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21年前、僕が新入社員だった頃の会社のお作法

こんにちは。ようた@英語コーチ&フィンテック(Fintech)アドバイザー& FP (Financial Planner)です。

5月1日に僕のFacebookに懐かしい方からフィードが流れてきました。

21年お世話になりました○○株式会社を4月末に卒業いたしました。

Facebookから引用

その方は、僕が21年前新入社員として入社した会社の同期で、その方の結婚式にも参加させていただきましたし、一緒に会社の研修制度を利用して、アメリカに語学研修にも行った人でした。僕は8年目にMBA留学を理由にその会社を退職したのですが、その方は国内外の営業部門などを歴任され、最近ではアメリカ法人にもご家族で赴任されていた方でした。

僕は転職を4回しており、知り合いが転職するという話を聞いてもそれほど驚いたりしないのですが、新入社員時代の同期が21年勤続したあと、転職するというのはやはり少しびっくりしました。それと同時に、「個人の働き方や働くことに対する意味の見出し方」について時代の変化を強く感じました。

僕たちの世代は、就職氷河期世代と形容されることもありますが、いい意味でも悪い意味でも、昭和的な世代の影響とミレニアム世代やテクノロジー世代の影響の間でもがいて、活躍している世代なのかなと思います。

この記事では、21年前の新入社員時代を少し振り返り、その当時の会社や上司や先輩から教えてもらった「会社のお作法」を思い出しつつ、その方の新天地でのご活躍をお祈りしたいと思います。

年功序列と終身雇用の最後の世代

氷河期就職世代(1990年代後半から2000年代前半)は、おそらく、「年功序列」や「終身雇用」を前提とした考え方を持つ最後の世代ではないかと考えています。新入社員の時は「この会社に骨を埋めて出世してやろう」とギラギラしていた人も多くいたかと思います。僕たちより一回りほど上の世代=入社時の上司の世代は、もっとこの感覚は強いと思います。モーレツサラリーマンという言葉や、「24時間働けますか」というドリンク剤のCMがまだまだ流れている時代でした。
今では当たり前になっている共働きという考え方もまだ半分くらいしか浸透していませんでしたし、男性が総合職、女性の一般職というコンセプトもまだまだ存在していました。当時は役員が全員男性が占めていたかと思います。

いくつか今では笑い話となっている逸話を紹介します。

6月のボーナスは先輩にお礼を

4月に入社した僕たちは数週間の入社時研修を経てそれぞれの部署に配属されます。配属後も数ヶ月は、On The Job Trainingと言われる先輩に付き添ってもらいながらの研修が続きます。6月になると夏のボーナスの支給タイミングになるのですが、新入社員にも確か10万円程度のボーナスが支給されます。このボーナスは、「寸志(すんし)」と呼ばれていて、会社が気持ちだけ(まだ会社に貢献していない)社員に配っているものだと先輩からは教えられていました。で、その会社からの気持ちは、少しそれまでお世話になった上司や先輩にお礼すべきだと。僕たち新入社員は上司や先輩の気に入りそうなプレゼントを購入して、ボーナスが支給された日の翌週などには社内でお礼の巡礼をしたのでした。

お酒をつぐ時はラベルを上に

まだまだ、ノミュニケーションという言葉がある時代でしたので、上司に引きつられて週に数回は業務後に飲みに行っていました。その際によく上司や先輩に注意されたのは「お酒を注ぐ際はラベルを上に」ということです。ビール瓶やウイスキー瓶などはラベルをみえるように注ぐことがビジネスマナーだと。上司や先輩のグラスが「から」になりそうなタイミングで、「いかがですか?」と気づく力も必要とされていました。グラスを「から」のまま放置していると先輩からすぐに指摘が入る時代でした。追加のお酒が必要であれば事前に注文しておくことももちろん必要です。

タクシーは目上の人から順番に降りる

飲み会は、大体午後9時とかから「一本勝負行く?」みたいな感じで声をかけられます。一本勝負ってなんだよ。。。って感じですが本人は「1時間」限定で行くみたいな意味で使っていたんだと思います。で盛り上がると当然1時間で終わるはずもなく、終電間際になるわけです。さすがに終電で終わる時もあるのですが、終電の30分前に「次いこう」という話になります。「いや、終電あるので」と断ろうとすると「タクシーチケット」が登場します。タクシーで帰れるならいいかなと思われるかもしれませんが、ここでも落とし穴があります。それは、「同じ方面の人はタクシーに同乗し、目上のひとから降りる」というものです。隣町くらいならまあいいのですが、東京の多摩地区というか西東京方面を全部同じ方面というような括られ方をすると、最後の新人が降りるのは深夜2時とか3時になることもありました。だったら、ビジネスホテルに泊まらせて欲しいと何度思ったことか。。

