ウヒョ助と天鳳のお話(その4)
YOU、漫画に出てみないか?
働かず家に引きこもり、ネット麻雀ばかり遊んでいて、奥さんに離婚されてしまった主人公のクズ男・桐谷鈴司(30歳)
ネット麻雀で鍛えたテクニックを武器に、フリー雀荘で金を稼ぎ、せめてムスメの養育費くらいは払えるようになりたいと、バクチ麻雀の世界に挑戦する。
そんな出足で始まった新連載「鉄鳴きの麒麟児」
全4巻。
そう、たった4巻で終わってしまうのである。
定番の「打ち切り」だ。
またもやコミックスが売れなかったのだ。
麻雀漫画は元々、そんなに売れるジャンルではないので、打ち切りになる作品がとても多い。10巻以上も続く連載は「アカギ」「むこうぶち」くらいで、ほんの一握りどころか、ひとつまみ。正直、この連載企画をいただいた時に(まあ…2巻くらいまで本が出たら勝ちだな)と思っていた。4巻も出してもらえたのは、かなりの温情があったと今も思ってる。
どうせいつか打ち切りになるなら、こんなマイナー作品をわざわざ読んでくれている読者さん、特に感想をくれたり、お買い上げ報告をしてくれるフォロワーさんに、感謝の気持ちで何かできることはないかな?…と考えた。
やはりネット雀士が主人公の漫画だけあって、天鳳を楽しんでいるフォロワーさんたちが、購買客のほとんどだった。
作中の舞台は、雀ゴロが待ちかまえる「場末の雀荘」が多いのだが。
たまにネット麻雀の世界に主人公が飛び込む場面がある。そこはネット麻雀を楽しむ大勢の人たちが、好きなコスプレをして麻雀を打つ仮想空間。いろんな姿のワキ役キャラが登場する。
この場面を見た読者さんから
「昔、似たような麻雀漫画があった」
「パクリではないのか?」
…という声があった。
そう、過去にもあったのである。
ネット麻雀が作品の舞台で、同じように仮想空間に飛び込む漫画が。
「天鳳」よりずっと前。
「東風荘」が流行っていた時代に、近代麻雀で連載されていた「東風のカバ」である。主人公のカバ男が、東風荘の仮想空間にダイブする。作者は麻雀漫画の大名作「バード」の原作者である青山広美先生だ。
「そうだ! これ『東風のカバ』のパクリじゃないか!」
と、読者さんから言われた。
…失礼な。
ハッキリ言わせてもらおう。
その時も野次に対し、ハッキリと言わせてもらった。
「そうだ、パクリだッ!! わしは丸パクリしたあーッ!!」
そうなのである。
そのまんま、パクったのである。
当たり前じゃないですか、わし青山作品、大好きなんだよ。
東風のカバも読んでたもん。電子も買ったもん。
実は言うと「東風のカバ」が連載スタートする前に、青山先生ご本人からミクシィで「ウヒョ助くん、ボクの原作で、絵を描かない?」と打診を受けており。それがこの「東風のカバ」だったのだ。
青山先生とタッグなんて光栄だったのだが。当時わしは、違う雑誌で新連載企画がすでに入っており。スケジュールの都合で泣く泣くお断りした。もっといえば、今わしも原作者の仕事をやっており。青山先生もわしも「本音言えば、絵を自分で描きたくはない」という生粋の原作者タイプだったのだ。
つまり
わしがもしかしたら描いてたかもしれない漫画じゃ!
堂々と、パクルぅううううううううううううーッ!!
さて。
漫画の中の、仮想空間。
大勢の群衆がそこにいるので、たった1コマや2コマの登場だったり、卓の埋め合わせのメンツとして出てくる、にぎやかしのワキ役キャラが数多く出てくる。そのたびに見た目のデザインを考えて、いちいちハンドルネームをつけてあげなければならないのだ。
これが実はかなり面倒臭い。「何でもいいから名前をつける」という行為は、いざ空白のコマを前にすると、何も思いつかないのだ。
これがポケモンみたいに、目の前にキャラの絵があれば、それから空想される面白い名前が思いつくが。うちのムスメは、緑色の猿のポケモンに「なまわさび」と名前をつけていた。
だがこっちは目の前に白紙、何の発想の引っ掛かりもないところから、いきなりデザインと名前を考えないといけない。物語の本筋とは関係ないところのキャラなので、本来はテキトーに作っていいはずだ。
しかし、かといって「田中」「鈴木」と、ありがちな名前をつけるのでは、あまりにつまらない。麻雀プロの「鈴木たろう」さんとか、よくその名前でスターになれたなと驚く。わしなら「大鈴木ツモたろう」の名前でデビューしている。
そこで、群衆キャラづくりの打開策に、わしは考えた。
この漫画を楽しんでくれている「天鳳プレイヤー」を、読者サービスの意味で、漫画に登場させるのはどうだろう?
