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歌集評のような 『Immoral Baby_Pink Trap』音羽

本当に書くの難しくて、それで半年ずっと書けずにいた書評です。

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人間で読んでしまう。
作品を読むとき、どうしても。
「おまえは誰?」ってなっちゃうのは、僕が作品じゃなくて人間に興味があるからなのかなあ。

いやいやいや、自己紹介しないで喋り始めた??
とか、
語ってますねぇ……スン
とか、なる。
誰の作品、とかは言わないけど。
それはそれで楽しみ方あるけど。

作者を知ってるほうが作品はおもしろい。

ことは結構ある。

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今年読んだ中で一番怖い本を挙げてって言われたらこれを挙げるな、という歌集がある。
今年読んだ中で、一番ほかの人に薦めてみたい本を挙げてって言われたらこれを挙げるな、という歌集がある。

『Immoral Baby_Pink Trap』

昨年末に発行された、音羽さんの第一歌集です。


内容は、怖い!
瀬戸さんとか平岡さんとかどう読むんだろう!
って思います。

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装丁が不気味です。

たぶん産道をイメージした、二つの丸が重なってベン図のようになった造形作品の中に、赤ちゃんの頭が埋まってる。
この時点で「読まない」って選択をする人もいると思う。
怖いから。
赤ちゃんの頭って怖い。
動物が持つ本能的なアラートが鳴るような怖さ。
やくざみたいな顔のおじさんに怒鳴られる、みたいな怖さじゃなくて、もっとしずかな、たましいに触れられてその形が変わってしまうような、変えられてしまうよな、取り返しのつかなさ、みたいな怖さに似てる気がする。
取り返しのつかない感じ。
(無為転変?)
それがこの本に、毒みたいに満ちてる。
グルメ漫画『トリコ』に、フグ鯨っていう食材があって、ものすごく丁寧に捌かないと体に毒が回っちゃうんだけど、その毒が回った感じ。
でも、フグ鯨は「死んでも食べてみたい食材」で、多い時は年間10万人の中毒死者が出るくらい魅力的。

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この作者はある程度背景を知っていた方がおもしろいと思う。
それに意識的だからかわからないけど、歌集の最初に「Intro」と題された小文が付いてます。

“あの世の湖底に瞬くピンク色の星が消えて、私の胎内にあなたが顕現しました。”

子供が生まれるらしい。

“別の地球の私の堕胎を、赦すために。”

僕は別の地球の私は過去の私だって読んでるけど、態度としてどうかなっていうのはある。
そう読んだほうが「おもしろい」って言い張るには、命はだいぶセンシティブだから。
僕は飴村行とか平山夢明とか好きだからどうしても命をおもしろがってしまう。
こういうことに向き合わされるのは、なんとも居心地が悪いですな。

よければTwitter(自称X)のアカウントも目を通すといいと思う。パッションある人です。

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もう少し背景、というかサマリー的なものを書き足すと、
音羽さんはDom/subという主従関係を結んだ生活をしているらしく、どうやら夫と一緒に王に仕えている?っぽい。
身籠った子は夫じゃなくて主人たる王の子らしい。
一王多夫妻制?なんてのがあるのかわからないけど、でも、そういう王国で暮らしていて、どうも「マジ」らしい。

つまり、道徳の授業とかで教えられる倫理観ではないところに生きてる。
(そもそもこの本、今ある倫理観とか常識に従順な人は相手にしてないんじゃなかろうか。)

だから、(だから?)、歌のハードルってすごく上がる。
理解の外にある常識を下地にして立ち上がった歌は、たぶん読者に論理的な理解をさせちゃいけない。
グルーヴで理解(わか)らせないといけない。

“君の支配の下で、君の愛の中で、私の目には現実と幻想の見分けがつきません”
(歌集末部「Outro」の小文)

理解(わか)らせてくる圧倒的な声量、あります。
幻視の奇書、怖くて変な本。でもそれだけじゃない。
みんなに読んでみてほしいです。

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正直、音羽さんの歌以上に歌集の紹介になるものってないやって思った。
だから歌を引きながら、歌に負けないように「ここおもしろい」「ここ気になる」「こう思った」ってことを書いていくほかないです。

コッホ雪片降り積もるメガリスの傍ら祈る乙女 Z体(ゼッタイ)

