五〇

「あー、やることねぇなあ」

 今私の隣で暇そうにしてるのは、私の彼氏だ。

 うかない顔をしている私に気づいたようだ。

「え、何かあった? 考え事?」

「お前に関係ない」

 彼氏の問いにぶっきらぼうに答えてから、私の憂鬱に拍車がかかった。なぜなら…。

 今日、私は彼氏に別れを告げるつもりだから。

 くっきりはっきりとした理由はない。新しく好きな人が出来たわけでもない。彼氏のことを嫌いになったわけでもない。

 けれど、退屈なのだ。私はもっと刺激が欲しいのだ。

 こんな子供みたいな理由で別れを告げて、認めてくれるだろうか、それだけが不安だった。

「さっきから本当にどうした? 具合悪いのか?」

 心配そうな彼氏の声に胸が痛くなる。これ以上優しくするな。

 好きという気持ちはもうないはずなのに、あとは別れを告げるだけなのに、どうしてこんなに躊躇してしまうんだろう。

 線路に飛び込む前みたいだ、まるで。

 「そこのコンビニ行ってくるけど、なんか要る?」

 立ち上がった彼氏が言う。私の様子に居たたまれなくなったのだろう。

「…チョコ」

 「ついでに飲み物も二人分買ってくるわ」

 手を繋いで二人一緒に行っていたコンビニに、今は彼氏が一人。

 とっとと私が別れを告げていれば、彼氏を困らせる事もなかった。彼がコンビニから帰ってきたら、ちゃんと切り出そう、そう決めてたのに。

 何分経っても、彼氏は戻って来なかった。

 煮え切らない思いに居ても立っても居られなくなって、彼氏を追ってコンビニへ行った。彼氏はコンビニにいなかった。

 ぬるい風が、コンビニから出た私の頬を撫でた。私は放心状態のまま、自宅へ引き返すしかなかった。部屋の鍵もかけずに、そのままベッドに倒れこんだ。

 寝転んでからどれくらい経っただろうか。不意に私のスマホが震えた。

 のそのそと、枕元に置いてあったスマホを手に取る。ロック画面には彼氏の名前と、メッセージの冒頭が映し出されていた。

 はっとしてロックを解除し、メッセージアプリを開く。そこにはこう書かれていた。

「卑怯かもしれないけど、こういう形で話す。俺は君が、あって当たり前の存在だと思ってる。この文章を書くのに必要な五十音の言葉みたいに、普段は気にも留めないけど、なくなったらどうにも出来なくなるようなかけがえのない存在だと思ってる」

 ふざけんな。そんなこと言われたら私は何も言えなくなるじゃないか。

 返信せずに、いや、返信出来ずに、私はまたベッドに顔を埋めた。

 保留、ということにしておこうか…。

 待てど暮らせど、彼氏は帰って来なかったし、メッセージも返って来なかった。

 見透かされていたのだ。私が別れようと考えていた事も。思えばあいつはいつも私の一歩先を歩いているような人だった。

 ムカつく。早くチョコ買って帰ってこいよ…。

 目が覚めた。

 もしかして眠ってしまっていたのだろうか。慌ててスマホに目をやると、彼氏からのメッセージは一通も届いておらず、呆然としてしまった。

 やがて玄関のドアが開く音がして、彼氏が帰ってきた。

 夢だったのだ。彼氏からのあのメッセージは、私が彼氏にこう思われたいという願望だったのだろうか。

「よー、ただいま。鍵はちゃんとかけとけよ」

 落胆している私に気の抜けた声をかけながら、彼氏は私の部屋に戻ってきた。

 理解が追いついてきた頭で、私はベッドから半身を起こす。

「留守電入れようと思ったけど、すぐ戻るから良いかと思って入れなかった。もしかして心配した?」

 冷蔵庫に買ってきた飲み物を入れながら、彼氏は言う。

 ロクでもない奴だ。ただコンビニに行くだけで、私を不安にさせるなんて。

「私、コンビニまで見に行ったんだけど。どこ行ってたの、今まで」

「ウォーキングしてた、散歩がてらに良い運動になるかと思って。はい、チョコ」

「ん」

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