キャラの名前は、そのプレイヤーさんのハンドルネームを一部もじった名前にする。その名前から見た目のデザインを構想すればいい。わしもそれなら作りやすくて、すごく楽だ。
これが意外とウケた。
こんな売れてない無名タイトルの作品中でも、自分由来のキャラが1コマでも登場すると、気分がアガってとても嬉しいようで。喜んでいるコメントを読むと、描いたわしだって、そりゃすごく嬉しい。
おそらく漫画に登場して嬉しい気持ちは、読者さんにとっては、ほんの一瞬で。1週間後にはすでに忘れている程度の小さな喜び。
でも人生って、しんどいことの連続だけど。こんな「一瞬の喜び」の積み重ねに支えられて、みんな頑張って生きていけてるんじゃないだろうか。漫画家として、顔の見えない誰かの、その小さい一つになれただけでも嬉しいのだ。
「鉄鳴きの麒麟児」のコミックスが発売されて、一つ嬉しいことがあった。
コミックスの新刊が発売されるたびに、天鳳の大会が開かれるようになったのだ。天鳳運営と竹書房、お互いがお互いを宣伝する、Win-Winな、とてもありがたい企画。
わしが長く遊んできた麻雀ゲームのトップページに、自分のキャラの絵がバナーとして表示されているのは、どこか不思議な気分で嬉しかった。
入賞者の賞品は、課金チケットとサイン本。
しかし「漫画に登場してみたい!」というフォロワーさんの声がかなり多かったので、大会運営側からの賞品とは別に、わし自身でさらに追加で、賞品を出すことにした。
それが「漫画登場権」である。
入賞した方を、どんどん作品に登場させた。
今まで登場した読者さんは、30〜40人はいたのではなかろうか。
優勝や準優勝した方に、まずはこちらからDMで連絡を取り。漫画登場権プレゼントを受け取るかどうかのご確認。「漫画に出たくない」という方は、ほぼいなかった。やはり小さな記念の一つにはなるからだと思う。
漫画登場をご希望された方には「どんな名前で、どんな見た目で登場したいですか?」と、くわしくリクエストを聞く。好きなアニメキャラや芸能人に似せて欲しいという方もおれば「これが私の顔です」と、ご自身の顔写真を送ってくださる方もいた。リクエストをいただくと、こちらも絵のテーマが決まり、とても描きやすくてありがたい。
そしていざ誌面に登場する時には、発売日直前に「お待たせしました、来週の発売号で登場しますよー!」と連絡をする。
そんな読者さんサービスを、喜ぶ様子が見たくて長く続けていた。
読者さん一人を登場させてもコミックスの売り上げには影響はないが。何かの盛り上がりにはなって、キッカケに作品を知ってくれる方が少し増えることだってある。
これが最後の漫画仕事かもしれない。
それでも自分にできることを、できるだけやりたい。
しかし現実は厳しい。
とうとう連載打ち切りを、編集さんから電話で告げられたのである。
鉄鳴きの麒麟児、打ち切り
「コミックスが売れないので、4巻で終了させてください。」
漫画家は打ち切りを宣告された時に、本性が見えると思う。そこでイジけて腐って、物語をテキトーに放り投げるようじゃ、次の仕事に続かない。そんな様子を編集者も、そして読者さんもしっかり見ているからだ。どんなに読者サービスを頑張ったところで、結末がそれじゃ、まわりに愛想をつかされてしまう。
例えこれが、人生で最後の漫画仕事だったとしても。
自分で自分に愛想が尽きるような、そんな漫画の終わり方にしちゃダメだ。
最終回まで、精一杯に物語を盛り上げてみせる!
