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伏黒恵と伏黒津美紀の「姉弟」の話

恵と津美紀の関係性について、一から十まで妄想と幻覚。

※単行本15巻、ファンブックまでの情報で書いています。
※以下の記事の補足的内容です。

恵と津美紀は親の再婚で義理の姉弟になった。ほどなくして両親は蒸発し(実際には恵の父親は五条に殺されたわけだが)、二人の元には五条が訪れる。
五条のおかげで金銭的には不自由しなくなった二人だが、津美紀が呪われて眠り続けるまでの関係は、とても危ういものだったように見える。

恵は将来呪術師になるという一種の「契約」を五条と交わし、引き換えに高専からの資金援助を得て生活していた。生活の基盤を支えているのは恵(とその後見人的立場の五条)だ。
津美紀が知っていたかどうかは怪しいが、おそらく恵から直接言ったことはないだろう。たぶんそのあたりは五条が適当にお茶を濁したのだと思う。

一方の津美紀は恵に対して「保護者面」をして、本物の姉のように振る舞っている。恵はこれをうっとうしく思っており、(呪術師にならなければならないという将来も含めて)ストレスのはけ口を求めるように中学校近隣の不良をシメていた。

二人は血の繋がりがなく、義理の姉弟の時点で難しい関係だが、両親が不在である点も上乗せされている。

普通の家庭なら何らかの行政の支援が入るところだが、伏黒家にその様子は窺えない。
下手に五条が後見人として資金援助しているせいで、行政の支援の手が伏黒家に届かなくなってしまっているのだろう。
二人きりで閉ざされた家庭で、津美紀は空元気で明るく振る舞い、恵はたったひとつしか違わないし血も繋がらない津美紀が殊更に姉ぶったり母親代わりになりかけているのが嫌で荒れる。後見人であるはずの五条も、まともな家庭を知らないから気が回らない。
かなりの悪循環に見える。


仮に津美紀が呪われて寝たきりにならなくても、この姉弟の関係は非常に不安定だ。
津美紀はなんとか恵の「姉」として振る舞おうとしていた。ただの家族愛からだけではなく、恵の「良き姉」であることを不安定な生活の中で精神的な支えにしていた部分があるように思う。
しかし、「弟」である恵はこれを拒絶していた。

「善人が苦手」と中学生の恵は思っていた。その「善人」の筆頭が義理の姉、津美紀だった。
恵から見れば、津美紀は突然湧いてきた「姉を名乗る赤の他人」であり、突然親に捨てられた「被害者」同士だっただろう。
津美紀がいきなり義理の弟ができるという「不幸」を笑顔で飲み込んで、姉として振る舞うのも偽善だと思っていたかもしれない。
本当は「義理の弟」なんて邪魔に感じる心を「良心」で覆い隠し、自分を騙すように、親に置いていかれた子ども同士で手を取り合って家族になろうとするような、そんな偽善。

何が呪術師だ、馬鹿馬鹿しい。俺が誰を助けるってんだよ。

たぶん、恵は社会への憤りみたいなものがあったのだと思う。
無条件に庇護されるべき年齢で親に捨てられ、誰も助けてはくれない。「怪しい白髪の男」五条は助けてくれたのではなく、契約を持ちかけてきただけだ。だから他人を助ける必要も感じない。あくまで対価として呪術師になるだけで、だから志も低い。

悪人が嫌いだ。更地みてえな想像力と感受性でいっちょ前に息をしやがる。
善人が苦手だ。そんな悪人を許してしまう。許すことを格調高くとらえてる。吐き気がする。

いつも笑って綺麗事を吐いて、俺の性根すら肯定する。そんな津美紀も俺が誰かを傷つけると本気で怒った。俺はそれにイラついていた。事なかれ主義の偽善だと思っていたから。
それも今は、その考えが間違いだって分かってる。俺が助ける人間を選ぶように、俺を選んで心配してくれてたんだろ。悪かったよ。ガキだったんだ。謝るからさ、さっさと起きろよ、バカ姉貴。

