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DELETE -sideB-

家に帰ると俺はまず、とりあえずベッドにダイブする。ダイブした後にあー喉乾いてるんだったとか、シャワー浴びてからにすればよかったとりあえず目覚ましを、なんて思うけど、もう遅い。この定位置についたら俺はなかなか起き上がらない。
今日もありがとう楽しかった、というLINEが届いているのに気づき、読むのも億劫でそっとスマホを閉じる。未読数を知らせる数字は自分に好意を寄せている女性の数。そうなるように自分で仕向けたくせに、なんとなく、もう疲れた。
女性の心を動かすというのは何も難しいことじゃなく、その子をよく観察してその子が本当に求めているものをあげるだけでよかった。たったそれだけで俺を見る目が変わるから、彼女たちは、別に俺自身を見ているわけじゃないんだなと痛感する。求めているものをくれる相手であれば誰でもいい。別に俺じゃなくても。
適当にタイムラインを眺めていたら、さっき抱いた女の子のハメ撮りが流れてきた。彼女は俺が動画を見ていることに気付いていないのかどうでもいいのか、裏垢の話題に触れたことは一度もない。なんとなく、見ていると言ったらもう会えない気もする。
動画の中の彼女が腰を逸らす、違うよ本当に気持ちいい時あなたはもっと身をよじる、声がちがう、あなたはイキそうな時はもっと、
さっき労働させたばかりの我が子がまだ働きたいと言っていて、その元気さに、ちょっと笑ってしまった。

「なんでこのタイミングでイくの」
目が合う、に弱いことを知っていて、そう尋ねる俺は意地が悪いのだろうか。「イってない」とムキになるのが可愛らしかったのでもう一度イカせたらずるいと言われた。そう言いつつ物欲しげな視線を寄越してくる彼女のほうがよっぽどずるいと思う。
気持ちよくなると目を閉じてしまうから、「こっち見て」と向かせるのがいつも大変だった。
「いや、だ」
なんでこっち見てよ、
「いや」
締まるけど、
「あ」
いい。その目がいい。戸惑いつつ快楽に溺れて、でも本来の自分は失うまいと足掻く目。その目が見れるのは、セックス中だけだ。自分を貫いて理想を見つめる好感の視線は、億劫なだけだから必要ない。

丸めたティッシュをゴミ箱に投げるも、ギリギリのところで入らなかった。起き上がるのが面倒で、でもそのままにもしておきたくなくて悩んでいると、スマホが鳴った。
「…何?」
「あーごめん、寝てた?」
「いや起きてたけど」
「ねぇじゃあ聞いてよー、今日職場でさー」
彼女のぽんぽんと飛ぶ話題に、適当に相槌を打つ。あまりに適当だと反感を買うと知っているので、途中で少しだけ意見する。何も考えていなくてもできる。もう、体がテンポを覚えている。
「…あのさ、なんで連絡してくるの?」
会話が途切れたところで、聞いてみた。
「なんでって?話聞いてほしくて」
「あの、俺らもう別れてるよね?」
「そうだね」
「俺がフラれたんだよね?」
「…そうだね?」
だから何、とでも言いたげな彼女にため息をつく。あなたに私の人生彩るのは無理、みたいなことを言われて、俺は例えばフレンチ料理の~なんとかを添えて~のなんとかの部分なんだなぁと思ったのはもう数年も前のこと。
結局、そういう重い話をしたいんじゃないのに、と彼女の機嫌を損ねた。嫌なら電話出なければよくない?と言われて切られた。でも知っている。半月もすればまた、何事もなかったように電話が来る。
写真フォルダを開いた。元カノが写っている写真を一枚一枚削除した。LINEを開いた。返信せずに放置していたLINEをひとつひとつブロックした。
でも知っている。俺は明日には写真を復元しているし、LINEのブロックもどうせ解除している。そもそもTwitterもインスタもDMが溜まりまくっているし、ここしばらく放置したままのTinderだって、残っているし。
いつになったら、俺の周りは綺麗になるんだろう。何を手に入れたいかもわからず、何を、捨てることもできないままで。

なんで撮るの?って聞かれるけど、あなたがスマホばっかりいじってて暇だから撮るんだよ『DELETE -sideA-』


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