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そのうっかりがいつか大きな財産になる、かもね。

2021年3月某日、『あの頃。』という映画を観に行ってきた。
それは、こんな内容の映画である。

大学院受験に落ち、恋人もおらず、金もない劔(松坂桃李)。どん底の生活を送る中、松浦亜弥の「桃色片想い」のミュージックビデオを目にしたのがきっかけで、ハロー!プロジェクトのアイドルたちの熱狂的なファンになりオタ活に没頭する。藤本美貴推しで、プライドが高くてひねくれたコズミン(仲野太賀)をはじめとするオタク仲間と「恋愛研究会。」を結成し、トークイベントやライブの開催、学園祭でのアイドルの啓蒙活動に励む劔。だが仲間たちは、アイドルよりも大切なものを見つけて散り散りになっていく。

そこそこ混み合った劇場の中、ハロー!プロジェクトのアイドルたちを推しに推した主人公が2000年代を駆け抜けていく様を堪能した私。エンドロールが終わり、劇場内も明るくなったタイミングで、のそのそと席を立とうとしたまさにその時である。私の網膜にある光景が映し出された。そこには黙ったまま俯いた小学校低学年くらいだと思われる女の子、そしてその子と手を繋いだお母さんがいた。正直、『あの頃。』という映画の内容と不釣り合いな組み合わせなのでは?という疑念が即座に私の脳裏をよぎる。すると、お母さんは不満そうな顔で我が子に向かって「大人の下世話な趣味を見させられたね。」と言い放った。さらには「もっとアイドルの可愛い映像がたくさん観れると思ったのに。」との言葉が紡ぎ出されていく。女の子は俯いたままひと言も応えようとしない。そこには、完全なるうっかりさんの2名様が御来場されていたのだ。

最近は映画タイトルをネットで検索すれば、すぐに公式HPや予告動画を見られる世の中である。なので、ある程度は個人の趣味嗜好に合っていることを保証された状態で映画を鑑賞することは大変容易なことである。なんならネタバレレビューだって即座に見つけられる。それなのに、彼女たちは「観てみたら予想の斜め上をいく映画だった」という事象と見事に遭遇していた。映画を供給する側のミスリードがあったのならいざ知らず、正直そんなこともなかったように思う。なので、2人が『あの頃。』に求めていたことと現実との乖離は、やはり彼女たちのうっかりが招いたのだろう。

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実はかく言う私にもうっかり観ちゃった映画がある。しかも、デートで。これは思い出すのも辛いのだが、高校生の時に好きな女の子と初めて映画を観に行くことになった。その時、私は何をトチ狂ったのか『魔界転生(2003年リメイク版)』を「窪塚が好きだから」という短絡的な理由で選んでしまったのだ。この映画は正真正銘のクソ映画なのだが、劇場を出た時に2人の間には耐え難い空気が流れていた。今思えば、2人で「つまんなかったねぇ」なんて笑いのネタにでもすれば良かったのだが、若かりし私にそんな大人の余裕はない。ただ「やっちまった」という言葉のみを脳内で規則的に反芻していた。そんな私のしょうもない経験ですら、それなりに得るものがあったような気もする。例えば「窪塚が出ててもつまんない映画がある」ということ。あとは、「デートで観る映画は慎重に選ぶべき」とか。

『あの頃。』を観たあの女の子はどんな感想を持ったんだろう。見た感じは全然満足してなさそうだったけど、せめてどれくらいつまんないかったかくらいは聞いてみたいものだ。たとえ「世の中には下世話な大人も沢山いる」という感想だったとしても、それだって意外と重要な気づきかもしれない。

なんなら、あの女の子が大きくなってから『あの頃。』と偶然再会して「小さい頃に観た謎の映画はこれだったのか。あの頃は分からなかったけど、めちゃくちゃ面白いじゃん。」と思う未来だって訪れるかもしれないぞ。私にとって『トータル・リコール』がそうであったように。

追記 1.
お母さんが使った「下世話」という言葉について言及しておきたい。事実として「推しのアイドルを応援すること=下世話な趣味」というわけでは決してない。それは堂々と楽しんで然るべきことだ。しかし、この映画の中では明らかに「下世話」という言葉がピッタリなシーンもそこそこ出てくる。例えば、ある登場人物による後輩の彼女に対する明らかに一線を超えた行為や、それに対する仲間内のリアクションなどがそうだ。予備知識が全くない人が観たら、当時のアイドルを応援していた人たち全体があたかも「下世話」な価値観を共有していたかのように混合されてしまう余地は正直あると思う。なので、好きなアイドルを推すことと、登場人物が持つ固有の「下世話」な側面はきちんと切り離されるべきだということは明示しておかなければならない。映画内でも一定の配慮がなされていたとは思うが、念押しのためにもそこは強調しておきたい。

追記 2.
『魔界転生(2003年リメイク版)』のことを正真正銘のクソ映画と書いてしまったが、もしこの映画を好きな人がいたらすいません。


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