厭世的な態度でストレス発散代わりみたいに他人を殴り、けれども内なる「良心」が邪魔して「悪人」になりきることはできない。

「悪人」側に寄っている自分を肯定されたくないのだという意地もあったかもしれない。
恵は行動が露悪的で、自分を救われるべき「善人」と思っていない。「悪人」を懲らしめるために自分の手を汚すことを厭わないような、救える人間を選んで他を見捨てるような、そんな必要悪になりたかったのかもしれない。
だから、津美紀にわかったような顔で肯定されるのに苛立ち、誰かを傷つけた時には肯定してくれないことに苛立った。

恵は津美紀が嫌いだったわけではない。それでも津美紀の言うことを聞かないで暴れていたのは、ただ、津美紀が本心から「姉」として振る舞おうとしていたのか試そうとしていたようにも見える。
与えられる「愛情」が本物かどうか自信が持てないから。親に捨てられた自分が愛されるに足る存在だとは思わないから。「善人」ではない自分が本当に肯定されていいのか疑っていたから。
そうやって試す時点で、自分が「弟」であることを受け入れようとしているのだけれど。

恵は回想シーンで、決して津美紀を「姉」とは呼ばなかった。初めて呼んだのは、八十八橋でのことだ。
恵は津美紀ときちんと向き合えていなかった。姉が数多の中から自分を選んでくれたことに気がつかなかった。年相応に子どもで、少し卑屈で、自己評価が低すぎたからだ。自分のことで手一杯だから、津美紀も自分と大して年の違わない子どもであったことに気づかなかった。

同時に、津美紀を神格化していた節もある。恵は津美紀と人生の半分を共にしたくせに、津美紀の本心を見ようとせずに「典型的な善人」に置いた。義理の姉(赤の他人)だからこその思い込みなのだろう。
ともすれば失われた「母親」の片鱗を義姉に探していたかもしれない。恵も子どもだから、身近な存在に投影しても無理はない。だが、そういう視線で同じ目に遭っている津美紀を見てしまうと自己嫌悪が湧く。なのに津美紀は理想の姉たろうとして、時に母代わりにさえなろうとするから、言い知れぬ鬱屈があった。

口先で何と言おうと、血の繋がりもなく、親の再婚という二人の関係のきっかけも消滅してなお、恵は津美紀を大事にしていた。
まともな家族像なんて知らなくて、二人だけの世界になりがちで、それゆえの鬱屈で手一杯だから、津美紀の精一杯の明るさにも気づかない。そして、気づいた時にはもう津美紀は喋らない。
八十八橋の時点で気づいたのでは、もう後の祭りなのだ。


恵は弟でいたくないのに弟扱いされ続けていたせいで弟気質が芽生えていき、津美紀は姉でいたいのに姉とは呼ばれずめげそうになる瞬間があったのではないだろうか。

恵は津美紀の義理の弟でいることへ反発するくせに、視野が狭まっているせいで、津美紀が自分の義理の姉でいることへ葛藤があるのではないかと考えない。そこが無意識の甘えで「弟」なのだと思う。他ならぬ津美紀に弟扱いされてきたから。
津美紀はそういう恵の無意識の弟らしい甘えを心の支えにして、姉でいることで自分の自尊心を保っているところがあっただろう。ふとした拍子に共依存から共倒れになりかねないような、ぎりぎりの瀬戸際で伏黒姉弟は成立していたのではないだろうか。

津美紀もきっと、姉でいることに疲れる瞬間があったはずだ。
きっと、小学生の頃なら、津美紀は夜こっそり布団の中で泣いていた日もあっただろう。なかなか帰らない両親、突然湧いてきた「弟」、経済的困窮。頼れる大人が不在のまま、津美紀は赤の他人だった恵と暮らしていかざるをえない。
津美紀が泣いているのに隣で寝ている恵も気づくけど、気遣いとして聞こえない振りをしたり、たまに不器用に慰めたりしたかもしれない。
でも、津美紀がただ親のいない寂しさで泣いているのではなく、義理の弟の姉でいることの辛さがあるのは知らなかっただろう。

