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子どもインフルエンサーとシェアレンティング―こどもの日にこどもの権利を考える―

概要
YoutubeやTikTokなどオンラインプラットフォームの発達により子どもインフルエンサー(キッズインフルエンサー)と呼ばれる子ども達が少なからず見られるようになると、親の収益性や子どものプライバシー保護などの観点から問題視される事例も増えてきました。これまでに取り組んできた子どもインフルエンサーに関する外国法研究について、一般向けに書き改めていきたいと思います。


1.子どもインフルエンサー法立法の発想

 フランスや米国の子どもインフルエンサー法は、既存の労働法における子役保護を拡張するというアプローチで立法が行われています。舞台やテレビ番組、映画の制作等の演劇子役の保護については、労働法制は基本的に以下のことを念頭に置いています。

  1. 親や法定代理人からの搾取の防止

  2. 制作側からの搾取の防止

 「1.親からの搾取の防止」は、演劇子役の労働の対価を親が不当に得ることを防止することが主眼です(ここでは立ち入りませんが、子どもを通じた親の自己実現という側面もあると思います。『諸外国における年少労働者の深夜業の実態についての研究』(pp. 269-290)では米国の演劇子役において「子どもより両親が熱中するケース」が言及されます)。実効性は非常に怪しいものですが、日本法の労働基準法では、一応58条(労働契約の代理を禁止する旨の規定)や59条(賃金の直接払いに関する規定)がこれに当たります。インターネットの記事等でも度々言及される米国諸州のクーガン法やクーガン法類似のフランス法のペキュール(日本語で言及されたインターネット記事がないか検索したところ概要に触れたものがありました)は、子役が成人するまで報酬の支払い先口座を凍結乃至報酬を供託することで賃金の直接払いの効果をより実質化する制度と言えます。
 もう一方の「2.制作側からの搾取の防止」は、具体的には、深夜労働や過度の労働の防止や修学機会の保障などです。日本法の労働基準法では、56条(修学時間外に使用することができる旨の規定)や60条から61条(労働時間と深夜労働に関する規定)がこれを規律します。外国法に目を向けてみると、映画産業が盛んなハリウッドを擁する米国・カリフォルニア州では、映画の撮影が長期間に及ぶことを勘案したスタジオ教員制度(労働法§11755.2.)という独特の制度も見られます。
 子どもインフルエンサーの特質の一つは、「制作側」と「親」の一致、すなわち、親がプロデューサーや編集を担うことが多いということにあります。YoutubeやTikTokは、テレビと同等とまでは言わないまでも、大きな収益を上げるのに十分な発信力を持っています。2020年から2023年までに成立したフランスや米国・イリノイ州の子どもインフルエンサー立法は、このように家族経営的に撮影等が行われる傾向にある子どもインフルエンサーを労働法内部に明示的に位置付けることで、「1.親からの搾取の防止」を図ったものと評価することができます。

2.子どもインフルエンサー固有の問題?

 他方、子どもインフルエンサー固有の問題というのは家族経営的であること(故に労働法による保護の枠外に置かれるのではないか、という問題意識)に集約できるでしょうか。演劇子役にせよキッズモデルにせよ、演技等の技芸を発揮することが前提のように考えられていますが、子どもインフルエンサーについて言えば、必ずしもそうとは言えません。子どもインフルエンサーの収益の源泉には、子どものプライバシーの切り売りという要素が内在している場合が少なくないのです。
 子どもが特定の玩具で遊ぶ様子を撮影した動画は、玩具会社のマーケティングとして有効であり収益の可能性があるでしょうし、また、たとえば、子育てYoutuberというあり方には一種のリアリティショーという側面があるでしょう。玩具で遊んでいるとき、子育てYoutuberの動画に出演するとき、子どもは撮影の目的を知らないかもしれないし、撮影されていることそのものを認識していないかもしれません。このような子どもの意思を離れた親によるSNS等への子どもの情報の発信は「シェアレンティング」と呼ばれます。
 「シェアレンティング」概念それ自体は、収益の有無を問題としませんが、「シェアレンティング」行為と収益とが結びつくとき、子どものプライバシーの切り売りとでも言うべき状況が生じることになります。オンラインプラットフォームにおける子どもの出演が必ずしも子どものプライバシーの切り売りを伴うかたちのものとも言えませんが、演劇子役等と比較した場合の子どもインフルエンサー固有の問題には「シェアレンティング」があるのではないでしょうか。

3.法によるシェアレンティング行為の規律

 フランスと米国における子どもインフルエンサー法立法の目的は、主に親による経済的搾取の規律にあったわけですが、これは大多数の子ども達にとって、実はあまり関係がないかもしれません。むしろ、クーガン口座開設の煩雑さを考えれば、微々たる収益を得るに過ぎない親子にとっては、無用な手間だけを要する制度であるという面もあります。子どもインフルエンサーにせよ、演劇子役にせよ、メジャースポーツ型の収益構造であり、一部のスーパースターに大半の収益が集中するからです。
 一方で、シェアレンティング行為は、子どもインフルエンサーに限らず多くの子ども達にとって差し迫った脅威です。自らの容貌や望まない情報の公開、これらが行われていることすら知ることができず、後に知ったときには、インターネットの大海原に拡散され削除は半永久的に叶わない、ということもあり得るでしょう。子どもの視点からは、自らのプライバシーをコントロールしたいと願う気持ちと収益の有無には関係がありません。
 2020年のフランスの子どもインフルエンサー法立法は労働法典の改正によるものでしたが、2024年に至ってシェアレンティング行為を規律する民法典の改正が行われました(「子どもの肖像権の尊重の保障を目的とした2024年2月19日の法律第2024-120号」)。前述のように、収益の有無と関係がないのであれば、労働法典においてシェアレンティング行為を規律するのはいかにも筋悪だったのです。子どもインフルエンサー法立法で先行したイリノイ州における立法過程を見るに、米国の立法においても同じ問題にぶつかっているようにも思えます。

4.子役と子どもインフルエンサーのセカンドキャリア―子どもであること自体が価値であることから生じる問題―

 ところで、演劇子役などにも類似の問題はないのでしょうか。プライバシーの切り売りではなくとも、演劇子役としての技芸が成人後のキャリアに必ずしも結びつかない場合というのは考えられます。
 演劇やモデル、一部のマインドスポーツやフィジカルスポーツといった領域は、比較的若年のうちに活躍することができる、場合によっては、子どもでなければならない(子役やキッズモデル、子どもの声を要求するナレーションや声楽など)ということがあり得ます。マインドスポーツ、典型的にはチェスや将棋、囲碁などの場合、年齢に応じてゲームのルール自体が変わるわけではありません。一方、子役やキッズモデルの場合には、前述のようにその年齢なりの技芸が求められるものの、ある種のゲームチェンジが生じるため、子ども時代の成功が成人後の成功に結びつく蓋然性は比較的低く、この問題はより切実です。若くして華やかな世界に身を置き、後に挫折したとき、他分野に転身するというのは容易ではありません。有名子役が後にアルコール依存や薬物依存に苦しめられるといった事例が少なからず見られることは、子どもインフルエンサーに関する問題の文脈でも見逃すことができないように思われます。

(続く)

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