冲方塾 塩澤賞 選考途中経過発表

 冲方塾塩澤賞とは

 「冲方塾」とは、冲方丁作品を題材とした二次創作コンテストであり、これまでに2回開催されています。「冲方塾 塩澤賞」は過去の冲方塾の成績優秀者からオリジナル長篇を募集し、冲方丁先生と早川書房 塩澤快浩氏による選評を行うというもので、7名の方より応募がありました。先日ウェビナー上で開催されたイベント「冲方サミット オンライン」では、その7作の冒頭部分について講評を行ないました。その模様を採録させていただきます。

 冲方丁氏による総評

●七作品に共通するのは、「世界観」と「人物」と「物語」を、同時に表現するにはまだ至っていないということ。冒頭で、世界を説明すると同時に、どんな人物であるかを表明し、かつ人物の感情や考え方が、今後、どのような物語を生み出すかを予感させねばならないのですが、やはりまだ一つ一つ順繰りにやっているので、シーンの切り替えの効果も薄くなってしまう。
 このシーンでは世界観が、このシーンでは人物が、と本来まとめて楽しめるものが分割されてしまっているからです。
 とはいえ、複数のお手玉を常に回し続けようとする姿勢と、回せるお手玉の数が今後も増えていくだろうと思わせる筆力も、七作品に共通しています。
 ただしそれが完璧に出来るなら実をいえばもうプロに等しいので、そうしたレベルでの評価ができるということ自体、みなさんの上達の証しである、というのが全体の印象でした。


 塩澤快浩氏による各作品への講評

●『咎をともに』渡馬直伸
 「間章(二)」というタイトルのプロローグで、「私」ほか三人が山道をひたすら歩き続けるシーンだが、描写が中途半端で物語の始まりを印象づけるには弱かった。一転して「第一章」冒頭、離島にある神社の娘である佐藤郷子が境内を歩くシーン。以前、『マルドゥック・スクランブル』実写映画化のオーディションを受ける女子を主人公にした青春小説で評価を受けた著者だけに、このシーンの主人公の息遣いが聞こえるような生き生きした描写がとても良かった。この第一章から始めても良かったのでは?


●『Trustless』noDta

「舐めてくれるかい?」/ 痩身の男が鶴のように片足を持ち上げた。 

 この引きのある冒頭2文が素晴らしい。直後、語り掛けられているのが、監禁されて両手両脚を縛られた「巨大な芋虫」のような女性であることが判明、そのまま男は気の利いた軽口とともに女性をあっという間に蹴り殺してしまう。その強烈なサスペンスもよく書けている。唯一惜しかったのは、直後にかかってきた通信に対して男が「必要ならば鬼になる覚悟だ」というセリフを発するところ。すでに鬼畜のような殺人をクールにこなした後では、蛇足にしかすぎない。


●『ショウリーグ』上田裕介
 4つのシーンをリレーしながら、タイトルの「ショウリーグ」とは何かという読者の興味をかきたてるプロローグの趣向が素晴らしい。プロ球団を解雇されトライアウトに参加した男が、とあるスカウトに声をかけられるーー「ショウ・リーグって知ってるか?」。続いて、魅せるバッティングの練習を自宅で繰り返す売れない役者。このあたりで読者はショウ・リーグとは何かなんとなく察することができるが、次のシーンでは超絶的な能力をもつ交通量調査員のもとにスカウトが!? ここでショウ・リーグに未知の要素が加わり、読者の期待はいや増すことになる。


●『千年紀の終わり』音無村
 いずことも知れぬ場所に建つ修道院を舞台に、地球人らしき男と、異星種族らしい存在が出会うプロローグ。重厚な雰囲気はとても良いのだが、視点がどちらにあるのかわかりにくいのが残念だった。さらに冒頭すぐに、「修道院へと至るための門扉は開かれたままだった。/ その扉に向かって立ちふさがる様に、一人の男が立っている。」という一文も。異種族同士の交流を描くSFであれば余計に、その最初の出会いのシーンには気を遣っていただきたい。


●『2024』黒井真
 冒頭に、とある医療施設の見取り図、続いてロボトミーの解説があり、なかなか期待を持たせる。ただ本文に入ってしばらくは施設の説明が続くので、語り手の〈僕〉が差別主義の殺人者で、実はこの現代と地続きの設定であることを、もう少し早く提示しても良かったのではないか、あるいは冒頭はもっと〈僕〉の穏やかな内面を描いて、実は殺人者であったこととのギャップを出す趣向にしても良かった。


●『=N/A』香枝ゆき
 プロローグは、病院への侵入者を最小限の描写と短い字数での改行で描き、非常に緊迫感があった。ただ、描写が少ないぶん状況が少々わかりにくかったか。そして、続く第一章冒頭も、有人宇宙探査ユニットのエマージェンシーが、プロローグと同趣向で描かれる。事態の大きさとしては明らかに第一章冒頭のほうが勝っているので、いきなりこの第一章から始めても良かったのではないだろうか。


●『スキヤキ☆オーヴァードライブ』木村浪漫

「高機動大型馳走神輿“満腹”--その蜘蛛が八本の足を天に伸ばすように突き出した形状の“満腹”上部天蓋に背負われた、八連の人間砲台(ヒューマン・バッテリー)--八門の“五右衛門砲(ゴエモン・キャノン)”に装填された釜茹で済みの人間(ボイルドアウト・ヒューマン)が連続発射、加速した八発の「やつら」が超高速で超高空に射出されていく。」

 プロローグは全篇この調子なので、ツカミは充分すぎるほどOK。ここに強力なキャラクターが最初から組み込まれていたら、なお良かった。


冲方塾 塩澤賞の今後について

 7月中には塩澤快浩氏が7名の応募作品を全文読み、メールにて講評をお送りします。その後の選考過程については、その時点でお知らせします。

 今後のサミットイベントで塩澤賞をどのように取り上げていくか、早川書房での刊行に足る受賞作を出すことができるのか、すべては選考の結果次第となります。

 いずれにせよ、今回の応募作品7作については、塩澤が責任をもってアドバイスおよび指導をさせていただきます。




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