飲み会の後は部長にお礼のメールを

部の飲み会などの幹事は当然、新入社員の仕事になります。全員が集まりやすい居酒屋を予約して、当日の司会、進行、挨拶の振り、会費の徴収などを仕切っていきます。幹事の仕事をしながら、ビールをついだり、追加のお酒を注文したり。。

盛り上がってくると2次会の準備を始めます。多くの場合は2次会はカラオケというのが定番です。ここで注意しないといけないのは、2次会へのスムーズな移行の段取りも幹事の仕事になってくる点です。明確に2次会まで行われることが事前にわかっている会ならいいのですが、そうでない場合は、部長や上司の顔色を伺いながら、2次会行きましょうか?と確認を取ります。さらに大体の参加人数を予想し、1次会が終わる前に2次会の場所を押さえます。そして、1次会の締めの挨拶をしてもらった後に、「2次会は駅前のXXを抑えています」と大声でみんなに伝えるのです。

1次会が終わると多くの一般職の女性などは「付き合いから解放された」感で帰ろうとしますが、幹事の仕事はここでも要求されます。なるべく女性もカラオケに参加してもらおうと羊飼いのように最後尾から追い立てて(駅方面ではなく)カラオケ店に誘導していくのです。

多くの場合は、同期などと役割分担をして、「お店予約担当」、「羊飼い担当」、「お店の前で待機担当」を行います。お店の前で「こちらです!」と叫んでる人がいたら「待機担当してんだな」と思ってやってください。

幹事の仕事はまだ続きます。まあ、部長や課長などは若干多くお金を払っているので、このお礼をしなければいけません。どのようにお礼をするのか。。僕が新入社員の頃は、「朝イチ(まだ業務が始まる前に)でこれらの方々にメールする」というものでした。こんなメールです。

おはようございます。昨日は歓迎会に参加いただきありがとうございました。YYさんのZZのお話やご経験など、とても有意義で勉強になりました。これからもよろしくお願いいたします。

当時は飲み会の翌日で疲れていてもいつもより数本早い電車で会社について、朝イチでメール入れておくというのが当たり前だったんです。

「否決」と書いたら。。

まだまだ、紙の決裁書というものが存在していた時代です。こんな逸話もありました。部長に決裁を取りに行って、目の前で決裁書類を渡したのですが、案件的に通らず、目の前で否決されてしまいました。決裁書類に大きく「否決」と書いた部長ですが、その紙の下には、お客さまからお預かりしていた複写式(2枚目、3枚目に書いた内容がカーボンコピーされるやつ)の契約書が複数置いてあったのです。お客さまの契約書がすべて、直筆で「否決」と写ってしまい、全て取り直しになってしまいました。

三つの健康を大切にしなさい

このような、今ではパワハラじゃないかといわれてしまうような逸話はあげるとキリがありません。とはいえ、会社自体はブラックでもなんでもなく、僕の社会人としての基礎はこの会社で作ってもらったと言えるほど感謝していますし、ラッキーだったと思っています。最後は、最初の上司に、僕が初めて後輩がついた3年目にもらった言葉を紹介します。

(チームを率いるようになった僕に)三つの健康を大切にしなさい。一つ目は自分の健康、二つ目は後輩やチームメイトの健康、そして三つ目はチームの健康、この全てがしっかりしていないとチームとして機能しないよ。

(当たり前の話なのですが)今でもこんな話を熱く語ってくれる上司や先輩っているのかなと少し感慨深くなります。全部が全部、引き継がれるべき文化や習慣だとは思いませんが、外資系企業に転職して、人間関係が仕事上に限定される機会がすごく増えた気がしており、こんな家族的な人間関係が懐かしく感じる時もあるのです。

まだまだ続く人生。お互いに頑張りましょう。

僕たちは、社員一人に1台パソコンが支給される初期世代で、エクセルが使えるだけで先輩からすごいなと言われる世代です。英語に至っては、「俺、英語できないから」と堂々と笑い話にしている人たちが大勢いました。(今だと、「俺、仕事できないから」って言っているようなものですね)もちろん、当時は、スマホもSNSもブログもありせんでした。定年は60歳で当たり前、エンジニアって何?プロダクトって何?という時代でした。この20年世の中は大きく変わりました。日本を取り巻く環境も変わりました。自分自身が仙台に移住することも想像できませんでした。僕たちは過去の価値観とその期待に応えつつ、それだけではなんか物足りない、生きている意味を見つけたい世代なのかもしれません。人生100年時代、仕事をするという時間は以前よりもずっと長くなりました。5年先、10年先どうなっているのかは全く分かりませんし、(考えることは大切ですが)予想することも意味のあることだとは思いません。まだまだ老け込む年齢でもありませんし、「逃げ切る会社員人生」を送ることに意味はありません。

大学卒業から21年お疲れさまでした。新天地でのご活躍をお祈りするともに、これからもまだまだ続く人生、お互いに頑張りましょう。僕たちは過去のよい文化や習慣を頭と体で理解しつつ、新しい居心地の良い世界を作れる唯一の世代だと思っています。


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