【美術展感想】1894~ロートレックとその時代~(岐阜県美術館)

2021年3月6日に岐阜県美術館に標題の鑑賞に行ってきました。

3月14日までの開催なので残りの日数がありませんが、個人的に非常に良い催しだったのでオススメします。


岐阜県美術館と三菱一号館美術館について

今回のロートレック展は岐阜県美術館と三菱一号館美術館の共同企画となっています。

地方の単なる企画展の枠を超えたバラエティに富む作品が展示されています。

会場となる岐阜県美術館は一昨年リニューアルオープンをし、内装も外装も綺麗です。

幻想的タッチで各時代の厨二病患者に影響を与えているオディロン・ルドンの絵画を多数収集している事が特徴と言われています。

一方、変化の激しい東京丸の内の一角にレトロな雰囲気で佇んでいるのが三菱一号館美術館。

実際のオープンは2009年なのですが、外観のモデルとなったのが1894年の三菱1号館(ジョサイア・コンドル設計)なのでレンガ造りの出で立ちをしています。

今回、岐阜県美術館に貸し出しているロートレックを始めとした19世紀美術品を多く収蔵しています。

関東にいた頃は東京駅からの地下通路でも行ける良好なアクセスもあり、複数回訪れていました。入らずとも趣のある外観をしていますし、近くはブリックスクエアと言われる木々が生い茂っている都会のオアシス的スポットがあります。東京に行くときは是非ご覧あれ。


入場

東海地方では緊急事態宣言が終わったとはいえ、体温測定とアルコール消毒スペースは入口に設けられています。スタッフの指示に従いましょう。

展示会場の近くにあるカフェスペースはロートレックを始めとしたパリのキャバレーの面々と記念撮影が出来る特設ステージがセッティングされています。

展示会場に入ると左手にギュスターヴ・モロー、右手にロートレックの絵がお出迎え。

世紀末美術に影響を与えたモローをまず出してきます。

モローは以前汐留のパナソニック美術館で展覧会が催されていたのですが、作品の下書きが結構な割合を占めておりちょっと肩透かしを喰らった思い出があります。

そのまま会場を進んでいくと、とある画家の作品にまず目がとまりました。

エミール・ベルナールの「ポンタヴェンの市場」。


絵自体には特段思う所はなかったのですが、画家の名前に感じるものがあったのです。

ベルナールと言えばもしや世界最初の国際スターであるサラ・ベルナールの子供なのではないかと。

19世紀の文化や美術を見ているとどこかで引っかかる女優サラ・ベルナール。一般的にはアルフォンソ・ミュシャを見出した人物としても知られる劇聖です。

渋谷の松濤美術館で開かれていた展示会にうっかり行き忘れていた事を思い出しながら、19世紀ベルエポックの世界へと段々誘われる心。

ところが後で調べてみたらエミールとサラは血縁関係のない赤の他人。そもそもベルナールは英語圏ではバーナードとなり、至極ありふれた名前なのです。黒田清輝と黒田アーサーを親子だと思うようなものです。

初っ端から思いっきり勘違いをしつつも、これで鑑賞に一層身が入るのですから不思議なものです。


ルドンとご対面

私の親はテレビゲームの「女神転生シリーズ(通称メガテン)」が好きで、シリーズも攻略本もファンガイドもほぼ揃えるくらいのファンでした。

小学生時代の私は、いつしか家にあるメガテン関係の本を読み神話やオカルティズムに関する無駄知識をつけていったのです。

その中でおそらくファンブックに記載されていたであろう絵が心に残りました。それがルドンの「眼=気球」。メガテンのどの部分がルドンと関係していたのか、細部はすっかり忘れてしまいました。

その因縁のルドンの作品にいよいよ対面。

展示会において前半部はルドンの真骨頂である黒色のタッチ、少しエリアを空けて後半部は色彩豊かな作品が並べられていました。

楽しみにしていた黒いタッチのルドン絵ですが、実際見てみるとあまり心惹かれず。

背景から黒い絵が並べられていましたが、すすっけた絵のようにしか見えませんでした。素人目からみたら値段がつくかどうかもちょっと怪しいような・・・。

その中でおっ!と思わせたのはルドンの有名作品の一つ「蜘蛛」と「夢の中へ~幻視~」。どちらもガラスケースに保管されていました。

これも黒いタッチの絵なのになぜ惹かれるのだろうか考えましたが、「白と黒の比率が丁度良い」のと「この世のものとは思えないモノが描かれている」の二点がその要因なのではないかと考えました。

特に「この世のものとは思えないモノ」に関しては、先ほど「あまり惹かれない」と言っていた作品群にも一応描かれてはいました。ただそれは骸骨ややせ細った人型のなにかであり、確かに気味は悪いけども現代までに至る怪奇作品で使い倒されてきたイメージでもあります。

しかし「蜘蛛」や「夢の中で」で書かれているキャラクターはルドンの作品以外ではまずお目にかかりません。「夢の中で」や「眼=気球」のキャラは「このロリコンどもめ!」のクソコラで有名なバックベアード様に受け継がれている気がしますがそれでも一般的ではありませんね。そのあたりがルドンに惹かれてやまないのでしょうか。

