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企業分析の解像度を上げる:事業・セグメント分析+四半期分析を活かす 信越化学工業のケース

事業・セグメント分析、四半期分析を活かす分析の方法についてお話します。
企業分析においては、成長性、安定性、収益性の3観点から行う人が多いと思います。さらにその要素に株価分析をプラスしてみていくという形ですね。

分析手法は無数にありますし、どういった視点で分析するかによって使うべき手法は異なります。そんな中でも難易度の高い分析の1つは事業・セグメント分析と四半期分析ではないでしょうか。

というのも、分析を行う際には以下のように行う人が多いと思われます。

ざっくりと株価をチェック、業績推移(売上高、利益などの推移をチェック)、その後、利益率(ROA、ROEなど)を求める。必要に応じて、PBR,PERの数値を行い、割高、割安かを確かめる・・・という形ですね。

分析してみた結果として、ある程度、収益性が高い、低い、成長性がどの程度か(売上高、総資産の増減から)は掴めるでしょう。

ただし、事業そのものの将来性、今後の展開・・・と考えた場合、事業構造を把握することは欠かせません。

そこで役に立つのが事業・セグメント分析、四半期分析です。

事業・セグメント分析とは、企業の事業構造を踏まえながら、セグメント分析を行う、ということです。

有価証券報告書には、企業の事業内容が書かれています。この情報を踏まえながら、セグメント分析を行うことで、企業分析の解像度を上げることが出来ます。そして四半期分析の活用もおススメです。四半期分析には、直近の経済状況を踏まえてどのように対応しているかが分かり、かつ、先ほど触れた事業・セグメントに関する情報も開示されています。どの事業が好調か、不調か、企業が抱えている課題は何か、という事を読み解くきっかけになります。

注意が必要なのは、四半期分析⇒事業・セグメント分析ではなく、必ず、事業・セグメント分析⇒四半期分析から入った方が良いという事です。さらに可能であれば、株価関連の情報をみる前に、事業・セグメント分析から行った方が良いです。これは先入観念を持たないようにするためです(といっても目に入ってしまいますが・・・)。

四半期分析は3か月~9か月の情報であり、直近の経済情勢・経営環境と結ぶ付けて考察する上では有効です。ただし、今起こっていることに引っ張られ過ぎる、ということが起こりえます(株価も同様)。

投資を5~10年スパンで考えるとすると、目の前に行ったことに囚われすぎると、中長期的な視点が狂うことがあるので注意しましょう。

さらに事業・セグメント分析においては、経営者のメッセージを頭に入れてから行うことをおススメします。

経営者は必ず自社の方向性について何らのメッセージを発信しています。そのメッセージをキチンと分析して、それを頭に入れて分析を進めていくことが大切です。

では具体的にケースをみて行きましょう。

1.信越化学工業のケース

ご存知の方も多いとは思います。信越化学工業の金川会長が2023年1月1日に亡くなられました。名経営者として、信越化学工業を高付加価値企業へと押し上げた人でした。まだ現役で会長として勤められていた中での死去でした。

さて、ここでは金川会長の生前メッセージから分かることを読み解いていきましょう。

*赤丸は私が強調のために入れました。

アニュアルリポート・統合報告書には、企業のメッセージ(投資家だけではなく、多くのステークホルダーにあてた)が書かれています。ここに着目すると、今後の企業の方向性が分かります。いくつか抜き出す形でみていきましょう。

メッセージの中では、各種原材料や製品の供給網の不安定化等と合わせて、自社製品が幅広く使われている(社会インフラや住宅建設等に欠かせない塩ビ、あらゆる分野の製品に組み込まれる半導体の基板となるシリコンウエハー、工業製品から消費者製品まで幅広く利用されているシリコーンに使われていること)ことがPRされています。

現状を認識しながら、自社の強みがなんであるかを明確にしているメッセージと言えます。されに見ていくと同社の特徴がより鮮明に分かります。

安定成長・・・はどの企業でも目指しているキーワードです。安定成長を目指していない企業はいないでしょう。それを実現しているのが信越化学工業なわけです。
その秘訣として、地政学リスクを重視していることを明らかにしています。
同社はアメリカを海外の重点拠点として置いています。多くの国に分散するのではなく、アメリカに絞ることでカントリーリスクを最小にしていることが書かれています。

アメリカ≠地政学リスクが低い、と言い切れるかは分かりません。ただし、同社として割り切ったリスク対応を行うことで、安定した製造販売を実現していることがうかがえます。

さらに、カーボンニュートラルもキーワードにあげています。同社の製品がこうした製品にも貢献していることもしっかりとPRしています。

同社は決してIRに熱心な企業ではありません。とはいえ、現在のトレンドに乗り遅れているわけでなく、今後の自社の製品が貢献できる、という確信をもってメッセージを発信しているといえます。

こうしたことを踏まえて信越化学工業の事業構成を見てみましょう。

2.信越化学工業の事業構成

以下は、信越化学工業の事業構成になります。同社は、生活環境基盤材料、電子材料、機能材料、加工・商事・技術サービスで構成されており、国内と海外の支社数をみても海外に比重があることが分かります。

