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【ショートショート】UFOについての省察

「聞いたかい? アメリカ議会が半世紀ぶりにUFOに関する公聴会を開いたらしい」テーブルの向かい、タブロイド紙を広げながら彼が言った。
 私は頷いた。「当たり前じゃないか。なんたって、我々に関係する出来事なんだから」

 彼は私に目線をやり、不敵な笑みを浮かべた。「大方、NASAがUFOの調査に乗り出すんだろうが、徒労に終わるだろうね」
「なぜ?」私は訊いた。
「この時代の彼らが、我々の文明には遠く及ばないからさ」彼はタブロイド紙をたたみ、テーブルに置いた。「我々からすれば、彼らなんか少し知能を持っただけの猿と一緒だ」
「確かにそうかもしれない。だけど少し言い過ぎじゃないか? 我々の事実上の祖先なんだぜ?」

「君は甘いな」彼はテーブルの上のコーヒーカップを手に取り、口に運んだ。「これから彼らが地球でどんなことをやるのか、君は知っているだろう」
「三度目の大戦を起こし、大地の九割を放射能で汚染させた。地球はとても生物が住めるような環境ではなくなり、我々の〈真の祖先〉はケプラー452bへの移住を余儀なくされた」

「そうだ」彼は頷いた。「結局のところ彼ら地球人は、文明を持て余す野蛮な猿なんだ。彼らのおかげで、我々は地球という美しい星を失ったわけだからね」
 私はテーブルの上のペプシコーラを取り、一口で50mlほどを胃の中に流し込んだ。
 この星では〈コーラ〉という炭酸飲料がポピュラーで、その中でもコカ・コーラとペプシコーラという商品が市場におけるシェアを二分しているみたいだが、どうやら私の味覚はペプシの方を好むようだった。

「彼らがマヌケなポイントは挙げればキリがないが、その一つがこれだ」彼は人差し指を立てた。「彼らはUFOの操縦者が宇宙人や異星人だと考えている。これに関しては正しい。実際に我々は、他所の星から来訪してきたわけだからね。だが、彼らが想像する宇宙人の外見とは、どれもフィクションに登場するようなエイリアンだ。さすがに滑稽だと思わないか?」
「しかし、彼らは本物の宇宙人を見たことがないのだから、仕方ないんじゃないんか? それに、君は地球人を〈文明を持て余す野蛮な猿〉だと認識しているんだろう?」

 彼は微笑を浮かべた。「そうだ。君の言う通りだ。だから、彼らはまさかUFOの乗組員が生物学的に人間であり、ましてや未来人であるとは思いも寄らないだろう」
「全くね」私は彼の意見に同調した。「そして彼らが目撃するUFOが、まさかタイムマシンと同等の機体だとはね」
 彼の背後、ベランダの向こうに広がる午後六時半の空を、大型の旅客機が轟音を鳴り響かせながら横切っていった。

「それにしても、気になるのは同胞のことだ」私は言った。「そもそもは、その公聴会が開かれるようになった原因は、同胞の機体が幾度となく撮影されたことにある。なぜわざわざ〈ステルス〉を解除するんだ?」
「詳しいことはわかっていないが、どうやら地球特有の磁場が〈ステルス〉のシステムを稀に狂わせ、無効にすることがあるらしい。同胞も、何も好き好んで姿を晒しているわけではないんだ」
「なるほど。しかしそいつは困ったものだな」私はまたしても50mlほどのペプシを胃の中に送った。

「だがそれ以上に問題なのは、一部の同胞による我々の秩序を乱す行為だ」
「秩序を乱す行為?」私は訊き返した。
「この間もあっただろう。意図的にアメリカ軍の戦闘機に接近し、挑発的な行動をとった同胞のことだよ」
「ああ、あれのことか。確かに少し目に余るものがあるね」
「身勝手な行動は慎んでもらいたいものだ。我々は観光のためにこの星に来たわけではないのだから」
 今度は黒い鳥の大群が耳障りな奇声を発しながら、夕焼けの空を通過していった。

 彼はコーヒーカップに浸かるスプーンを抜き取り、それを手で弄び始めた。「我々ケプラー人の目的は、核戦争が起きる前にこの星を植民惑星にすることだ。それを完遂させるためには、手始めに地球人の大量虐殺を実行する必要がある。つまりは、同族殺しだ」
「ああ、そういうことになるね」
「君の言葉の節々からは、彼らに対する情を感じる」彼は鋭い視線で私を捉えた。「君には計画に加担する覚悟があるのか?」
 一瞬の沈黙の後、「もちろん、あるとも」と私は乾いた声で答えた。

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