今まで何度も、いろんな雑誌で打ち切りを宣告された。広げた風呂敷を、あと1巻分で何とか畳んで終わらせてくれ…と編集さんに告げられた時のパニックは、漫画家ならほぼみんな経験している。
一番楽なのは「俺たちの戦いはこれからだ!」みたいな大ゴマを最後に描いて、作品を物語途中でバッサリ放り投げること。もちろん原稿用紙の中で戦ってきたキャラたちも、中途半端に捨てられることになる。
読者の皆さんも、そんな投げっぱなしジャーマンスープレックスみたいな連載終了をいっぱい見てきたはずだ。
だが、わしは今まで、一度もそんな放り投げをしたことがない。
昔「女神の赤い舌」というタイトルの、冒険活劇漫画を連載していた。
ちなみにこの画像は、どこぞの誰かさんが中古コミックスを出品してるサイトからパクってきた。安値で売られておるが、一度は買ってくださってありがたい。
この作品も打ち切りだった。
掲載誌は、小学館のビッグコミックスピリッツ。
人気アンケートで15位あたり。
この数字でコミックスも売れないと、十分に打ち切りだ。
当時の人気アンケートの1位、2位、3位は
「20世紀少年」「美味しんぼ」「奈緒子」
この上位3作品は、映画化もされて大人気作品、アンケ上位は不動。
固定ファンもケタ違いに多く、とてもかなわない。
しかし打ち切りが決まってから、わしは物語の風呂敷を畳もうとすると同時に、できるだけ盛り上げるに盛り上げたいと考えた。「モンゴルの大平原で、蘇ったチンギスハーンと大戦争」なんて、そんなでかい風呂敷どうやって畳むんだと頭を抱えるどころか、机に頭を打ちつけて自分に罰を与えていたけど、そこは放り投げてはいけませんよ。
なんとか頑張って、物語を無事に完結、最終回まで描きあげた。
その最終回のアンケート結果は、4位だった。
打ち切りだけど、渾身のガッツポーズしたのを覚えている。
それを思い出し「鉄鳴きの麒麟児」も、最後っ屁に盛り上げてやろうと思った。ここまで読んでくださった読者さんもおる。頑張らねば。
最終巻となる、鉄鳴きの麒麟児、第4巻。
一度壊れた家族を再生させたい、麻雀しか脳のないクズ男。
主人公から妻とムスメを奪おうとしている、イケメンの医者。
ネット麻雀を馬鹿にしている、いかついベテラン麻雀プロ。
ネット麻雀を愛している、若手麻雀プロ。
その4人での最終決戦になった。
ムスメの小梅を、梅の花、ウーピンに見立てたオーラス。
家族と同じように、一度河に捨てた牌を取り戻そうとする主人公。
「フリテンのウーピンをツモあがる闘牌をお願いします」
そのリクエストに監修の渋川難波プロが、最高の闘牌を作ってくださった。
クズ男の物語に、一つの幕が下りた。
大満足だった。
近代麻雀に、この最終回が掲載され。
「鉄鳴きの麒麟児」連載終了。
ご愛読ありがとうございました。
そして、翌週発売の、次号の近代麻雀。
続きとなる「鉄鳴きの麒麟児・歌舞伎町制圧編」が、何ごともなかったように新連載スタートした。なんだったのだ、あの最終回は。
実は。
ツイッターなどでも、最終回の評判がすごく高く、惜しむ読者さんの声が多かったので、急遽、連載続行が決定したのだ。
そして当時の担当編集さん、その時は途中で編集長になっていたが、異動で別雑誌に移ることに。その直前、わしへの餞別として「連載続行」をお願いしてくれたのだ。
読者さんに編集さん。
わしの人生は、自分が気づいていないだけで
いつも誰かに助けられている。
この連載続行に涙したわしは、より読者さんに感謝を向けて……!
とは、ならなかった。
そこからなぜか始まる、アンチや天鳳プレイヤーや読者さんとの、泥沼の喧嘩の日々。なぜ、そこから嫌われ者のウヒョ助が生まれたのか?
わしの良い話はここまでだッ!!
次回につづくッ!!
ご機嫌がよろしい時、気分で小銭を投げていただくと嬉しいです。ただあまり気はつかわず、気楽に読んでくださいませませ。読まれるだけで感謝です。