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UO人物列伝『演歌の花道』③

これは実話である。

<3>

観客席は沸きに沸いた。
オリジナルソング、耳馴染みのある節回し*9、誰もが経験したことのある初心者時代の思い出*10。ほろ苦い笑いと共に迎える玉虫色の結末。それを無名の歌手が高クオリティで演ってみせたのだ。

後にUO芸人ブームとなり活動が活発化した時期にこんな逸話がある。

とあるゲーム実況ラジオのパーソナリティは「文字なのになぜか歌える」と評しその場で演歌を歌ってみせたという。

新人演歌歌手の凄みは歌詞の品質だけにとどまらなかった。歌いながらボディアクションをしつつ、観客席に呼びかけ、抑揚を自在に変化させていく。間奏中に客席を回り、最前列と握手を繰り返す。変幻自在のステージまわし技術を持っていた。

▼歌唱しながら観客を「温める」様子の例

これはどういうことか。答えは驚くほど単純である。自動化マクロを使用せず全てマニュアル操作で実行していたのだ。

歌詞を記憶してリアルタイムにタイピングする。抑揚も「あなたの」という部分を「あっなったンのぉ~」とコブシを効かせる。観客が盛り上がるシーンでは十分にためを作る。コブシを効かせる場面では中腰の「戦闘姿勢」になりビジュアルと歌唱内容を一体化させていく。彼女は大イベント前に多くのプレイヤー酒場で実戦経験を積んでいた。これらのパフォーマンスはその中で磨かれたものだ。

自動操作ではない故にあらゆる局面で自由が利くステージングである。十分に観客席を暖めた後にやっと到着したアイドルグループへバトンタッチして演歌歌手はステージを去っていった。

(これだけ盛り上げた後に機械人形のカラオケ。果たしてどれだけ盛り上げられるか……ククク……)演歌歌手は浮かんだ悪い笑みを噛み殺す。全ては筋書き通りに運んだ。

支配人が舞台袖へ戻ってきて声をかけてきた。

「あ、あンた! また演ってくれるか!?」

「へへ、私なんてたまたまですよ」*11

「来月の開催は……」

「それなら……」

エピローグ

この日からソーサリア大道芸界の潮目が変わり始めた。「演芸は儲かる!」「大道芸を求める客は世界各地にいる!」大型イベントのオンステージでコント師が、腹話術師が、スラッシングギターのメタルホビットが、蠢く石膏像が目撃されるようになった。プレイヤー酒場には芸人を呼ぶための小規模なステージが設置され、公式サポートにもステージが設置されるケースが増えてきた。

この後、ステージを足掛かりに人望を集めた彼女は活動を多シャードに展開。やがて暗黒イベント団体と決裂し自らの求めるステージを作るために自団体を結成することになる。*12 彼女の活動の記録は失われたUO公式サイトに記録されていたが今は風化し、もう何も残っていない。

<おわり>

註 9 彼女の演歌は全ての曲が七五調で構成されていた。
註 10 実際に「秘薬切れ」を経験した
註 11 本当はめちゃくちゃ機会を狙っていた。準備は万端である。
註12 イベント企画団体設立の様子

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