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デジハリ生との半公開授業を終えて


1月25日に以下のイベントを行った。



数ヶ月前から、デジタルハリウッド大学の学生たちとアプリ企画の授業を一緒になって作っていったのだが、今回はその成果発表というような位置づけ。

イベントの最中、美しいうごめきの瞬間が見えたので記録を残したいと思う。


背景


そもそもなぜデジハリの授業作りに参加することになったのか?

元々はオンラインでのゆるい活動からはじまる。

毎週日曜の朝からオンライン上に立ち上げた部屋に人が集まっていく。
空間とも言えるこのオンライン上での集まりは、毎週淡々と、そして誰からも強制されることもなく人知れず集まって、ゆるやかな時間とエネルギーを共有し、なんとなく解散している。

僕たちは、この空間を「21世紀のコーヒーハウス」と名付けた。

得体の知れないような人の流れの中で、ときに奇跡的な流れで新しい活動が生まれることがある。

そのひとつが、今回のデジハリ生の授業作りに参加することであった。

***

元々は、コーヒーハウス内での会話からはじまる。
その当時、テレイグジスタンス、自己意識の拡張などのテーマで実験をしたり対話を繰り返していたのだが、その中からひとつのアプリのアイデアが生まれる。

そのアイデアをもとに実際にアプリ作りができないか?という話になり、(詳細は省くが)デジハリの授業で僕らのアプリ作りを取り上げてもらうこととなる。


授業作りをしていく中で、僕らが考えたアプリ企画をベースにしながらも、学生たちに想像を膨らませてもらい、新たなアプリ企画を作ってもらうことになった。
そして、せっかくなら外部の方も交えてプレゼン会をしてみようとなり、上記のイベントを企画したわけだ。


その後、3ヶ月ほどの準備期間を挟み、先週イベントが行われた。

プレゼン会自体には、僕たちが声をかけた方々も含めて15名ほどの大人たちが集まった。

そして、実際にアプリの企画を作りあげた学生たちのプレゼンは、今まで関わってきた感情も相まってか、とても素晴らしく、心震わされるものだったのだ。



美しいうごめきの瞬間


そこには確実に、熱量が存在していた。

そしておもしろいことに、学生たちが出した熱量は、それぞれ違った質感のものであった。

自らの中にあるひらめきと共に湧き上がる熱量、仲間とともに頭と手を動かしながら積み上げていく熱量。

この「熱量」というのは、「若さ」という定型化した視点を持ってしまえばそれだけのことに収まるのかもしれないが、さまざまな熱量による歪ながらも渦が生まれようとしている学生達のうごめきは、実際に体験した者にしか見えない特別性が存在し、知覚的興奮をもたらした。

学生たちのうごめきは集まった大人たちに波及し、zoomという限られた表現手段の中、あらゆる方向性で、あらゆるレイヤーで、多層的に大人たちもが自己表現を始めたのである。


熱量による渦が生まれようとしている瞬間、多層的なうごめきも同時に生まれ、混沌にもみえる落ち着きのない時間がはじまる。


その時、オンライン上に充満する熱が、僕の空間感覚を刺激して、美しいうごめきを映し出したのである。



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美しいうごめきとは、
熱量による渦が生まれようとしている瞬間、
多層的にうごめき合う状況、
それらが重なり合い、
自らの空間感覚に訴えかけられた時に訪れる。


そして、奇妙な集まりによる混沌と葛藤の中、物語が進んでいったうごめきがあるからこそ、感動が生まれるのだ。



この企画を通して、苦労しながらも今回のプレゼンを行ってくれた学生たちには感謝しかない。

そして可能であれば、今後も共にうごめいていきたいと思う。




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