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06. 五条悟と夏油傑の〝親友〟の話

同人誌『瞳の奥に眠らせて』より再録。この記事の加筆修正版。

 五条は夏油を親友と呼び、夏油は五条を親友と呼ぶけれど、二人の〝親友〟の定義は〝青春〟と同じく、ボタンを掛け間違えたように、微妙にすれ違っている。
 生まれて初めてらしき友人に大はしゃぎでべったりのように見えて、その実、何にも寄りかからないで立てる五条と、世間知らずっぽい友人の手を引いているつもりが置いていかれてしまった夏油――二人は近すぎて壊れ、遠すぎて壊れてしまう。

五条にとっての〝親友〟

 五条にとっての唯一無二の親友は夏油傑である、と作中で明言されている。だがそこに込められた意味は、ただ〝親友〟と形容するには少々重すぎる。
 閉じた世界に生まれ育った五条にとって、夏油は生まれて初めてできた友人ではないかと以前に書いた。そうだとすれば、夏油は〝唯一の親友〟どころか〝唯一の友人〟になってしまう。そのせいで、雛の刷り込みよろしく〝初めての友だち〟に浮かれて舞い上がってしまった部分もあったのではないか。

 五条から義務教育をすっ飛ばしていそうな雰囲気をひしひしと感じるので、同じ年頃で話の合う相手という存在自体が今までいなかったのだろう。そこへ現れたのが夏油傑だった。

 五条は作中で「最強」を自負し、実際、その名に恥じぬ力を見せる。何もかもを持ち合わせた彼にはしかし、決定的に足りないものがある――人生の選択肢だ。強すぎる力と才は、五条に〝普通〟を許さない。あらゆることを成し得る力を持ちながらも、社会規範という枷を嵌められて(あるいは自ら嵌めて)社会への〝奉仕〟を求められ続ける。破綻した人格のようでいて、破滅的に振る舞うことはしない。

〝友人〟にしても同じことだ。五条には〝普通〟の友人関係を築く機会など皆無だっただろう。義務教育中に〝お友だち〟ができたとは思えないし、よしんば付き合いのある同級生がいたとして、実家からの干渉がなかったとは到底考えられない。厳しい制約の中で唯一取れる選択肢が、呪術高専への入学だったのではないだろうか。

 御三家の人間は呪術高専に入学する必要はない。作中の描写から察するに、基本的に子どもを家の中で養育しているのだろう。相伝の術式はなるべく外に漏らさず秘していたいのだから、そうなるのも当たり前ではある。

 そもそも、呪術師の等級分け自体が高専出身者に与えられる評価だ。禪院家当主の直毘人は「特別一級術師」であり、高専の外側に立つことが明白に示されている。だからこそ、「なんで家を出たの?」と置いていかれたことを詰(なじ)る真依に「オマエだって高専来たじゃねぇか」と真希が返すのだ(真依は実家から逃れたくて高専に来ても、結局家系枠で入学している。どこまで行っても実家から完全に逃れることはできないのが、なかなかに哀れである)。

 呪術師としての才能が底辺の真依と違って、数百年ぶりの六眼を持って生まれた待望の子ども――五条家至高の素質を持ち合わせた子どもならば、なおさら実家からの干渉は強いだろう。五条悟は実家の猛反対を押し切って入学したと見ていいと思う(デジモンを知っているあたり、完全に世俗と隔絶した生活をしていたわけではないだろうが、あまりにも人格に幼稚さが見られる上に協調性ゼロなので、金と権力にものを言わせて完全に家の中で養育し、まともに義務教育を受けていないと仮定する。被っていた猫が高専入学と共に爆発四散した可能性もあるけど、あんな生徒がクラスにいたら小中学校の先生が可哀想すぎるので、そうと信じている)。

 だから、高専は五条にとってモラトリアムだった。初めて実家を出た全寮制の学校生活、初めての同じ年頃の同性の同級生。加えて、思春期特有の無邪気な万能感と無謀さ。実家の監視から離れて、五条が夏油と親しくなるのも当然の結果だ。理子の護衛中の様子からも、五条が夏油に全幅の信頼を寄せていることが窺える。自分の弱みを見せることにも抵抗はない。

 同級生が二人しかおらず、同性なのが夏油だけなのを差し引いても、二人は非常に親密だ。実家が好きではなさそうな五条にとって、そういう煩(わずら)わしいものとは無縁で、しかも呪術師としての力量も同等な夏油は、人間関係において特別席に座らせるほど格別だったのだろう。五条にとって生まれて初めて、同じ視界を共有する〝唯一〟の相手――それが夏油傑だった。

 一見すれば、五条が夏油にべったりくっついているかようにも見える。〝初めての友だち〟と何でも一緒にやればできるのだと無邪気なまでに信じて、少しばかり意見の相違があったとしても、なんだかんだで最後には同じ方向を向いていると疑いもしない。時にいがみ合う姿を見せつつも、五条と夏油はひどく親しげで、あまりにも距離が近すぎる。互いのすべてを知りつくしていると錯覚するようなレベルで。

 思春期まっさかりの格好つけたがりの男子高校生には見えない。まるで、うんと幼くて自他の境界も曖昧な子どもみたいだ。だから、得たばかりの未分化の感情のありったけを〝初めての友だち〟に抱いて、距離を誤ってしまった。

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