2020/07/24(金)

登場人物
私・・・語り手
ジジイ ・・・今作主人公
ラーメン屋のオバさん・・・中国人
ラーメン屋の主人・・・寡黙


 よくわからない改造が施されたクソダサい軽自動車が、けたたましい音を立てながら私を追い越し、目の前の赤信号を無視して左折していった。
「あれ、私が住んでるところってもしかして治安悪いのかな?」という不穏な気配は、十分後、確信に変わる。

 過去に何度か訪れたことのある近所のラーメン屋に私は来ていた。味は普通。

 中国人らしきオバさんがカタコトで注文を聞きにくる。
 味噌ラーメンを注文すると奥にいる寡黙な主人がラーメンを作り始める。いつもと変わらぬ光景。

 しかし出来上がった味噌ラーメンが眼前に置かれ、三口目をすすろうとしたその時、私はいつもと違う、ある恐ろしい光景を目の当たりにするのであった。

 店の戸が開き、新たな客が入ってくる音がした。

「チョット!チデテルヨ!チ!デテルヨ!!」

 突然耳に飛び込んできたオバさんの叫び声。ラーメンから目を離さざるを得ない言葉。

 顔を上げるとそこには、おびただしい量の血を流したジジイが立っていた。左耳の穴から流れ出た血は、ジジイの首筋を伝って、丁度鎖骨の中央に血溜まりを作っている。

「ダイジョブ!?チデテル!!」

 無限リピートされる叫び声からも、オバさんが焦っているのが容易に理解できた。

「大丈夫大丈夫、大丈夫だから」

 ジジイはモゴモゴとそんな風に答え、カウンター席に腰を下ろした。

「ええっとねぇ、チャーハンと…」

 いや注文するんかい。何事もなかったかのように振る舞える状況ではないだろ。

「チデテルカラ!ドシタノ!?チ!」
「大丈夫だから、大丈夫」

 温度差がありすぎるラリーが二、三度繰り返される。
 オバさんにしつこく叫ばれて流石に居心地が悪くなったのか、ジジイはカウンターに置いてある紙ナプキンで血を拭きだした。私はラーメンを吹き出すところだった。

 ジジイは改めて注文をする。
「チャーハンと、あ、ガムテープある?」
 突然中華料理以外のものを注文するな。
「エ?」
 ほらーオバさんびっくりしてるじゃん。
「ガムテープ」
「ゴム?ナニ?」

 ジジイがモゴモゴ喋ってるからなのか、メニュー以外の日本語を知らないからなのか定かではないが、オバさんはジジイの言葉が聴き取れない様子で、更なるパニックを生み出している。
 というかそもそもガムテープを注文すること自体が間違っている。

 ラーメンが伸びてきた。あんまりガン見してても良くないので、血を見たせいで味が二割減くらいしたラーメンを再びすすり出す私。

 ジジイから注文を聞いたオバさんは厨房に向かって言った。
「チャーハント、ガムテープ、アトチデテルヨ」
 まだ言うか貴様。主人も主人で「…ああ」じゃねーんじゃ。冷静過ぎる。

 私はラーメンを平らげて会計を済まし、そそくさと退店した。
 店を出ると、七月の強い日差しが私のニヤけたツラを照らした。

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