ファーストフード店に響く笛の音の幻聴

バイトに励む実家住みの高校生。
金関係のトラブルが無い家庭の子供が送るその時代は、恐ろしく自由で小金持ちだ。

毎月、趣味の読書の為にファンタジー小説や雑学に多種多様な内容の図鑑。更に幼い時代にTVで視聴したホラーやアクション映画の映像ソフトの中古品や廉価品を買い漁り。新品、新作の映画映像ソフトを買って更に貯金もできる。
勿論、それらを即日読み視聴する時間の余裕も元気も有り余っていた。

そんな時代に私は頻繁にとあるファーストフード店を利用していた。
そんなに金があるのにファーストフードの理由は、外食が嫌いで自分の巣に餌を持ち帰って食い散らかしたいタイプだった為だ。金が自由に大量に使える前からジャンクフードが好きだったのもある。
今はその店のメニューから無くなってしまったが他の商品よりも400~500円程度高い、お気に入りのセットメニューが存在した為でもある。

そのセットを仮に。
LL牛セットとここでは表記する。

「LL牛セットをください、ドリンクはコーラで」その日も蚊の鳴くような声で店員に告げた。幸いなことに聞き間違われる事もなくその注文は無事に通った。
「用意するのに五分ほどかかりますがよろしいですか?」と店員に告げられたが、この商品は注文するとだいたいそのくらいの時間がいつもかかるので特に抵抗無く受け入れる。

列から離脱。邪魔になら無い適当な場所で携帯端末を弄り始める。三分か四分ほどそのまま過ごしていると店内に男が入ってきて、その注文が耳に聞こえてくる。

その注文内容はもう忘れてしまった。
ここでは仮にチーズセットと表記する。

「チーズセットをください、飲み物はアイスカフェラテ」と男は店員に告げて、無事に通ったので列から移動した。
その様子が良く見える位置。つまりは私は店の入口近くに陣取っていたので、チーズセットの男が備え付けの小さな椅子に腰かけて携帯端末を弄り始めたのもつぶさに観察できた。

「LL牛セット、コーラのお客様~」と店員が声をあげた。蚊の鳴くように訴えた注文が完成したのだ。

受け取って帰ろうとしたその時だった。

ピッ!

鋭いホイッスルの音が聞こえた。

実際にはそんな音は鳴っていなかったが、何かの試合開始を告げたかのように店内に居た人間の全員が笛の音の幻聴を目撃していた。

手から足の先まで鉄の棒でも入ってるかのような美しさも感じる見事な挙手。
座する場所が高めの椅子から飛び立つように床に降りて、天に届けと真っ直ぐ威風堂々としたその姿は、まるで今から大きな会場で優勝メダルをかけた体操の演技でも始めるのかと思うほどの迷いの無いキレのある挙手に全員が注目していた。

そんな笛の音の幻聴が聞こえる挙手を披露したチーズセットの男は、店員からLL牛セット(飲み物はコーラ)を受けとると颯爽と店を去っていった。

見届けたLL牛セットを注文した筈の私はあまりにも堂々と半額以下の支払いでLL牛セットを持ち去ったチーズセットの男を「もしかしたら自分の聞き間違えかな?」などと思い見送ってしまった。

間も無く店員が「チーズセット、アイスカフェラテのお客様~」と店員が呼び掛けて来たが、案の定誰も手を挙げなかった。

聞き間違いではなかった。

それから五分後、事情を説明し、何度も店員に謝られながらLL牛セットを手にした私は何事も無かったかのようにファーストフード店を後にした。


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