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五条悟と夏油傑の「青春」の話


※単行本1~13巻と0巻までの情報で書いている自分用メモ
※大幅加筆修正版は以下にあります(有料記事ですが最後まで読めます)。


五条と夏油、二人の決裂は、互いの青春の定義がすれ違っていたのも原因なのではないかと思う。

五条は青春というものに強いこだわりがあって、「若人から青春を取り上げるなんて許されていないんだよ。何人たりともね」と序盤で言う。いい教師だなーと(ここだけ見れば)思います。
翻って、本人の青春はどうだったのか。
まあ、惨憺たる有様ですね。唯一の親友と呼んだ夏油は何をとち狂ったのか大量殺人を犯し、呪詛師に堕ちた。五条に夏油を止める力はなく、二人は決別。同級生三人組(戦力上はツーマンセルだけど)はあえなく崩壊し、五条が自らの手で夏油を殺して幕を下ろした。

五条と夏油の青春は「俺たち最強だから」と何のためらいもなく大口を叩けていた頃のことだろう。
二人の青春は、星漿体・天内理子が殺されたところで終了する。

夏油の青春とは

夏油はこの一件で理想を打ち砕かれて現実に絶望する。夏油の輝かしい青春はここで終わる。
夏油の理想――「人々の心の平穏」を保つこと。

〝弱者生存〟それがあるべき社会の姿さ。弱きを助け強きを挫く。いいかい悟。呪術は非呪術師を守るためにある

夏油の生い立ちがよくわからないので以下推測ですが。
一般家庭に生まれた夏油は、両親との関係もそれほど悪くないようだった。つまり、良い意味で「普通の家庭」なんだと思う。このあたりが五条と対照的(たぶんわざとそう設定しているんでしょう)。
人には見えないものが見えるのに気味悪がられて性格がねじ曲がったりしていない。それどころか、弱者(非呪術師)を守るために呪術師を目指している。
この力を役立てることができるという希望を持って呪術高専に入学してきたんじゃないかな。ずいぶんと「良い子」って感じ。そうなるように自分を律していたんだと思う。
夏油も馬鹿ではないし、16~17歳なら本音と建前くらいわきまえているだろう。それでも建前を大事にしている。
夏油の青春は、立派な呪術師を目指して同級生と切磋琢磨する期間ではないかな。普通の学生なら、とても良いことだけれど。
聖人君子であろうとするのは、ただの人間には無理なんですよね。

夏油はたぶん、天秤を正しく持とうとしているのだと思う。
自分が力ある側――天秤を持つ側にいることを自覚して、正しく計ろうとすうる。
夏油は人間に順位をつけることを嫌っている。それは非呪術師を峻別して殺すことにした後でも変わらない。呪術師と非呪術師を区別しただけで。自分の親だって例外扱いしないのは、とても徹底している。
だから、自己中心的な五条とたびたび口論になる。

夏油は神でも仏でもなくて、ただの呪術(ちから)を持っただけの人間だったのに。

(仮に夏油が過去に術式を持って生まれたせいでいじめられた過去があったとすると、そんな彼ら非呪術師を呪霊から救って「ああ、こいつらは下等な生物なのだ、理解できない者を畏れているのだ」と見下して憐れんでいたという解釈も成り立ちますが、この推測に関しては今後の展開を待ちます。扉絵で菩薩みたいな絵があったし、個人的にはこの線も捨てがたい)

五条の青春とは

五条には、呪術師になる以外に道はない。持って生まれた強大な術式と血統のせいで人生は最初から確定している。
(これも推測だけど、五条悟ってもしかして五条家の嫡男として生まれていません? 加茂家が側室の子を嫡男と偽っているエピソードがあったのに、悟にはそういう話が一切出てこないので。出自についてこじらせている様子もないし、血統も折り紙付きで文句なしの最強呪術師なのではないかと)

五条にとって呪術高専は、実家から逃れられるモラトリアム。わざわざ京都を出て東京校に入学しているんだから、多分にそういう側面があると思う。
だから綺麗事をのたまう夏油に反発心が湧く。

夏油と違って悪しき因習を山ほど見ているから、呪術師の建前なんてものに価値を見いだしていない。自分の力を磨くことには強い興味があるけど、誰かを守るなんてことは意識の外。
夏油(偽物)が言ったように、術式の性質が守ることに不向きなのも拍車をかけている。生まれてからこの方、周囲は非呪術師を猿と見下す連中ばかりだし。一般人を蔑んだりはしないけど、視野の外側なんじゃないかな。
そもそも呪術師としてしか育てられていないから、人として欠落している節があると思う。それがある種の冷酷さに繋がる。
(それにしては伏黒をちゃんと育てられてすごい。本題からそれるのでこの話はまたの機会に)

呪術(ちから)に理由とか責任を乗っけんのはさ、それこそ弱者がやることだろ。ポジショントークで気持ち良くなってんじゃねーよ

五条のこの台詞、すごく好きです。
力につきまとう責任や立場に関しては、六眼持ちなせいで生まれた瞬間からいろいろ言われているのでしょう。そういう重荷を勝手に背負わせる周囲に辟易しているから、上の発言をして夏油と喧嘩する。
五条にとっての青春は、そういうめんどくさいことから解放されて同級生と馬鹿やってることではないかと。
「お前までそんなつまらない正論言うんじゃねえよ」ってところかな。
五条はきっと、命に順位をつけることをためらわない。(伏黒もそういうところがあるから本当にお前らは師弟だな)

