佐伯沙弥香と柚木千枝 ―朗読劇『やがて君になる 佐伯沙弥香について』を経て

佐伯沙弥香の批評記事を拙訳したエントリーでも触れている、沙弥香の中学時代の柚木千枝（ゆずきちえ）先輩については、朗読劇『やがて君になる 佐伯沙弥香について』を観劇した際、七木奏音（ななきかのん）さんのお芝居を通して新たな解釈が私の中で生まれ、『やがて君になる』アニメ視聴時ほどの先輩への憤りはなくなりました。（少し悔しい･･･）あくまで可能性としての解釈ですが、先の記事では“お約束の気の迷いそのもの“でしかなかったもの止まりなので、いまさらですが書いておきます。

ライトノベル『やがて君になる 佐伯沙弥香について』（入間人間著）は、GL漫画『やがて君になる』（仲谷鳰作）のスピンオフで、漫画のヒロイン 七海燈子に一目ぼれし、そして親友となる佐伯沙弥香の幼少期から現在（大学）を描いた物語。1巻～3巻ですが、沙弥香の中学時代はつらい（追）体験になったらいやなので、当時2巻から読みました。読む場合は一気読みをお勧めします。

そのラノベを基にした2020年11月上演の朗読劇『やがて君になる  佐伯沙弥香について』（以下、朗読劇ささつ）。本当は舞台『やがて君になるencore』を予定していたところパンデミックになったため、製作が「完結した漫画を再構成するため、当時の状況では（キスシーンも口をつけるため）満足のいくものをお届けできないから」という理由から延期し、届けられる朗読劇を、という経緯があります。ただこの「朗読劇」、コロナ禍ということで舞台上でもディスタンスをとり、空間を存分に活かしながらの演出がされていて、朗読劇という名の暗記済みの台本を手に動きまくる、ほぼ普通の舞台でした（下の動画を参照）。

朗読劇ささつの主役として、礒部花凛さん演じる佐伯沙弥香にあらためて号泣し、小泉萌香さん演じる「沙弥香目線の（←重要）才色兼備でパーフェクトな七海燈子」のこれでもか！という存在感に惚れ惚れし、河内美里さん演じる後輩・小糸侑への沙弥香の揺らぎを目撃しながら、初見での感想は、驚くほど七木奏音さん演じる柚木千枝についての新たな考察で占めていました。

ほんとに、ほんとに悔しかった。なぜ愛おしい沙弥香や燈子や侑ではなく、嫌いな柚木が頭から離れないのかって！

観劇後、同じく観ていた知り合いと空腹を満たしながら柚木のことを話しました。それまで「あの先輩」「あの女」と決して名前を呼びたくないほど、同性に恋する気持ちに揺れる当時の沙弥香を傷つけた柚木先輩は、『やがて君になる』で唯一永遠に嫌いだと思っていました。いや今でも好きじゃないしいイヤ。当然。

それまで柚木にとっては、沙弥香といた時期は「一過性のもの」だったと結論付けていました。アニメでも、高校生になった沙弥香との再会時には「ごめんね、同性を好きになるような子になってないといいけど」といった典型的なフォビアを浴びせるわけです。（そこで燈子と腕を組み、颯爽とさようならを返せる沙弥香がかっこいい。）

それでも新たな解釈の可能性が生まれてしまった。それが彼女も「この好意は気の迷い」と、社会に蔓延る同性愛嫌悪が刷り込まれている1人かもしれない、という解釈。もちろん、単純に柚木と沙弥香はすれ違いが大きすぎた。（1巻の未読部分のシーンも予想通り辛かった･･･。）憎さは変わらないけれど、可能性が生まれたんです。それは芝居のおかげもあると思います。七木さんを通した憧れ、恋、気付き、無邪気さ。そしてご本人のしなやかさ。とてもよかった。それまでは嫌いすぎてそこまで考えが及ばなかったかもしれません。柚木は、七木さんが最高に体現していたからこそ悔しく感じました。

でもね、七木さん、最高だったけれど、やっぱり柚木は許せないんですよ。若気の至りじゃないから。沙弥香にとっては。多くのレズビアンにとっては。

そんなことを観劇ほやほやで話したりしました。余談ですが現実に「気の迷い」ではなく、恋愛未満のスペクトラムに属するセクシュアリティの人もいるとこれまでに知りました。

本編でもどこにも明言はされていませんが、「女の子しか好きにならない」という沙弥香のモノローグもあるので、私は彼女のセクシュアリティをレズビアンと理解しています。おかしい言葉でもないですし、差別にあたらない「女性が好きな女性」の世界共通の呼び方ですからね。沙弥香が本当に男に興味がない描写も笑えるほどあります。原作の『ささつ』では、陽（はる）という後輩のキャラクターが登場します。一レズビアンの物語としてとっても重要な要素なので書きますが、ハッピーエンドです。とても沙弥香らしい関係性を陽と築いていくことになります。

もし『朗読劇ささつ』の続編が製作されることがあれば、陽も登場させて、ホールで上演されるハッピーエンドの日本のGL作品（クィア女性の物語）事例として、舞台『やがて君になる』に続いてほしいです。なんなら待望のencoreで登場しても良いかも。（言うだけタダ！）

舞台『やがて君になる』公式ダイジェストはこちら

興味がおありでしたら、朗読劇ささつ、舞台やがて君になる、どちらもDVDなどあります。