縦に縦にと高くビルが伸びるんだけど。地方は横へ横へ。このドッシリしたフォルムがいいね、古き良き昭和の香りがするじゃない。
イーネ! イーネ!イーーーーネッ!
イーネ!…で思い出したが、わしが向かっているのは三浦半島の大都市、横須賀。クレイジーケンバンドの曲の舞台によくなってる、あの横須賀だ。米軍基地があり、アメリカーンでお洒落な街だと噂に聞いている。
アメリカ=ナウい…という発想自体が、いかにも昭和生まれのオジサン。だって、わし昭和50年生まれですもの。80年代ハリウッド映画で育ってるからね。トップガンにフラッシュダンスにグレムリンですよ。
根岸駅→磯子駅→新杉田駅 を横目に通過し、この歩き旅では初めてとなる「長いトンネル」に遭遇。
宝の地図かな?…と思ったら、どうやらヒビ割れの入ってるところをチョークでわかりやすくなぞり、記録をつけているご様子。
「きっとこのトンネルを抜けたところから、三浦半島のスタートなんだろうな、いよいよ旅らしくなってきたぞーい!」
東京の自宅からここまで、どこまでも広がる、ありふれた都会の景色の中をずっと歩いてきたので。そろそろ「田舎」が見たかった。ビルなんて見当たらない、高い空の景色を見たい。この先を進めば進むほど、ゆっくりと田舎らしい香りが強くなってくるのだろうか?
さあ、三浦半島に乗り込むぞ!
そしてトンネルを抜けた先に待っていた、京急富岡駅。
……いきなり駅前、何もねえな。
ヤブだらけだし。そんな急に風景が田舎になるもんかね。極端だな。
とにかくこの駅から線路沿い、南に向かってずっと歩き続けていれば、必ず横須賀の街にたどりつくのはわかっている。足がだいぶ痛くなってきたが、疲れたら最寄りの駅をセーブポイントにして、電車で家に帰っちゃえばいい。時間はある、行けるところまで行こう。
だってまだお昼を過ぎたばかりですもの。
京急の赤い電車の尻を追いかけるように、もくもくと歩く。
こんな街もあるんだ
見たことのない景色見せてよ
赤い電車 赤い電車ーーー…♪
くるりの「赤い電車」って曲があるけど、その赤い電車こそが、この京急。
……黄色い電車もあるのかよ。
このあたりで編集さんから「今週は〆切りが厳しいです。ネームはまだですか?」という催促の電話が入り。(やっべ…こんなところ歩いてる場合じゃねえな、急いで帰って仕事しないとな)と、思ったところで、金沢八景駅。
この駅を、今回の旅のゴールにするぅ?
八景とかイキってる割には工事中だし。なんの景色も見えないよ。
あるのはフェンスだけ。駅舎も見えねえよ。
足の裏がめちゃくちゃ痛いのだが、もうちょっと進もう。
座ってタバコ休憩できる場所ないかしら?
ベンチがあるねえ。灰皿もあるねえ。
ていうか、風呂があるねえ。まだ、お昼の3時すぎだけど。
もうオープンしてるんだ。ふーん…。
代金払ってお風呂にも入らずに、軒先でタバコだけ吸うのは、さすがにマナー違反なので、絶対やらない。そういうとこは、しっかりしてるわし。
おいおい。
仕事で帰らなきゃいけないのに、なんでわしお風呂に入ろうとしてるんだ。
館内は、昔ながらのベタな銭湯で、かなり風情があって素敵。ここにも昭和が隠れていた。全裸になり、痛んで熱を持った足に冷水をぶっかけ、キンキンになったところで湯船にザブン。
あああ……ああッ…ああああああああああああああ!!!
もうすでに散歩じゃない。湯治の旅だ。
ふぅ…。
天国って、きっとこんな場所だな。
どうやらエリア的には「横須賀市」に突入したようだ。
お客さんはどうやって座るんだ、この薄く細い店の中に。
これまた昭和の香りがする、追浜駅前アーケード。
なんとなく海町の香りがする。
駅名に「浜」がついてるもんな。
猫のいるファミマで、ホッカイロを購入。
逃げねえなコイツ。
日が落ちて、だいぶ寒くなってきた。
……あれ?