この情報は、有価証券報告書の「第一部企業情報 第1企業の概況 3事業の内容」をみると書いてあります。次の箇所ですね。

セグメント情報も、この事業内容に即して開示されています。ある程度、事業内容を頭に入れた上で、セグメント情報を見てみましょう。そうでないとこの企業は何に強みがある企業なのかが分からないまま、数値だけをみて、分からない、となりかねません。

ではセグメント情報をみてみましょう。

セグメント情報では、各セグメントの売上高、利益、その他の項目などの情報があります。色々と見てみると面白いですが、一先ず、内部売上分を差し引いた売上高と利益に着目してみましょう。さらに、報告セグメントにおける売上高の割合、利益、および利益/売上高の%を用いて分析するとよいでしょう。

*赤線は私が強調のために入れました。

セグメント別の売上高構成と売上高、利益、利益率(%)を見てみましょう。こちらをみると、信越化学工業の売上高の構成としては、生活環境基盤材料と電子材料が売上の70%占めていることが分かります。かつ、このセグメント利益がそれぞれ30%を超えています。

同社の収益性を支えているのはこの2事業であることが鮮明に出た結果になっています。また売上高の19%を占める機能材料も23.11%も決して低くありません。全体的に高収益体質にあることがこの結果から分かります。

3.第2四半期情報を見てみよう

さて、これまでの結果を踏まえた上で第2四半期情報を見てみましょう。

四半期情報の取り方としてはEdinetから検索する方法と、やはり企業のIR情報から取るやり方があります。企業のIR情報をみると、四半期ごとでの決算報告(パワーポイント)、四半期決算短信の情報も入手することが出来るでしょう。四半期報告書は、3か月ごとに出される企業の報告書です。

四半期報告書は有価証券報告書よりも簡易的な内容になっています。ただし、売上高、利益といった主要な情報は書かれていますし、セグメントごとの情報も書いていますので、今、どういった状況かを把握するのには欠かせない情報源です。特に現在のように円安、エネルギー危機、物価高・・といった不確定要素がある中で、企業がどのように対応しているのかを知る手掛かりになります。

四半期報告書は、証券取引所に上場している企業に求められています。また速報的な情報として、四半期ごとの決算短信もあります。気になる銘柄については、決算短信を活用して、情報を早く入手することをおススメします。四半期決算短信は、四半期報告書に対する公認会計士によるレビュー前の情報とはいえ、主要な情報はほぼ変わりません。

信越化学工業の第2四半期情報から分かることをみて行きましょう。四半期情報には、前年同期比の比較を意識して、前年度の情報も掲載されています。信越化学工業のケースでいえば、2022年第2四半期に対応した2021年第2四半期の情報と、2021年3月期の情報が掲載されています。

*赤線は私が強調のために入れました。

こちらの情報をみると、信越化学工業は、2022年第2四半期は、前年同期比と比べて増収増益出会ったということです。この状況下でも増収増益を達成できるのは、同社が安定的な供給体制を維持し、かつ高付加価値な商品の製造販売を行っていることの証左でもあります。

他の企業をみて頂ければ分かると思いますが、円安効果で増収(売上高は増加)ということはあっても、インフレ状況、資源高の影響で利益が目減りしやすいですので、増益(利益は増加)させている企業はそれほど多くありません。インフレ状況の中で価格転嫁がスムーズに行かなかった場合も多いことが分かってきています。増収増益を達成できる同社の強さが際立った第2四半期となりました。

さて、同社の状況をもう少し詳しく分析してきましょう。手掛かりになるのは、「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」になります。この情報も四半期報告書に掲載されています。かつセグメントごとの情報も載っています。

*赤線は私が強調のために入れました。

こちらをみると分かるように全セグメントで増収増益を達成していることが読み取れます。円安、物価高、エネルギー不足の中でも増収増益を達成できたのは、高付加価値製品を提供し、比較的価格転嫁が容易であったこと、アメリカに生産拠点があること、などがあると推察できます。同社の強みが際立った結果となりました。この結果が第3四半期でも続くのかを注視していきたいと思います。

4.今後はどうなるか?

機能材料、電子材料については、今後も一定の需要の増加が見込まれます。「財政状態、経営成績及びキャッシュフローの状況の分析」でも書かれていたように、半導体市場における強い需要は健在です。ここで稼げる同社は収益を維持できると予想します。どういったルートかはもう少し詳しく分析することが必要ですが、同社は需要に対して最大限応えられる調達ルートは持っているようです。生活環境基盤材料については、住宅環境の不況、景気後退の影響で需要は減る可能性はあります。ただし、同社の売上、収益力の強みは電子材料事業と機能材料事業にありますので、影響はそれほど大きくないでしょう。とはいえ、リスクがないわけでもありません。同社の経営体制の象徴的な存在として金川会長が果たしてきた役割は小さくないはずです。新しい体制下で、高収益体質企業である信越化学工業を維持できていくかが試されていくと思われます。

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