後半部のルドンの色彩豊かな絵はちょっと驚きました。ルドンは前述した幻想絵のイメージが強いので「普通のカラフルな絵も描けるのか!?」とビックリしました。

まるで青の時代のピカソ絵を見た時のような衝撃でした。

見た中で特に一押しだったのは「翼のある横向きの胸像」。

実際見たらその色合いの重なり具合にときめくでしょう。画面からだとイマイチわからないのが惜しい。


岐阜の巨人山本芳翠

ロートレックを見にきたはずというのにそのタッチにびっくりしたのが明治時代の洋画家山本芳翠。法学者の卵だった黒田清輝を画家に転向させた日本美術史における重要人物でもあります

その山本は岐阜の出身ということもあり、岐阜県美術館には作品が多数収蔵されています。

その中から大々的にフィーチャリングされていたのが「裸婦」と「浦島」。

凄いのが色合いと輪郭は違わないのに「裸婦」は正統派の西洋風、「浦島」はヨーロッパ人が描いたかのような東洋風(エキゾチック的)の印象があるということ。

そして絵のサイズが大きいです。迫力満点。

この展覧会はロートレックの描いたポスター絵が大きく展示されて、それが大きなインパクトにもなっていますが山本のこれらの作品も他の絵画に比べたら大きいです。特に浦島は設置されている場所も相まってひと際強いインパクトを訪れた人に与えるでしょう。

是非鑑賞する際はそのダイナミックさと繊細さの両面を感じてほしいと思います。


ロートレックとそのモデルたち

配置位置的にちょっと前後してしまいましたがモロー→裸婦→ルドン(黒い絵たち)と進むといよいよ待望のロートレックコーナーに。

柱に設置されているのがロートレックが手掛けたキャバレーの催し絵の数々。そして柱自体には19世紀パリの街並みがプリンティングされています。まさにその時代に迷い込んでしまったかのよう。

さて、ここで私が気になったのはロートレック絵はもちろんのこと、そのモデルになった人物たちです。

当時の表現手段のメインは絵ですが、すでに写真も開発されていたため、それたの人物を捉えた画像はネット上で検索できるのです。なんて便利な世の中になったんでしょう。

実際の人物をロートレックがどのように描いたのかも調べながら鑑賞しておりました。

まずはムーランルージュで一番有名と言われていたフレンチカンカンの踊り子「ジャンヌ・アブリル」嬢。

人気とだけあってロートレックも気合が入っています。

このブログに載っている絵は「カフェ・コンセール」以外今回の展覧会で全て見る事が出来ます。

次がメイ・ミルトン嬢。

可憐な少女風の絵をしているので実物もそういう感じなのかと思いました。ところが実物はかなり年取ってるように見えて、全体的に濃いイメージがします。

逆に実物より老けて見えない?と思ったのがジャンヌ・アブリルと共にキャバレーの二大巨頭だったイヴェット・ギルベール嬢。

性的な歌を歌って大人気だった今でいうエロチャット配信者。可憐な容姿から繰り出されるあけっぴろげな歌のギャップが魅力なのに、絵だとくたびれたおばさんにしか見えませんでした。



近代ダンスの一つとされるサーペンタインダンスの名手ロイ・フラー嬢も描いていたとは驚きでした。

ロイ・フラーの映像というとカラーで着色されたものはあるものの、実際本当にこのように観客から見えていたのかはわかりません。

ロートレックの跳ね上がるように描いたロイ・フラーの姿をみると、19世紀末の伝説とされたその舞台を追体験できそうです。映像を見てから絵を見るとより臨場感を味わえるのでは。

ロートレックは大々的にフィーチャーされていますが、それ以外にも19世紀末のフランスを全体的に味わえる作りになっているので楽しんでください。


木村荘八とパンの会

目玉の洋画が前半部に集中していたため、かなり鑑賞に時間を使ってしまいましたが、後半も見どころがありました。

気に入ったのがフェリックス・ヴァロットンのジンコグラフ及び木版画による一連の作品。

そして木村荘八という日本画家が描いた「パンの会」という作品です。

隅田川沿いの小料理店をフランス・セーヌ河に面するカフェーに見立てて芸術家たちが交流するという活動が明治末期に流行っていたそうです。

個人的にこういう小中規模のサロン活動や結社活動というのには昔から興味があるのですが、今回この絵を通しまた一つそれらの知識が深まりました(展覧会に飾ってあるのはwikipediaのサムネになっているこの絵です)。

パンの会の「パン」というのはギリシアの享楽の神。同名の投資家が下手なトレードをしまくっている事を投資ブログ(http://survivorbeast.hatenablog.com/)で幾らか取り上げていたこともあり、最近この神と因縁めいたなにかを感じています。

この「パンの会」の絵は永井荷風や谷崎潤一郎といった芸術家が描かれており、それを見つけ出すのも楽しみの一つでしょうか。

隅田川は臭いネガティブイメージしかないのですが、かつて森下にある「深川煉瓦亭」に定期的に訪れていた身としては「100年前にあのあたりの地で芸術家たちが飲食しながら語り合っていたのだなあ」としみじみ思うのでした。


まとめ

三菱一号館美術館の作品が岐阜に来るのもそう機会がないと思うので、。一見の価値ありです。

また19世紀末~20世紀初頭の作品やその雰囲気を味わいたい人にもオススメします。