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実務の結晶である有価証券報告書・四半期報告書への観察・考察力を高めよう

インゴルドの「学びの狩人」の話、探究だけでは何か足りないのではないか、という今の心にピッタリとくるフレーズです。

インゴルドの分野は文化人類学であり、観察・考察力を培うことが求められる分野です。つまり、自らの観察から得られたもの、データに対してどのような意味付けを与えていくのか。そこに何を見出すのかを考えていかなければなりません。

この考え方を、『会計学の学び』に置き換えて、有価証券報告書・四半期報告書を活かした観察・考察力を培うことが重要ではないか、ということを述べたいと思います。

1.簿記・会計の理論に至るまでの前置きが長い

その前にこちらの整理をもう一度復習と整理してきます。

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私なりの整理では正確には、会計学、会計、簿記の領域は異なっていると考えています。実務領域では、会計、簿記の範囲で携わっている人も多いのではないでしょうか。もちろん、会計学で触れる理論的な側面も援用することはありますが、それは実務というよりは、理解の促進のために用いる、という位置づけになるでしょう。

ここでは、簿記、会計、会計学を広義の会計学と定義して話をしていきたいと思います。

もちろん、大学で学ぶ会計学の講義は、この3つ、簿記、会計、会計学の領域が取り入れられています。簿記は簿記関連の講義でフォローされています。会計は、会計学の基本講義、もしくは財務会計論の領域でフォローされています。会計学は、会計と簿記の話を踏まえた上で理論的な話が展開される、という形になるでしょう。

中級レベルの財務会計論においても理論的な側面について触れられていると思いますが、どちらかといえば、会計情報の制度的な仕組みを意識した上で理論の話が展開されると思います。

会計学の純粋な理論的な話は、簿記論、財務会計論の知識が一定程度なければできない、構造になっています。

つまり、会計学は理論の話に本格的に入るまでに多くの段階を経なければならない、ということです。例えば、保守主義に関する現代会計の理論的な話が、言及された教科書はないのでないないでしょうか?のれんの減損の価値関連性はどうでしょうか?金融商品の時価を巡る実証的な知見について言及されていますでしょうか?

おそらく答えはNOでしょう。教科書、テキストによっては触れているケースもあるかもしれませんが、研究者の論文、書物に限られます。会計、簿記のテキストは複式簿記の仕組みや制度的な側面から入り、理論的な話よりも「制度がどうなっているのか?基準がどのように定められ、会計処理がされるのか?」という点に説明が割かれます。

つまり、実務の基準、ルールについて触れることにエネルギーが割かれているわけです。そして実際の検定試験、資格試験に問われるのもこの領域です。

一方で、経済学、経営学、マーケティングなどの他領域はどうでしょうか?おそらく比較的理論的な側面から語られ始めることが多いのではないでしょうか?経営学は最初に会社構造の話に触れつつ、企業戦略や組織、ガバナンスなどに触れていくという形が多いと思います。これらの学問の魅力は、分かり易く、学んだ理論を実践に移行できるということにあるでしょう。だからこそ、フィールドワークという手法が有効な訳です。

一方で会計学は、簿記⇒会計の積み上げを経て、ようやく会計学の領域に入ることが出来ます。ただし、こうした積み上げを経て、会計学の研究領域に入る、というアプローチは、どちらかといえば、暗記型、訓練型の学習であり、習うより慣れろ!考えずにどんどん練習問題を解け!という話になりかねません。というか実際にそうなっていると思います。

大学の授業はそこそこにして、専門学校に行って、会計士、税理士試験の勉強をした方が効率的であると、公然という学生がいるのはこの辺りにあるでしょう。狭義の会計学の勉強はせずに(すくなくとも研究者が立ち入る理論的な領域には触れずに)、資格試験に合格する人がほとんどかもしれません。資格試験の主な範囲は、簿記、会計の領域でカバーされています。

資格試験に受かる最短ルートを考えるとその方がいいと思いますが、大学での学問、つまり実務で適用可能な知識、能力を身につけることを考えると、不足している点があります。

というのも資格試験の問題の中には、実務はないからです。

2.実装可能な学びであるためには

経営学、マーケティング、経済学など、どの社会科学の学問においても、対象に応じたデータを集め、それを観察・検討することが望ましいといえるでしょう。必要に応じてその現場を観察し、読み取る、実体験する、ことが求められます。マーケティングで、企業とコラボすることが多いのは、机上の学問ではなく、実装可能な学びにするために重要なプロセスといえます。

会計学の大きなアドバンテージは、最高の素材が目の前にあることです。有価証券報告書、四半期報告書を始めとした企業の公開情報です。

有価証券報告書や四半期報告書は、実務の結晶!といっても過言ではありません。なぜなら、企業が経営者責任をかけて作成し、公認会計士もまたそのチェックに自身の職業的な使命をかけています。

その情報は公に公開されていて、上場企業のものであればだれでも使うことが出来ます。

実際のデータを手に入れられる。

企業内部の研究をする場合は制約がありますが、財務会計の領域においては、このデータを手に入れられることが出来る、というのが非常にありがたいことなのです。

有価証券報告書の情報量は量、質ともに増えています。

企業情報の開示に関する情報(記述情報の充実)は、この3月期から適用されています。監査上の主要な検討事項、いわゆるKAMについては来年の3月期から本格的に導入されます(早期適用もされています)。その他、会計基準の改訂などにより企業をリサーチする好材料は増えています。

「会計学において学びの狩人」になるためには、有価証券報告書、四半期報告書などを活かすということが大事だと考えています。

もちろん、読み取りには労力と時間が掛かります。最初は何を書いているか分からないでしょう。一筋縄ではいきません。ですが、これらの報告書には、実務の結果・成果が表れています。読み方を覚えてくると、色々な発見があるでしょう。文字の羅列ばかりで、通り一辺倒のことが書いてある、と思わないで観察してみることが大事です。

その数値がどういった意味があるのか?どんな事象と結びついているのか?

そうしたことを思い浮かべながら情報を読み取ることを試みてはどうでしょうか。

3.観察力・考察力を有価証券報告書・四半期報告書を通じて養う

有価証券報告書・四半期報告書に対する観察・考察力を高めることこそ、会計学で「学びの狩人」になるための大きな一歩である。そう感じています。

これは一つのフィールドワークである、と私は捉えています。外に出るばかりがフィールドワークではないのではないでしょう。有価証券報告書・四半期報告書は、まさに実務の結果・成果の塊です。その素材を活かし、「会計学の学び方を学ぶ」ということが何より大事なこと、と思います。そうした得た自分の観察・考察力は、大学を出てからも消えることなく役立つのではないでしょうか。

なお、会計学の中でも経営学に近い管理会計においては、こうした実践的なフィールドワークが可能ですし、実際にやられている研究者もいらっしゃいます。公会計の分野で地方自治体と連携しながら実践的なフィールドワークを展開されている人もいます。

これは私なりの一つの答え、ですが、複数の考え方、やり方があるでしょう。いずれにしても、企業(非営利組織を含む)の作成した会計の数値に対する観察・考察力を高める、ということが会計学の学びの肝、ではないでしょうか。


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