匙に背に腹

僕の名前はサジだ。そして僕の隣にいるのはセニハラ。
僕らが渇望した、僕ら以外の人間にとっては絶望に満ちた地球滅亡の日がとうとうやってきた。
病院にはもう僕ら以外誰も残っていない。
三日前、院長がこう言った。どうせ地球は終わるから、患者を家族の元へ帰そう。ここに勤めている医師や看護婦も、最期は家族と過ごしなさい、と。
病院に残ると言ったのは、僕とセニハラ。そして驚くべきことに、僕らが片想いしていた坂口と滝川だった。
病院が四人だけの場所になった翌日、坂口と滝川は空っぽになった一室で首を吊って死んでいた。恐らく彼女たちは付き合っていたのだろう。
「そりゃフられるわけだわ、まさか坂口と滝川がデキてたなんてな」
滝川の遺体を降ろしながら、セニハラが呟いていた。きっと誰にも言い出せない恋愛だったのだろう。
「せっかく四人で病院貸し切ったんだから、死ぬ前に一回くらいヤらせてくれても良かったのに」
不謹慎な愚痴を漏らすセニハラに、僕は言った。
「坂口と滝川は僕らがデキてると思ってたのかも」
「最悪だな、それ」

地球最後の日は想像以上に静かで、僕らにとっては想像以上にいつも通りだった。屋上で、売店からごっそり持ってきたタバコを吸いつつ、セニハラと話す。空は何とも言えない色に染まっていて。今が何時かもわからない。
「ヘンな感じだ。明かりもなくて、空はあんなに濁ってるのにサジの顔は見える。暗いようで明るい」
「ある意味これも犬と狼の時間だな」
「話によると、地球は何かに着地してブッ壊れるんだろ? 滅ぶのは別に良いけど、奇跡が起きるところも見てみたい気がするよな」
「こんなのどう? 地球の着地地点に伝説のホームランバッターの異星人がいて、地球を元あった位置まで打ち返す」
「それはもうヒーローインタビュー間違いなしだな」
「だろ? まぁあり得ないんだけどな。もってあと数時間ってところで、僕たちの人生もようやく終わりか」
「俺たちがガンで死ぬ前に自然の摂理で死ぬってことは、ある意味ガンに打ち勝ったのと同じだよな」
「そうだよ、末期のガン患者の僕たちしかこの地球滅亡を喜ばない。どんな凶悪な犯罪者も、死刑になる直前には命乞いをする。それが通用しない僕らって、実はめちゃくちゃ高尚な生き物なんじゃないかな」
「……君と二人で過ごした無駄な時間、終わってから無駄じゃなかったって気づいたよ」
「500000000BGKP」
「よっしゃあ!」
「さて、何する?」
「しりとりでもするか」
「いいね、リンゴ」
「ゴリラ」
「ラッパ」
「パイパン」
「……パイパンと毛が生えてるのどっちが良い?」
「断然パイパン」
「僕は毛がある方が好きだ」
「不毛なやりとりだな」
「毛がある方が好きだけど、やりとりが不毛なのは好きだ」
「それは俺も同じ。なあ、結局サジの本名ってなんなん?」
「セニハラこそ、教えろよ」
「俺はセニハラ」
「じゃあ僕もサジで」

「あのさ、俺たちってどっちだと思う?」
「何が」
「天国行きか、地獄行き」
「地球と人類の滅亡を望んでたんだから、地獄でしょ」
「でもガン患者だよ? 生前ひどい目にあってんだからせめて死後くらいは楽したいもんだよな」
「僕はセニハラと一緒じゃないと天国も地獄と同じだけどね」
「いいこと言うね、俺もそう思う」
「あの世に屋上があったら、またそこで」
「約束しよう」

サジニセニハラ 完

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