だが、津美紀は「姉」でいることを選ぶ。
恵なんていなければ――と悪魔の囁きが頭をよぎるたび、なかなか帰らない親を二人で待っていた時、もっと小さかった恵の指がぎゅっと津美紀の手を握って無言で玄関を見つめていたのを思い出して、姉と呼ばれたことはなくてもこの子の姉でいたいと思ったりしたかもしれない。

津美紀が呪われたのは、ちょうど恵が津美紀の背を追い越す頃ではないかと思っている。
恵が病室に来ると、眠ったままの津美紀は時が止まっているかのような錯覚を覚えるのに、日々自分の背は伸びていく。津美紀が生きていることを確かめたくて手を握ると、いつの間にか自分の方がずっと手のひらが大きくなっている。そうして自分だけが時を進めて、やがて義姉を置いていってしまうのではないかと恐怖してほしい。
(同じ系統の幻覚を義勇と蔦子にも見ていたので、完璧に性癖ですね)


五条は修行を頼んできた伏黒に「本気になれ、もっと欲張れよ」と言う。
でも、小学1年生から津美紀と二人きりの生活をしていたのなら欲なんて見せられない。津美紀は母親ではなくて、同じ「被害者」だから。
伏黒は己を抑圧することに慣れきってしまっている(抑圧から解き放たれた伏黒が父親とよく似た顔をしているのは、まさしく血は争えないといった感じ)。

保護者役として五条は完全に失格だろう。不安定な姉弟関係に口出しはしなかったように見える。全く注意を払っていなかったのだろう。または、気がついていても、当人たちの問題だからと放置していたかもしれない。自分が規格外に強靱なだけで他人はそうではないことを、夏油の時と同じく意識できていなかったのかもしれない。
五条本人の生育環境がまともではなさそうだし、大人の振りをしているだけの人型の化け物みたいな奴だから、保護者役が務まるはずもない。金銭的支援や呪術師としての指導はともかく、メンタル面での指導はあまりしてこなかったのではないかと思う。過酷な環境に放り込んで、自力で立ち上がるのを待つような。そもそも高専の育成方針自体がこんな感じだけど。
その点、夏油とは大違いだ。
(ミミナナの父であり兄であり、この世でたった一人の庇護者となった夏油と、伏黒の父にも兄にもなれず、そもそもなるつもりもなく、ただの後見人でしかなかった五条も対なのかもしれない)

誰が悪かっただとかそういう話ではなくて、欠陥を抱えた誰もが最善を尽くしてたどり着く悲劇のようだ。
(とはいえ、津美紀は絶対に解呪されて目を醒ますと信じているので、まだ悲劇ではないし、ならないはず)


ただ、義理とはいえ、恵には女きょうだいがいた感じがする。八十八橋に向かう車の座り方がそうなのではないかと推測している。
後部座席に虎杖、伏黒、釘崎で座っていたが、真ん中が最も背の高い伏黒だったのに少し驚いた。車の後部座席の真ん中は、もっとも小柄で細身の人間が乗るものだと思っていたからだ。ごく自然な調子で伏黒が座って、釘崎に端の席を譲ったのかもしれない。
そういうところに、少しだけ「弟らしさ」が感じられないでもない。


津美紀が寝たきりになってから、恵は自分が「弟」であることを認めて、無自覚の甘えや鬱屈から抜け出している。恵の閉じた世界を開いて変えたのは虎杖と釘崎で、たぶん初めての同世代の友人だったのだろう。
いつか、目を覚ました津美紀に、照れ臭そうに姉と呼びかけ、二人の友人を紹介してくれる姿を待っている。


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