歌集の二首目の歌です。変なテンション。
コッホ雪片もメガリスも知らないけど、初読から印象に残った歌でした。
アスベストみたいな白い粉がモノリスみたいな鉄の板に降り積もって、アベンジャーズのエンドゲームに出てくる荒涼とした惑星っぽいところ、乙女が跪いてる。その形がZの形で、Zの体だ!っていう、そういう景が見える。
この歌集、ルビが無くて、「Z体(ゼッタイ)」は括弧の中に書いてあるから一瞬めちゃくちゃダサいんだけど、ダサいんだけど、超かっこよくない??
ギャルの無敵感?我等友情絶対不滅!みたいな、プリクラに文字書いてた同級生いたな。
その無敵感。
ALI PROJECT的な、なんか不思議なゴシック・オタクカルチャーも感じる。

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南極か北極か分からない海 / #FF00FF / We Are All Spirits
グリッチノイズの産声 / 点字の夜泣き / 全身マゼンタの髭化
マンドラゴラの悲鳴紅くスヰート 足に巻き付く蛇 光る犬

音羽さん、こういう短文連打多くて、結構川柳っぽいスマッシュ感あってこういう作品群いいと思う。
ちゃんと全部かっこいい。
シロソウスキーさんとかササキリユウイチ作品に思うのが、「言語を同じ袋から出してる」ってことで、その袋がずれてて強固なほど魅力的に映る。音羽さんの袋は変でおもしろい。

天照は機織りの杼でエクスタシーに達する パルプ・フィクションのミアの鼻血
スタッズだらけの蜥蜴の魂!可愛い業火!Marc Bolanのコーラス!

ちょっとずつ組み合わせが、見たことない。陶酔感でぐんぐん持っていく。
この人どんな人なのかわからないんだけど、テンションが高くて、言語感覚が突き抜けてて、ハッピーって感じがする。

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ずっと天上界的なところで踊り狂ってるのかと思えばそうじゃなくて、なぜかときどき妙な人が混じる。

輪廻 桜木花道が坊主になって私の夫が総受けになる
深津絵里 バナナが花火として咲いて 蒼井優 プールに飛び込むビーチ

音羽さんの世界にその人たちいるんだ……って思う。のがおもしろい。僕は音羽さんを何だと思ってんだろう。
こういう歌があることで、音羽さんが自分の世界と地続きのところに存在するのがわかるのは、この歌集にとって良いことなんじゃないか。

なかやまきんに君のスタンプが地球を救うトーク履歴

中盤に突然現れるこのきんに君、本当になんなんだろう。(キュートって意味で。)

David Bowieに抱かれたオッドアイの猫が破廉恥な鎖を吐き出す夜明け

こういう耽美な世界観も出してくるし、ポーズが決まってる。

戒_薔薇戦争_百合炎上 / 全ては月の妄想だったドクドクドクドク

氾濫する過剰さは音羽さんの持ち味で、二物衝撃以上の、多物衝撃をやってここまで飛ばせるの、凄いことだと思う。「ドクドクドクドク」とか、普通スベるはずなんだけど、これを成立させる強度がどこにあるかって言うと、やっぱり音羽さん自身のパーソナリティなのかな。
言語運用の背後に強い思想と意志がある感じ。

(ていうかこれ、やってること瀬口真司と共通してる??)

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奔放な感じなので、性的なワードは多いんだけど、露悪的になってなくて、なんというか”品”があるのも特徴のひとつに思った。

あはれδ星(ミンタカ) あなおもしろε星(アルニラム) あなたのしζ星(アルニタク) …イった? 独眼
桃色の亀頭のディルド大量に出荷前から喪失した弾丸
桃流し / 折角ペニスを得たのに産めば奪われるなんて_なんて角
大君(おおきみ)が琵琶湖に淡路島を嵌めヌチョヌチョさせる飛沫の正義
                君が代の残像

……品あるか自信なくなってきた。でも、汚らしくない、ギトついてないのが良いよね。

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本人の過去に関係するような歌を集めてみました。

咲く。十一年前のMiu Miuの広告で造花は花を真似、やめて
光 胞子舞う 制服が好きだった。妊娠は革命 SWEET 19 BLUES
桜の花弁スパンコール貼り付く眉間 19歳は忘却の明日
「19歳の私は脱出したかった」「別の地球で迎えに行くよ」

音羽さん、僕と同年代だったはずだから30歳前後で、19歳あたりがキーなんだろうなって思う。
とはいえこのあたりの掘り下げは今後もないほうがよくて、そうするといいバランスでミステリアスさをキープできるんじゃなかろうか。

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音羽さんの短歌は、使う単語とかフレーズが特異でおもしろい。
言葉に重心を乗せて飛躍させていくのかと思えば、実はかなり自己開示的というか、作者読みを誘発させていくスタイルで、読み手を引っ張っていくパワーがある。
堂々としてて、ともすればダサく見えそうなものも、かっこよく魅せる不思議な全能感を感じる。

そして、

姑怖くない卍リセット済みの夫の血脈アゲてこ

ギャル。すばらしい。

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