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無人島に一つだけ持っていくとするならという質問に対する疑問
『無人島に一つだけ持っていくとするなら、あなたは何を持っていきますか?』
誰もが一度はされたであろう有名な質問だ。
だがこの質問には、回答をするにあたって、あまりにも多くの問題点がある。
だから僕は、これからこの問いに対する現実的な批判を試みたいと思う。
まず、質問自体がアバウト過ぎる。
具体的な条件が何一つ明記されていないのだ。
どういう経緯で無人島に行くことになったのか?
どんなルート(航路なのか空路なのか)でそこへ到着する手筈なのか?
滞在期間に限りはあるのか?それとも無期限なのか?
その無人島の位置は?面積は?環境は?
このように、具体的な状況が何ら設定されていないと、真面目に答えようという気がハナから失せてしまう。
仮に空想的に考えようとしたところで、特に面白みがあるというわけでもない。
やはりこういう類の質問には、論理的に思考して、現実性を帯びた回答を導き出すことにこそ意味がある筈なのだ。
そして次に問題なのは、この問いに関する出題意図の不明瞭さだ。
出題者はこの質問をすることによって、一体何を知りたいのだろうか?
仮に、回答者が最も大切にしている所有物を知りたいのだとすれば、それについて直接尋ねれば良いだけのことだ。
敢えて、無人島という現代の感覚で考えるとやや非現実的な要素を加味していることを考慮すれば、その問いに対する回答者の論理的な思考力や柔軟な発想力を測りたいのかもしれない。
それなら最初の疑問に立ち戻るが、何故具体的な状況設定がされていないのだろう?
具体性の無い質問から具体性のある回答を導き出すことは、なかなか困難なことだ。
要するにこの質問には、大して考えるだけの価値が見受けられないのだ。
因みに、小学6年生の文集において、この質問に対する僕の回答がこちらだ。
船。
小学6年生にしては、なかなかのリアリストだ。
この回答は、無人島に到着する以前から脱出を想定しているということになる。
通常なら、一度無人島に放り出されてしまえば大抵の人間(特に現代人)は、数日で気が狂ってしまうだろう。
だから、体力的にも精神的にも無人島で生き延びられる勝機を見出せなかった当時の僕は、すぐさま脱出が可能な船を選択した訳だ。
しかしこの質問、根本的なことを言ってしまうが、そもそも無人島というシュチュエーション自体が面白くない。
そこで、真面目に回答したくなるような代替案を考えてみた。
『あなたは近所のラーメン屋で、食い逃げを働いてしまいました。裁判の結果、懲役3ヶ月の刑期を課されてしまいます。3ヶ月辛抱すれば出所できるというのに、あなたは脱獄を計画します。刑務所の周囲は、高さ10メートルはあるコンクリートの壁に囲まれており、その上には有刺鉄線が張り巡らされています。壁の向こうには、閑静な住宅街が広がっています。月に一度だけ許される面会の際、あなたは信頼できる知人に、脱獄に必要な道具を一つだけ持ってきてもらうことにします。勿論、道具によっては刑務官に怪しまれないように工夫する必要があります。さて、あなたは知人に何を持ってきてもらいますか?』
こういった状況設定が具体的にされている質問の方が現実的に考える気になるだろうし、前提として脱出したいという動機が明確にある。
少なくとも、無人島云々のアバウトな質問よりはマシな筈だ。
ここまで長々と『無人島に一つだけ持っていくとするなら』という有名な質問に対して批判的に論じてきた僕であるが、小学6年生のあの回答から10年経った今、何か思考に変化はあるのだろうか。
自分が無人島に持っていきたい一つを、今一度再考してみよう。
船!
僕は小学6年生の頃と、本質的な中身は大して変わっていないらしい。
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