坂本龍一『US』『UF』『CM/TV』HMV紹介原稿

 地雷撲滅、スローフード、地域通貨プロジェクトなど、このところ社会運動の啓蒙活動でメディアに登場することが多かった、「教授」こと坂本龍一。続く先日のブラジル国家勲章授与も、そうした一連の流れの中でニュースは伝えていたが、これは単にモレンバウム夫妻との共演や、ジョビンの再評価に一役買ったからだけではない。ブラジル音楽がイージーリスニングと呼ばれ軽視されていた70年代から、ボサノヴァのローファイ感や過激さに着目し、ジョビンのアレンジャーとしても知られるクラウス・オガーマンの作品に通ずる、前衛的なスコアを実践していた人である(コンセルヴァドワールの知性をブラジル経由で吸収していた?)。初期ピットインで渡辺香津美らジャズメンと頻繁に共演していたころから、ジョアン・ジルベルトの曲を好んで取り上げていたことを聞かれ、「ボサノヴァを軽音楽のように扱うジャズ連中への嫌がらせ」と語っていた鬼っ子ぶりなのだ。

 中学、高校とドビュッシーを敬愛し、むしろロック体験は少なかったと語る教授。彼のヒストリーというのは時代のロックの流行の変遷と無関係に、常にこうした啓示的な一面によって築かれてきた。そう思っていた矢先、坂本龍一のベスト盤リリースの報が飛び込んできた。『千のナイフ』でデビューしてから25年、齢50にして初めての「自選ベスト」である。近年、キャリアを誇るアーティストの公式ベスト盤が世間を賑わすことが多いが、この多彩さは類を見ないだろう。YMO時代の過激な打ち込みもの、歌謡曲での職人的アレンジ、シンフォニックな映画音楽など活動域も多岐に渡るため、ソロ、映画音楽、CM&TV音楽と3枚に分けられ、それぞれ『US(Ultimate Solo)』『UF(Ultimate Film)』『CM/TV』としてリリースされる。

 YMO時代から愛聴している自分の世代にとって教授は、夭逝した数々のロックスターのような、反権威的でグラマラスな輝きと危うさを持っており、今日の姿など想像できなかった。それほど予測不可能な面白さに満ちていたわけだが、ジャンルの越境にとどまらず、今回のベスト3枚の音源提供会社で有に11社! 大半の日本のメジャー会社に音源を残しているわけで、耳なじみの曲中心のソロ集『US』でさえ、こうして1枚にリニアにまとめられるだけで感慨深いものがある。『US』は各アルバムと入手困難状態が続いていた初期シングル「War Head」などを配した2枚組のボリューム。しかし、実験的な面は抑えられ、意外なほどポップな選曲。「エナジー・フロウ」あたりからファンになった人が気に入れば、あくまでカタログとして各フルアルバムをあたることをお薦めする。

 『UF』は、代表曲「戦場のメリークリスマス」から始まる、映画音楽集。大島渚、ベルトルッチ、デ・パルマなど問題作をものしてきた鬼才たちとの仕事が多いのも特徴だが、その巨匠たちとの共同作業が一筋縄ではいかなかったことを告白する自曲解説がすこぶる面白い。彼のサウンドトラックは映像よりも雄弁で、哲学的。電子音楽からシンフォニックと多彩にスタイルを変えながら、それが混在するアルバムとしてのまとまりは、エンニオ・モリコーネの作品集のような美学を感じさせる。

 最後の『CM/TV』は、今まで何度か企画されながら実現しなかった、初のCM&TV音楽集。大滝詠一、山下達郎らをいち早く起用し、日本のシティポップの陰の功労者であるCM音楽制作会社「ONアソシエイツ」の音源を中心とした、9割が未発表音源。大滝の『ナイアガラCMスペシャル』、達郎がFCで販売しているCM音楽集Vol.1&2と同ソースによるものとのことで、タイアップ全盛以前の70〜80年代の日本のCM音楽が、いかに冒険的だったかを記す貴重な資料だ。モーガン・フィッシャーの『ミニチュアーズ』ではないが、30秒という枠組みを利用して「何をやってもいい」という制約のなかで繰り広げられる、若き日の教授の才気迸る実験的なスコアは聴き物。早くからシークエンサーを使ってクラフトワーク的なサウンドに手を染めていた「青の時代」の作品群は、後のYMOのヒストリーを再検証するときの最良の手引きとなるだろう。もちろん「エナジー・フロウ」の初公開CMヴァージョン、『筑紫哲也のニュース23』のテーマなど、近年の作品も網羅。依頼されながら諸般の事情でお蔵入りになっていた、インターネット・エクスプローラの起動音まで入っているのもご愛敬だ。

 この他、3枚購入者にはもう1枚、収録できなかったレア音源を集めた『GEM』(仮)が付く特典もあるとか。いずれにせよ、教授の膨大な作品史のこれらは一部であり、ファンにとってはまた別のコンパイルのアイデアもあるだろう。話は早いがこれがヒットになって、本格的な全集が編まれることを期待したい。

文/加茂忍

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