市場の機能の重要性:エンフォースメントから考える
これまた、IFRS17論文のこぼれ話、です。
保険契約を保有する事業体、つまり保険会社の財務状態、経営成績を統一的な基準で測定するIFRS17保険契約
これは現在適用が免除されてるIFRS9金融商品と同時に適用されることから、保険会社の貸借対照表(IFRSでは連結財政状態計算書ですが)、損益計算書がガラッと変わることになります。
つまり、B/Sの資産、負債側も時価を基本として評価されるということになります。もちろん、資産側に償却原価で測定される余地はありますが、負債側の保険契約が時価で評価されれば、当然、ALMマッチングの関係で資産、負債側も時価で評価するという、全面公正価値測定の状態になります。
ともあれ、この基準によりガラッと変わってしまう訳ですし、既存の実務にない基準なので、適用が大変です。ということで、関係する団体が四苦八苦しているわけです。
そのIFRS17、適用のための準備が足りない、ということで当初予定されていた2021年から2023年まで延長されています。一方で、国際アクチュアリー会では、実務指針が発行されるなど、徐々に準備が進められています。
IFRS17の適用にあたった関係各者、大変です。
それにしても、なぜ、新しい基準が適用される時、これだけ真剣に準備をするのでしょうか?
それは、法定開示の中で、財務報告が大変影響力のあるものであるに他なりません。
つまり、開示された情報に基づいて投資家がファンダメンタル分析を行い、その評価がなされます。
また配当可能利益などは別建てで計算されるかもしれませんが、財務報告上で計上される利益もまたその目安となるのも間違いないでしょう。
さらにいえば、この評価に基づいて経営者の責任も問われることになります。
いわわば通信簿のあり方が統一される。
それがIFRS17のもつインパクトです。
しかしながら、この通信簿も適切に作成する体制があるのか?
さらにいえば正しく評価する体制があるのか?
が問われています。
これはどちらも大事になってきます。
エンフォースメント、つまり財務報告の基準作成、評価の枠組みの重要性、です。
エンフォースメントという用語はIFRSに限らず法律、規制の中でも使われています。法律、規制がどの程度、準拠して適用されているのか(正しく適用されているのか)を表す際に使われます。
実は、SECによる財務報告のエンフォースメントに関するレポート、つまり会計基準にどの程度準拠しているかについては、1982年から行われているようです。その当時、どの程度、このエンフォースメントのレポートが企業に対する強制力があったかどうかは分かりませんが、今ではSECは財務報告を含めた各種法律への準拠度合い(エンフォースメントの程度)について報告を行っています。
SECのAccounting and Auditing Enforcementでは、会計上の問題と思われる指摘事項について、見つけた事例が順次列挙しています。最新期とは限らず、過去のケースもあります。例えば、以下は、2020年9月に公表されたものですが、HPの2015年-2016年の開示に関する問題点についての指摘事項です。
EUにおいてはESMA(欧州証券市場監督局)が財務報告のエンフォースメントに関するレビューを行っています。
会計基準・監査基準などへの準拠の度合いをレビューすることで、次の改善に繋げていくことが期待されます。
財務報告におけるエンフォースメントの強度や形式は国によっては違いはあります。
最近では、エンフォースメントに関する研究が盛んになっていますが、その先駆的論文がLa Porta et al.(2006)です。La Porta et al.(2006)では、証券法がどのように機能しているかを検証しています。
証券市場におけるエンフォースメントには、法律的、つまり強制的に執行する性質のものと、財務報告やその他の関連規則のように違反したとしてもその罰則が緩いケースがあります。
株式市場における財務報告は、監督当局による監視、規制とともに、民間により運営される証券取引所による規制(上場規則など)に依拠しています。
これをLa Porta et al.(2006)は私的なエンフォースメントと呼んでいます。
国際比較の調査を通じて、La Porta et al.(2006)は、法律的な、つまり公的なエンフォースメント(public enforcement)で強制的に従わせるスタイルでは、株式市場におけるベネフィットをもたらす証拠は得られなかったとしています。
一方で、情報開示に関する規定や損害賠償ルール(liability rule)などの私的なエンフォースメント(private enforcement)の方が市場におけるベネフィットをもたらすという証拠が得られたと結論づけています。
株式市場において重要なのはフェアーな競争を促進することです。そのために重要なのは、公正な取引の下で、健全な情報開示を通じて、企業間の競争を促していく、ということがベストな方法なのかもしれません。
もちろん、この話は、最低限度の公的なエンフォースメントが確保されていることが前提条件で、かつ、一定のモラルをもって経営者、市場関係者が行動する人が多数を占めている、ということが必要でしょう。
話は随分とそれましたが、IFRS17においても望まれるのは、こうした枠組みの中で、適正な財務報告を行うということであり、市場においてその情報が十分に使えるものでなければならない、ということなのだと思います。
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