このあたりで急に体調がおかしくなってきた。体がズッシリと重くなり、足が全然前に進まない。どうしたのじゃろう。フラフラする。
読み方のわからない駅前で、とうとう一歩も歩けなくなり。子供達がサッカーをして遊んでいる、小さな駅前公園のベンチにうずくまる。
あん…じん…づか…?
大都会・横須賀に近いはずなのに、なんだこの山里みたいな景色は?
海も近いはずなのだが。不安しかない。
もうこの安針塚駅でリタイアしようと、フラフラと駅に向かう。駅舎のすぐ横にスーパーがあったので、中に入ってチョコクリームパンを購入。そういえばメシを朝から食っていなかった。
う、美味い…!!
血糖値が急上昇する音が、全身からジワワ、ジワワと聞こえるみたいだ。
パンを食べたら、いきなり嘘みたいに元気になった。
…このパン、仙豆か?
どうやら空腹の限界による、エネルギー切れだったようだ。通称「シャリバテ」というやつだ。チョコクリームのカロリーが、力強いガソリンとなって、わしというオンボロ車をまた走らせ始めた。
しかし、すぐに迷子。
とてもじゃないが、大都会に近づいてる気がしない。
どこじゃ、ここは。山しか見えないぞ。
海に近づいてる気はしないが、車道の交通量が増えてきた。
クレイジーケンバンドの曲の中でも「トンネル抜ければ 海が見えるから〜♪」と横須賀を歌っていた。このトンネルだろうか?
海は見えないが、久しぶりにコンビニを発見。
でかいビルが目の前に、どどんと現れた。
これは間違いなく、横須賀の中心街が、確実に近づいてきておる。
日は完全に落ちてしまった。早くこの苦行のような散歩を終えたい。
とにかく横須賀駅にさえ着けば、ゴールとして貫禄も十分。
達成感の中、気分良く電車で帰ることができる。
頑張れ、わし…!
これはもう横須賀駅は目の前でしょ。
お洒落だもん。イオンまでお洒落だもん。
完全に都会の風景ですよ。
あ、なんか駅が見えてきた。
あれが横須賀駅に違いないッ!!
足裏の激痛、そして体力の限界……でも、あと一踏ん張り!
し、しお、汐入駅?
横須賀駅じゃねえのかよぉおおおおおおおおおおおおお!!
どこだよ横須賀ッ!?
わし、ガックシと膝が落ちる。
アニメで、主人公が死んだのを見た時のヒロインのように、駅前の広場、オーバーアクションで膝を落とす。もう動けない。膝以上に、心が折れた。
電車で長く揺られて、自宅まで帰る気力すらも残っていない。
さあ…どうしよう。
まあ、そうなりますよ。
まさかの現地宿泊ですよ。
東京の自宅から歩き始めたダイエット散歩、とうとうビジネスホテルに宿泊するという、散歩の枠を超えた禁断の行為をしてしまった。ベッドで大の字になり(わしはいったい何をしてるんだろう?)と、呆然として天井を見つめる。
予約なしの飛び込み宿泊だったので、禁煙の部屋しか残っておらず。館内の喫煙ルームで一服。窓の外には「ドブ板通り」の入り口。
横須賀の駅にゴールする間に、ホテルに入ってしまった。
すっきりしないので、しばし休憩した後、横須賀中央駅にタッチするため、夜の町へと再び歩き出す。
夜遅くても、にぎやかな繁華街を通過し……
横須賀中央駅!
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオーーーール!!
わしはやったぞ、歩いて横須賀まで来てやったぞ。
脳内にクレイジーケンバンドの「タイガー&ドラゴン」が流れる。
お前の愛した 横須賀の海の
優しさに抱かれて 泣けばいいだろう〜〜〜〜♪
ハッ!!
イーネ! イーネ! イーーーーーーーーネッ!!
深夜のドブ板通り。
…日本じゃねえな、これ。
酔っ払った外国人が奇声をあげていたり、海軍の制服の米兵さんが、あちらこちらで巡回などをしておる。二階の窓から、黒い肌のお姉さんが英語で何やら声をかけてくる。とにかく落ち着かない。ここでは、わしこそが外国人だ。
ホテルに…
いや、家に早く帰りたいっ!!
(つづく)
ご機嫌がよろしい時、気分で小銭を投げていただくと嬉しいです。ただあまり気はつかわず、気楽に読んでくださいませませ。読まれるだけで感謝です。