映像編集に「愛」を感じたから
日々の埋まらない何かに答えを求め遂に入会した「西野亮廣エンタメ研究所」
参加して3日後くらいに映像コンペがありました。
まぁ偶然か必然か絶妙な巡り合わせ。
考える暇なく2017年〜2018年の期間で創り溜めていた映像作品をすぐさま応募。
そうしまたら、あれよあれよと200以上の中からウエダの作品を選んでいただいたんですね。
全くの無名の人間が選ばれた
それはそれは水を得た魚の如く。
これまでの心の渇きが一瞬で潤ったできごとでした。
2017年、会社の脇に置かれた一眼レフカメラを触って、見よう見まねで映像を撮って、 自分がいいと思うように編集で紡いで、そうやって自分の心を満たしていたら、2年後に初めて対外的に評価を受けた。
世に観るCM作品やエフェクト駆使しためっちゃすごい映像も出品される中で、
どこのプロダクションにも所属していない、実績もない、全くの無名の人間が選ばれた。
でもですね、正直こんなことを言ったら調子に乗ってると言われそうですが、 自分の作品が選ばれる自信はあったんです。
なぜかというと、西野さんの意図を汲み取って制作する自信があったから。
西野さんは「変化球に逃げるな」と言うんですね。
僕は今もですが変化球に逃げるテクニックがないので直球ど真ん中ストレートです。それが功を奏しました。
なぜ僕が選ばれた?
実際に200以上の映像作品の中から自分の映像を選んでいただいたのは当時西野さんのマネージャーを務めていた田村有樹子さん。
田村さん曰く、なぜ僕を選んだかは、「編集に愛を感じたから」
選んでもらったこと以上にその言葉が嬉しくて。
何より、自分の映像には「愛」があるんだ。と知ったことも大きかった。
超絶忙しい中で映像チェックしていただいた田村さんにはただただ感謝。
映像編集に「愛」を吹き込むこと。
具体的にその方法を教えてと言われてもうまく伝えられないかもしれない。
実際に編集している時は「愛」を入れてやろう!なんて思ってもない。
だけど映像制作が好きで始めて、映像を観た人に何か感じるものを届けたい一心でガムシャラに取り組んだ結果だった。
20歳のころに「生きることは素晴らしい」を伝える人になると思い立ち、
25歳で映像制作を通じてそれを実現すると心に決め、その6年後に満願寺個展の映像制作を通じて自分の選択は間違っていなかったとはっきり再認識できた体験でした。