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葬送曲・断章

その日は水飴のような曇りだった。
新宿御苑駅の近くのカフェで大学の友人と、昼だか夕食だかよくわからない食事をとりながら、取り留めもない話をしていた。

「そういえばね…、両沢さん、亡くなったんだって」


彼女は私の真意を探るように、ぽつりとこぼした。
両沢さん…正直もう、記憶が曖昧だ。故人当人には申し訳ないが、当人とは思い出らしい思い出もない。
ただ、その名前の縁にこびりついた、思い出したくない「あの場」の記憶が、嫌なぬめりを伴って立ち上がる。フォークを持つ手が止まる。


「そうなんだ。ご愁傷様だね」


少し声が震えたかもしれない。

「…やっぱり、思い出しちゃうよね。わかる」


友人は、ため息混じりに呟いた。
本当に、彼女には敵わない。

「で、わざわざこんなシケた話したのには理由があって。
どうやら例のサークルの連中有志が偲ぶ会をやるみたいで、あたしも声かけられちゃったんだ。
でも正直、行きたくないんだよね」

実は私も、彼女に切り出される前にそのことを知っていた。現代の風の便りはインターネットの海からやってくるのだ。
私の手元のフォークにはたらこパスタが絡み付いている。パスタを口に運んでもなお、フォークにはピンク色のたらこの粒がこびりつく。いつまでもどこまでも追いかけてくる、あのサークルみたいだな。

「うん、気持ちわかるよ。私も正直行きたくないもの。行かなくていいんじゃないかな」

教義に背いた者を嘲笑い、蹴落とす場。
大学のサークルとは思えないような拘束時間と、異様な価値観に適応できず、私は一度大学を休学する羽目になったのだ。
なんとか回復した今となっては…なぜ精神の均衡を崩してまで、あの場にいたいと思ったのかが思い出せない。

「だよね…。死んだ人当人には何も思うところはなくてもさ、嫌なものは嫌だよ」


安堵する友人。

「でも、こういう黒い感情ってどこに出したらいいんだろうね。まさかSNSにそのまま書くわけにもいかないじゃない」
「そういう時にあたしみたいな友達がいるんじゃん」
「確かにそうだね」
「あと…ひとつだけ必殺技があるよ。
これをネタに、ひねりにひねって台本を書けばいいんだよ」

そう、私たちがかつて居たサークルは演劇サークルだ。
私には幼い頃から書きたい物語があふれていた。溢れた物語を台本に束ねて、希望に胸を膨らませてあの場の扉を叩いた、はずだった。
どうしてそのことを今まで忘れていたのか。

「えっ、でも台本の書き方なんて忘れちゃったよ」
「じゃあ小説書いてよ。ショートショートでもいいから」

彼女はたまに真面目な表情で突飛な要求を突きつけてくる。
でも、思い出す限り、彼女は私の物語の最初で最良の読者で、理解者だ。
そんな人物の真面目な願いを無下にもできず、視線を宙に浮かせて熟考する。

「……」
「そしたらきっと、このしょうもない話も意味のあるものになる気がするからさ。それで綺麗に忘れちゃおう?ね!」
「それもいいね。そしたら、下読みには付き合ってよね」
「いいよ、何回でも読んであげる!」

そうして、私は再び書くことにした。
こびりついて絡まった記憶をほぐし、美しく葬るために。

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