サーカス

昔、君とサーカスを見に行った。君は子供みたいに目をきらきらさせながら、声を震わせて「素敵ね」とつぶやいた。隣の君の横顔を、僕は忘れるはずもない。この瞬間が永遠に続けば良いと思ってた。このサーカスがずっと終わらなければ良いのにと思ってたんだ。
誰もいないさびれたボート屋から一艘拝借して、真夜中の黒い湖に漕ぎ出す。星の夜のボートは僕が腕を動かすたびに、滑るように進んでいく。
湖のちょうど真ん中辺り、静かな水面の上に浮かんだ僕と君が向かい合っている。僕は持ってきた花火を取り出してボートの真ん中に置き、一つずつ火をつけていく。赤や緑の炎のサーカス。僕だけの、君のためだけのサーカスだ。ボートは狭く、飛び散った火花が僕の腕を焼いていく。
「素敵ね」
そう言って煙の向こうで微笑む君の笑顔は、やっぱり昔見たサーカスの時と同じだった。
「わたし、そろそろ戻らなくちゃ」
そう言った君が、身を乗り出して湖の中へ落ちていく。サーカスはこれでおしまい。来年の君の命日まで。

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