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存在そのものが叡智である 生命とは叡智の現れである

生命(いのち)とはどこからどこまでだろうか?
私の場合、この肉体?しかしその細胞は入れ替わりながら生きている、精神もある、スピリットもある。呼吸し、食べ物やプラーナを取り入れて、排泄し、というシステムの一部でもある。住む場所や環境に影響を受け、反応して感じ、考え、動く。働き、生産し、消費し、気候さえも変える、産業社会の一部でもある。親から生まれ、子に紡いでいく、時空的な活動でもある。

ということを考えようが考えまいが、私は私たちは生きている。個別にも全体でも。人間の個意識なんてものはそのほんの一部でしかない。もっと大きく深い叡智が、神秘が、このシステムを動かしている。もっとそこを信じて、委ねてもいい。それほど安心なものはない。

一方で私も、私たちも、その叡智の現われである。もっと自信をもっていい。生命に限らない。存在はすべて叡智の現われであり、世界はまだ見えぬ大海原である。

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(図はU理論のワークショップでケルビーさんが描いてらしたもの(子宮に見えた)も取り入れて、受肉な感じにアレンジ)

ホモ・サピエンス、ラテン語で「賢い人間」は、賢さにアイデンティティを持っているが、知性には限界があり、あまり頭(ず)に乗らない方がいい。もっと深い叡智が世界に漲っているのだから。私たちは、あさはかな知性で世界をコントロールしようなんて方向でなく、世界のすばらしさを讃え、歌い上げ、祝福する存在でいいと思う。種としてまだ思春期として考えて、ここまで科学研究を進めてきたこと自体は素晴らしく、ゆえにこの世界を讃えることもできる。ただ、現在は、浅はかなコントロールによってしでかしていることにもっと謙虚に気づき、素直に謝り、学び、行動を修正する時だとう。これからは、ホモ・セレブレート(祝福する人間)でどうでしょう(^ ^)

最も日の短いとき、宇宙の聖なる魂は、私たち一人ひとりの中に受肉しました。

今年はさらにグレートコンジャンクションで凄い*\(^o^)/* 人類の新たな聖誕、再誕生ですね❤️♫

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