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[読書] 失敗の本質

「失敗の本質」はベストセラー且つ名著だ。太平洋戦争時の日本陸海軍の失敗を分析している。昭和・太平洋戦争関連の本を読むのは多くの本の場合、とても危険だ。どんな思想にせよイデオロギー的な味方が激しいので著者の立ち位置をはっきり認識しておく必要がある。しかし、本書はイデオロギーとは無関係に分析をしているので安心して読むことができる。


しかも、著者の一人は野中郁次郎氏。製造業の手法としてのスクラムを発表した。スクラムは後にソフトウェア開発でよく使われる手法になった。

本書は三章になっている。特に二章の「失敗の本質」の分析が見事だ。

 一章 失敗事例研究(ノモンハン事件、ミッドウェー海戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ開戦、沖縄戦)
 二章 失敗の本質
 三章 失敗の教訓

二章の分析が凄すぎて、あらためてまとめることはできないので、自分なりの解釈をすることにする。

官僚体制の弊害が克服できなかった

まず、官僚体制自体が悪いわけではない。日本軍に圧勝したアメリカ軍だって多分に官僚体制だ(近現代組織なら当たり前のこと)。ただ、日本陸海軍はその弊害を見抜けていなかったのではないかと思う。
まず、陸軍と海軍の完全分離だ。アメリカ軍のようにそれらを統合するような仕組みがなかった。これは歴史的経緯を振り返るとやむを得ない部分も多い(明治政府誕生時に陸軍の長州、海軍の薩摩の流れがあり、その流れで分離していった)。しかし、どこかで軌道修正は必要だったのではないかと思う。組織が分かれれば、組織利益拡大を計るのが官僚体制というものだ。
さらに、エリート層育成にも問題があった。学習ではなく正解のある知識をどれだけ正確に答えられるかが重視され、師範学校から将校というエリート層が育成された。それらが得意な似た人材になってゆく。さらに、師範学校を元にした人的ネットワークが集団主義を形成して、時に下剋上的に暗躍し、時に明らかな作戦失敗の責任を取らせない体制に繋がる。

本書にないことだが、日露戦争の諜報活動をリードした明石元二郎という、後に陸軍大将にまでなった人物がいる。彼は若いころに時の陸軍トップ山県有朋に夢中で話したために失禁しても気付かず、床づたいに山県有朋の着物を汚すという事件を起こした(失禁を気付かない明石元二郎も凄いが、気にしつつも黙って話を聞いてた山県有朋も凄い)。彼のような人物は、生まれる時代がずれていたら太平洋戦争をリードしたエリート層には入れなかっただろう。

一方、アメリカ軍は通常は少将しかおらず、作戦に合わせて中将や大将を任命し、作戦終了後に元にもどすようなダイナミクスな人事体制を持っていた。
本書にないことだが、江戸時代の幕府も会計関連の役職は1代に限り一時的に役職や給料を上げて、罷免後に元に戻すという制度があった。合理性が必要ならどの時代でもやるのだ。

今でこそダイバーシティ云々と言われるようになったが、現在の会社組織でも単一の「エリートの型」があり、それをうまくこなす人間が出世していくということは多くないだろうか?

日本的な空気

本書の中で「空気が議論の場を支配した」と書かれていることが多い。失敗すると分かっているのに、そう発言できない空気。空気を読まずに現実を言うものは、孤立したり狂人として扱われたりする。
また、日本軍は評価がプロセス重視だった。積極的なら失敗しても許す(転勤という形でうやむやにする)ということが横行した。

現在でも「場の空気」が、あらゆる決定機構の中で横行していないだろうか?

自己改革組織になれなかった

太平洋戦争までの数多くの戦いを勝ち抜いた主義が日本にはあった。
陸軍には「白兵主義」があり、海軍には「対艦隊決戦主義」だ。いわゆる成功体験だ。
「白兵主義」はアメリカ軍と対峙する前は有効だったし、世界海戦史上で類を見ない成功体験ではる「日本海海戦」を経験しているのだから無理はない。しかし、それが通じなくなった太平洋戦争の中で日本軍は古くなった知識を淘汰し、新しい知識の蓄積をすることが出来なかった。

そして、それらの主義は「靴に合わせて足の大きさを変えようとする」ように現実を軽視することになる

戦術制定においては、日本軍は自分達の都合のよい事実を軽視した主観的な理論を積み上げ帰納的に制定した。一方アメリカ軍は 事実に基づいた 演繹法と帰納法を反復して戦術を制定した。

日本軍は学習せずに事前の知識だけを使い自己革新ができなかった。アメリカ軍は事実を元に学習し自らを革新していった。
例えば、日本海軍が航空機による最新鋭のイギリス戦艦を沈め、真珠湾攻撃で航空機時代の到来を自ら示したのにも関わらず、それを学習したのはアメリカ軍だった。アメリカ軍は戦艦を作るのをやめ、航空機と空母を作るようになった。

また、近年のイラク戦争(この戦争の是非は置いておいて)においても、アメリカ軍はゲリラ対策で後手に回ったが、自己革新を行い対応できるようになった。


現在でも過去の成功パターンに固執し、崩壊するまで突き進むことはないだろうか?


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