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【テュル活】テュルク諸語から入る『星の王子さま』(7): クムク語版来たる(後編)

前回、クムク語訳本がついに手元に来た話を書きました。さて、肝心のクムク語とはどのような言語なのか。雰囲気だけでも伝えておくべきでしょうね。ということで、今回はクムク語について少し。

クムク語の話されている主な地域はロシア、ダゲスタンです。キリル文字が使用されており、今回入手した『星の王子さま』もキリル文字表記です。以下、アルファベットと発音をまとめてみました(ずいぶん難儀しました…!完成させたのでほめてほしい)

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いやいや、硬音記号と軟音記号が入り乱れているという。なかなか慣れるのに大変そうな字母体系になっているような気がしますがどうか。ただ、一応「硬音」と「軟音」がうまく使い分けられているなとも思えます。

たとえば、Къ (къ)が示す[q]という音は、軟口蓋のさらに後ろの方(感覚的には喉のあたり、とでも言い換えてみましょうか)で調音する閉鎖音ですが、閉鎖音であるということが硬音で示されているわけですね。
逆に[h]の音(日本語のハ・へ・ホの子音に近いが全く同じではないということだけ注意しましょう)は、軟音記号で表している、と。このあたりなるほど、直感としてもわかりやすくなっているようには思えます。記号自体は似ているんですけど、この違いは重要ですね。

あとは文字割り当ての工夫として、どの字母もロシア語のキリル文字アルファベットで対応できるようになっているということでしょうか。テュルク諸語をキリル文字で表そうとすると、とかくロシア語で使われない字母が往々にして存在するのですが、クムク語についてはそれをできるだけ回避しているようです。

なおネット上には、クムク語文法についてのページもあるようです。以下のリンク先。クムク語で書かれていますからなかなか最初は苦労しそうですが。発音、文法、語彙の各ページへリンクが貼られています。

なるほど、慣れてないせいもあるでしょうがクムク語は読みづらい!たしかにこのキリル文字の体系だとなかなか読みづらいという印象を私は持ちました。軟音記号、硬音記号が頻繁に使われているせいですよね…これは…

さて、ようやく本題というか、『星の王子さま』の中身の話に移っていきましょう。せっかくなので、一部テキストを引用しながら気が付くことなどを書いていってみようかと思います。まずはクムク語訳本の情報を。

Arslanova, Nuriana (2018) Гиччинев Пача ("Gitchinev Pacha"). Darpress Media: Makhachkala. ISBN: 978-5-91462-033-9.

訳はフランス語からではなく、ロシア語翻訳からのさらにクムク語訳ということのようです。このことは念頭におきつつ、クムク語訳の実際の文をいくつか見てみましょう。まずは有名な部分から。

(1) Аслу затлар оьзге гёзге гёрюнмей.
(Aslu zat-lar öz-ge göz-ge göryün-me-y.)
重要な もの-複数 自身-に 目-に 見える-否定-現在:3単
「大切なものは、目には見えない。」(p86)

便宜的に、原文の下にラテン文字に転写したものも記しておきます。なるほど、テュルク諸語のどれかの知識があればなんとなく意味がつかめそうな文になっています。複数形は-larで、母音調和していることがわかりますし、現在形3人称の否定形の動詞の形も見えます。1人称、2人称の例も別のところから見つかります。

(2) Сен мунда не этесен? —деп сорайман. (p14)
(Sen mu-nda ne et-e-sen? dep sora-y-man)
君 ここ-で 何 する-現在-2単 と 尋ねる-現在-1単
「『君はここで何をしているの』、と僕は尋ねる。」

現在形の場合は、1人称単数はそのまま人称の付属語-man/-men(母音調和によってどちらかが選ばれるようです)、2人称単数は同じく付属語-sen/-sanを現在形にそのまま付加するようです。ちょっと現在形の形は、ウズベク語に似ているなと思うなどしました。(私の数少ないトルコ語以外のテュルク諸語の知識としてウズベク語がどうしても浮上してくるのですね!)

ちょっとこれからじっくり見てみたいところですが、最後にもう一つだけ例文を見てみますか。

(3)  Оьзюмню суратымны уллуларгъа гёрсетдим ва «Къоркъунчлуму?» —деп сорадым. (p.10)
(Öz-üm- surat-ïm- ullu-lar-qa görset-di-m va «qorqunchlu=mu?» — dep sora-dï-m)
自身-私の- 絵-私の- 大人-複数-に 見せる-過去-1単 そして 怖い=疑問 と 尋ねる-過去-1単 
「ぼくは自分の絵を大人たちに見せて、『(この絵)怖い?』と尋ねた。」

衝撃の事実がここで明らかになります。なんとクムク語、所有格(ノ格)と限定目的格(ヲ格)が同じ形なんですね!!!(cf. Pekaçar (2012: 977))

これは面白いなと個人的に思います。

どうやって見分けているかというのは… 続く語で判断するということなのでしょうね…たぶん。ここが同じ形というのはしかし、学習者としてみるとなかなか厄介なポイントでしょう。

学習…うむむ、学習するべきなのかどうなのか。なんせテュルク諸語、たくさんありますのよね。noteでもかなり紹介してきましたでしょう。ノガイ語、カラチャイ・バルカル語、そしてクムク語と。北コーカサスだけでもこれだけあるんですよね。

どれが面白いかな…ちょっと、各言語の面白そうな現象をあたってみますかねえ…ともあれクムク語文法のスケッチ的なこと、いずれ気が向いたら少しやってみようと思います。

参考文献:
Pekaçar, Çetin (2012) Kumuk Türkçesi (Kumyk). Ercilasun, Ahmet B. (ed.) Türk Lehçeleri Grameri. Akçağ: Ankara. 939-1008.
ということで、文法の解説としては相当中途半端ですがなんとか文字だけは説明してみました。投げ銭制ということで公開いたします。よければぜひ投げ銭を!

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