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【ショートストーリー】逆回転寿司の逆襲

 ここ最近、逆回転寿司で客による不正が多発していた。食べ終わった皿がレーンに戻されているという事案が発生しているのだ。

 それも一皿や二皿ではない。多い日だと十皿を超えることもある。
しかしその不正が発覚してから数週間が経過しても、犯人の特定にはまだ至っていなかった。

 警察沙汰にはしたくなかった店主のコオリヤマは、店内に注意喚起の紙を貼ることにした。
だが、大した効果は見られなかった。タチの悪い客による不正は、それでも途絶えなかったのだ。
コオリヤマや従業員の我慢は限界に達していた。

 そもそも逆回転寿司とは、従来の回転寿司との差別化を図るために考案されたシステムだ。
通常の回転寿司のようにベルトコンベアが回転するのではなく、客席が回転するのが主な特徴である。

 このシステムを三年前に思いついたコオリヤマは、彼が経営する無回転寿司を逆回転寿司へと改造した。
深刻な経営危機に陥っていた店の改革を、コオリヤマは躊躇わなかった。
改築された店内は大幅に拡張され、格式高い内装も庶民向けに変えられた。

 逆回転寿司は客自身が回転することで、遊園地のメリーゴーランドのような一種のアトラクション要素を取り入れている。
そのため、逆回転寿司の客層は小さな子供のいる家族連れが大半を占めているのだ。
そして改革は成功し、店の経営はまずまず順調だった、はずなのだ。

 レーンに皿を戻すという不正行為を働く客の存在が、逆回転寿司の黒字経営に歯止めをかけようとしていた。
このままでは、文字通り客の回転がストップしてしまう。
事態を重く見たコオリヤマは、店内に合計六台の防犯カメラを取り付けた。

 ある日、またもや空き皿がレーンに置かれているのを見つけたコオリヤマは、すぐさまバックヤードに向かい、防犯カメラの映像を確認した。

 そこには不正行為を働く客の姿が映っていた。
犯人は家族連れだった。
三十代後半から四十代前半の夫婦と、小学生の子供が三人、ボックス席に座っている。子供は全員が男児で、肥満体型だった。

 夫婦は周りの目を盗むようにして、子供が食べ終わった皿を、さっとレーンの上に手早く戻していた。
そんな行為が少なくとも五回は映像に記録されていた。あの手慣れた様子は、完全に常習犯だ。
戻されたのは中トロや大トロといった、どれも値段の高いネタだった。
コオリヤマは凍りついていた。こんなことを平然と行える彼らの心理が理解できなかったからだ。

 この映像を警察に見せれば、間違いなくあの夫婦を逮捕できる。
しかしコオリヤマは警察に相談することを拒んだ。
これまでも、散々彼らは無銭飲食を繰り返してきた。当然、その分の損失がある。
彼は個人的な復讐をすることを選んだ。

 その日の夜、またもや例の家族連れが逆回転寿司に来店した。
従業員はコオリヤマの指示通り、彼らを指定のボックス席に案内した。
理由はよくわからない。ただコオリヤマが言うには、彼らが座るのは絶対にこのボックス席でなければならないらしい。

 コオリヤマは片時も目を離さず、防犯カメラが映すモニター画面を注視していた。
勿論、視線の先にいるのは例の家族連れだ。
やがて夫婦は回転しながら、いつものように皿をレーンに戻し始めた。

 それを見たコオリヤマは、すかさずスイッチを押した。
すると例の家族連れが座るボックス席が、ものすごい勢いで自転をし始めた。
これまで公転しかしていなかった逆回転寿司の店内で、彼らのボックス席だけが公転しながらぐるぐると自転しているのだ。それも尋常なスピードではない。
夫婦も子供たちも、みんな突然の異常事態に混乱している。

 その瞬間、ボックス席に座っていた五人の家族は消滅した。
夫婦と三人の子供たちは、跡形もなく店内から消え去ったのだ。

 成功だ。コオリヤマは拳を握った。
彼は知り合いの科学者に頼んで、店内のボックス席の一つを転送装置に改造してもらっていた。
あの家族がまた不正に手を染めたら、彼らを転送して、店から追い払ってやろうと決めていたのだ。

 行き先は、太平洋の沖合。
これまでの無銭飲食の恨みを、コオリヤマはついに晴らしたと言える。

 沖合にはサメがいるかもしれない。危険なクラゲがいるかもしれない。
しかし、もはやコオリヤマには知ったことではなかった。

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