喧嘩してるくせに互いを「唯一の親友」と呼ぶんですから、喧嘩するほど仲が良いを地で行くわけですね。
少なくとも、力量という点において同じ土俵に上がっている。五条は夏油の呪霊操術を認めている。でなければ「俺たち最強だから」なんて言えない。
たぶん、五条にとっては初めてできた対等の「友人」なのかもしれない。口うるさい大人たちとは違って、あらゆるしがらみから解放された学生生活で唯一の。

二人の青春のすれ違い

五条と夏油、二人は最初から立ち位置も目的も違っていて、そのすれ違いが悲劇を生む(泥沼人間関係とても好き。パパ黒も加えると最高)。
ここで最初に戻ります。
夏油の青春は天内理子が死んだ時点で終わる。でも、五条の青春はもう少し続いていたのではないか?

天内理子が殺されたのは二年生の時。夏油がやらかしたのは一年後の三年生時。その間、五条は自分の術式を磨いて「最強に成った」。一方の夏油は理想と現実の齟齬に苦しみ、人を守る意義を見失っていく。
自分が辛い思いをしてまで守っている人間に、守られるだけの価値があるのか?――夏油はこの疑問から逃れられず、最終的に人間を峻別することを決意する。

五条はおそらく、夏油の苦しみに気がついていない。もしくは、気づいても大したことないと判断して放っておいた。
元から五条にとって人を守ることにはそれほど価値はない。夏油も腐った現実を思い知って綺麗事を言うのはやめたんだな、くらいに思っていたかも。
あるいは、天内理子の死後、術式を完成させて万能感に浸っていたかもしれない。
夏油を(戦力上)必要としなくなっても、五条にとって青春はまだ継続していたんだと思う。むしろ力が増して、ますます好き勝手できるようになっている。
さぞや楽しかっただろう、お気に入りの玩具を振り回すみたいに、自分の術式を研鑽して。その裏で思い悩み、己の無力さに打ちひしがれる夏油や七海には関心を払わなかった(少なくともそのような描写は見られない)。

「もう、あの人一人でよくないですか?」と言う七海の絶望も知るよしはない。彼らは己の努力を徒労のように感じている。積み上がる同胞の屍、どう足掻いても五条のようにはなれない。

五条には思い悩む「良心」みたいなものが欠落している。世界の中心は自分だから。思い上がりも甚だしいわけだけど、なにせこの時の五条も十代後半の未成年。仕方がない。最強なのは事実だし。

五条はたった一人で何でもできるようになっても、まだ夏油のことは友人だと思っていて、他の人間より高い位置に置いていた。捨てたつもりなんてさらさらない。
でも、一人で呪霊を祓うようになってから会話が減り、心の距離が離れていくのに気がつかなかった。夏油は置いて行かれたと思っているでしょう。
どんな人間関係でもメンテナンスが必須なんだけど、五条にはわからないんでしょうね。一人で完結してしまう五条には。
友情(たぶんこれの定義もすれ違っているけど)がメンテナンスしなくても永遠に続くと信じて甘えて、あぐらをかいていた五条の怠慢のツケが回ってくる。

六眼は、術式を見通せても、人の心は見通せない。
親友ひとり救えないと悟った時、全能感に満ち溢れた輝かしい青春を粉々に打ち砕かれ、己の傲慢さを思い知る。

新宿の雑踏に紛れた夏油を追えなかった時、呪術師としての立場を思い出させられた時、五条の青春(モラトリアム)は終了する。

夏油は五条の生まれて初めての挫折だといい。
何でも成し得る五条が、ただひとつ思い通りにできないもの――親友の心の在り方。
心の底から笑えなかったという夏油の本心を――幾重にも建前で覆い隠した寂寥を、五条は拾えなかった。

二人は心の底から理解しあうことはできなかった。
生まれの違いのせいでもあったかもしれないし、高専に来るまでにたどった人生のせいかもしれない。

助けを求めるという選択肢は五条にはない。そういう発想がない。なぜなら、彼は最強だから。彼に成し得ないことは誰にも成し得ない。
夏油にも助けを求める意思がなくて、救われたいと思っていなくて、そういう点で二人は似た者同士なんでしょう。
(そういうのが駄目だと感じたから、五条は教師になったんだろう)

五条にとどめを刺される直前、夏油が言った「最期くらい呪いの言葉を吐けよ」は、「お前も私を嫌ってくれ」なのかなあと思った。
こんなことをしでかした自分をまだ親友と呼ぶんじゃないよ、と。正しい天秤を持て、ということなのかもしれない。
でも、夏油がいくら殺人に対する断罪を望んでも、五条はそんなことよりも夏油の方が重要なのでしょう。なんせ、「たった一人の親友」ですから。
大罪人の夏油を――青春の亡霊を殺す役目は誰にも譲らなかったのでしょうね。

そして、五条の青春は虎杖、伏黒、釘崎に託されるのでしょう。五条たちにはたどり着けなかった輝かしい未来が。


続きはこちら。大幅加筆修正版が1月24日エアブーで出ます。


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