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回想録 九、鹿教湯病院にて

1、窓から山と空の見える病室で

半年間もの入院でようやく一か月余り、外の景色を楽しめる場所になった。
山の木々や青い空を見ているだけで癒される。
種々の木がある。常緑樹が多く、冬なのに緑がいっぱいある。

朝、窓の外は二十センチもある雪だ。
よく見ると、木によって積もり方が違う。常緑樹は、木によって枝に積もった雪の形が異なる。
落葉樹は幹の所に雪がはりついて、小枝の方にはつかない。
見ていると三本ほどの唐松の枯れ木のようなのが見える。幹と太い枝の先がない。だけが白く、立ち枯れかと思えた。

三日四日後には前と同じくらい雪が降った。
今度は全山桜が咲いたように細い枝にも雪がついた。
上雪だ。少し湿った雪だ。
枯れ木だと思った木の幹の先や枝の先にも。

よく見ると、木々のかたまりが異なっている事に気がついた。
山裾から尾根の上に待つが帯状に頂上まで続く。その下に楢や雑木の帯が続く。
雑木の下に杉やヒノキらしきものが続く。
頂上は少し平になり、松と雑木が占める。
松は山全体にも群生している。杉も谷のようなところや傾斜の緩い所にある。それらの木の空いている所にカラマツが少しだけ隙間を埋めるようにある。
雑木も松や杉の空いている所にある。
朝日があたると松の五、六本の群の幹が赤くまっすぐに伸びて美しい。

一番下の所は植えたものか欅のまだ若い木が五、六本ずつ枝を広げている。その隣には樅木もみのきいちい、竹と続く。

この山の麓が鹿教湯温泉の集落になる。
木の育て方を見ると、防災を考えた配置だなと思った。風水害、地震による山崩れへの配慮が感じられる。
木によって、根の張り方や、保水力に違いがある。また、地下水の事も考えているようだ。


2、病院の中、患者、スタッフ、先生

・患者、治療中の東病棟では四人部屋でいろいろな人が居た。
大声を出したり、物を投げたり、スタッフを怒鳴ったり、痛い痛いとちょっと看護師さんに触られると叫んだり。
これまで生きてきた姿が解るようだ。
特にひどい人は三階から他の所へ移動させられていた。

七階は二ヶ月以内で退院の患者で、自分で何とか食べたり、動いたりできる人たちだ。
それでも、退院して大丈夫かなと思える人もいる。
大声を出して喧嘩でもしているのかと思うような、女の子が入院しているのかと思い、スタッフに聞くと、大人の患者だと言われた。
大声で歌も歌っていた。

朝の集団体操は希望者だけで、リハビリの指導者、五、六人が交代で進める。ストレッチ中心の運動だ。
男女合わせて20人くらいが参加する。
手や足、腰の悪い人、いろいろな人だ。
一番後ろから見ると、女性も皆、白髪だ。
ところが、二、三日前の木曜日、女性の大半が黒い髪の人になっていた。
なぜ?
女性は同室の人やそうでない人も三人四人で仲良さそうに話している。廊下の端の椅子のあるところや集会のできるところで。
男は男同士で話している人はいない。
廊下の椅子で休んでいると、女の人が来て、いきなり話しかけたりする。住んでいる所や仕事の事など話す。
ある時、着る物も姿も上品な人が話かけてきた。
話していると、上田の馬場町でやおふくのおばさんだという。
その人がある朝、荷物をまとめて車椅子の上に載せ、廊下で一緒にいる人に「タクシーを呼びたい。家に帰るので」と言う。
「家の人に迎えに来てもらえば」と言っても、「タクシーを」という。
後で聞いたら、少し認知症があるので。と看護師さんは言っていた。
「私、何でここにいるのかわからない」とも言っていた。

スタッフの皆さんが次々と来る。
四人部屋はカーテンで仕切られている。
開けて入って用を済ませ帰る時が様々だ。
開けっ放しの人、後ろ手でしめたつもりの人、きちっとカーテンを見て閉める人。
病院も自動で閉まる所はあるが、自宅が様式の家でドアが自然に閉まる家で育った人がきちんと閉めないのか?
「お茶」を習った事がある人は若くてもきちんとしめる。

病院では医師が一番上で、先生と呼ばれる。
何かを新しくやろうとすると「先生に聞いてから」という。
でも、先生の指示が正確に理解できていない人もいる。
院内放送では「患者様」と呼ぶ。一つの仕事が終わると皆「ありがとう」と言う。
患者に逆らうような言い方はせず、にこやかに流して聞いている。
見ていて、看護師さんの仕事は多岐に渡り、かなり重労働だと解る。
力も技術も知識も必要だ。
御苦労様と言いたい。

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