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09. 伏黒恵と伏黒津美紀の〝姉弟〟の話

同人誌『瞳の奥に眠らせて』より再録。

 伏黒恵と伏黒津美紀は親の再婚で義理の姉弟になったが、ほどなくして両親は蒸発し(実際には恵の父親は五条に殺されたわけだが)、二人の元には五条が訪れる。五条のおかげで金銭的には不自由しなくなった二人だが、津美紀が呪われて眠り続けるまでの関係は、とても危うい均衡の上に成立していたように見える。

 恵は将来呪術師になるという一種の〝契約〟を五条と交わし、引き換えに高専からの資金援助を得ていた。生活の基盤を支えているのは恵(とその後見人的立場の五条)だ。津美紀はおそらく、その事実を知らないでいたのだと思う。恵から呪術師関係の話を直接言うとは思えないし、さしもの五条も秘匿のために適当にお茶を濁していただろう。

 実質的に生活を支えていたのは恵だが、そうとは知らない津美紀は恵に対して〝保護者面〟をして、本物の姉のように振る舞っていた。恵はこれをうっとうしく思っており、呪術師にならなければならないという将来も含めて、ストレスのはけ口を求めるように中学校近隣の不良をシメていた。

 この時点で二人の関係はだいぶねじれている。二人とも庇護されるべき子どもであるはずなのに、津美紀は母親役を演じ、津美紀に庇護される形の恵が経済的に家庭を支えている。二人で役割分担していればまだしも、恵は自分が稼いでいることをおそらく話しておらず、津美紀は「私が支えなければ」と必要以上に義務感を覚えているように見える。

 二人は血の繋がりがなく、義理の姉弟の時点で難しい関係だが、この経済面での状況も上乗せされている。普通の家庭なら何らかの行政の支援が入るところだが、伏黒家にその様子は窺えない。下手に五条が後見人として資金援助しているせいで、行政の支援の手が伏黒家に届かなくなってしまっているのだろう。そして第三者の目の届かない、子どもだけの不健全な家庭が出来上がってしまった。

 二人きりで閉ざされた家庭で、津美紀は空元気で明るく振る舞い、恵はたったひとつしか違わず、血も繋がらない津美紀が殊更に姉ぶったり母親代わりになりかけているのが嫌で荒れる。後見人であるはずの五条も、まともな家庭を知らないから気が回らない。かなりの悪循環に見える。

 仮に津美紀が呪われて寝たきりにならなくても、この姉弟の関係は非常に不安定だ。津美紀はなんとか恵の〝姉〟として振る舞おうとしていた。津美紀はただの家族愛からだけではなく、恵の〝良き姉〟であることを不安定な生活の中で精神的な支えにしていた部分があるように思う。しかし〝弟〟である恵はこれを拒絶していた。

「善人が苦手」と中学生の恵は思っていた。その〝善人〟の筆頭が義理の姉、津美紀だった。恵から見れば、津美紀は唐突に湧いてきた〝姉を名乗る赤の他人〟であり、突然親に捨てられた〝被害者〟同士だっただろう。津美紀がいきなり義理の弟ができるという〝不幸〟を笑顔で飲み込んで、姉として振る舞うのも偽善だと思っていたかもしれない。本当は〝義理の弟〟なんて邪魔に感じる心を〝良心〟で覆い隠し、自分を騙すように、親に置いていかれた子ども同士で手を取り合って家族になろうとするような、そんな偽善だ。

何が呪術師だ、馬鹿馬鹿しい。俺が誰を助けるってんだよ。

 たぶん、恵には社会への憤りみたいなものがあったのだと思う。無条件に庇護されるべき年齢で親に捨てられ、誰も助けてはくれない。「怪しい白髪の男」五条は助けてくれたのではなく、契約を持ちかけてきただけだ。だから他人を助ける必要も感じない。あくまで取引の対価として呪術師になるだけで、だから志も低い。

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