国技館ロイヤルランブル外伝『ラストクリス升席』

※作者より
本作はカクヨム掲載のためのリライトです。また「 #書き手のための変奏曲 」参加作品でもあります。

トンタントンタン。
トンタントンタン。
トンタントンタントンタントンタン。

シャンシャンと鳴り響く鈴の音に合わせて相撲太鼓が軽快にリズムを刻む。その年は、久しぶりのホワイトクリスマスだった。

相撲シティ両国。日本有数の観光地として知られるこの土地は、雪が降っても喧騒が収まることはない。観光客に人気の人力士車は積雪にも関わらずすり足で走り回り、赤信号で停止した力士の呼気が白く渦巻いている。「ハッハッ、ウス」余りの寒さに力士の吐く息も荒い。

夜の帳が降り、一日の運航を終えた力士たちが駅前ターミナルへ集結する。走り込み熱を帯びた力士たちから立ち昇る湯気は壮観で、街を行きかう人々がそれを見上げている。その人々の視線の先に摩天楼「国技館タワーレジデンス」の夜を貫くような威容がある。

国技館タワーレジデンス48階ラグジュアリールーム。そこでは大相撲クリスマス場所の慰労会を兼ねた肉塊部屋の忘年会が開かれていた。柱のない開放的なフロアには「テツポウ禁止」等という無粋な張り紙は存在しない。豪奢な、選ばれた力士とタニマチのためだけの空間だ。

ウス、ウス、ドーモ

後援会の奥様方に囲まれる長身で端正なマスクの力士。彼は世間で最も人気のある関取、新関脇の大失恋である。

ウス、顔じゃねえす。精進します。

スピード昇進を果たしながらも増長せず篤実な人柄であり、弟子からも親方家族からも慕われている。チョコレートちゃんこホンデュを柄杓で掬い奥様方に振る舞う。好調な力士に振る舞われた料理は1年間の健康と長寿を約束するという。彼を目当てに訪れる老若男女はひっきりなしだ。

ゴッツァンデス。

大失恋が何かに気づき、ちゃんこ係を辞して会場を去ろうとしているセーラー服の少女に声をかける。肉島津ひろ子、肉塊親方の一人娘である。

「ひろ子ちゃん、来てくれたんスか」

「なによ、鼻の下伸ばしちゃって」

「ウス、そんな俺は……」

「冗談よ、はいこれ!」

愛らしい赤と緑のチェックの紙袋にはサンタクロース姿の力士の飾り付けがされている。ふわっとした触感で見た目より軽い。大失恋が袋を開けると、それは手編みのマフラーであった。

「次は優勝して、私を迎えに来てね!」

「……」

「冗談よ!ほら、みんな待ってる!」

ポニーテールをひるがえし、ひろ子は駆け出して行った。

「……ウス」

ラグジュアリールームでは横綱万寺がフラメンコギターを爪弾き、「Wham!」の名曲で聖夜を演出している。独りでテラスへ出て廻し姿のまま火照った体を冷ます大失恋。彼の肩にかけられた紫紺のマフラーが情熱を優しく包む。それでも抑えきれぬ熱が肌から立ち昇り、背中から放つ湯気が天空で凝固し再び雪となる。数年ぶりの大雪のクリスマスイブ。大失恋の胸に相撲が燃えていた。

新年。全国大学相撲部対抗駅伝は東海大相撲大学の総合優勝で幕を下ろした。母校の活躍に奮起したのか初場所で大失恋は13勝を挙げ、大関昇進を目前としていた。

だが、続くエイプリルフールのワンデイトーナメントやゴールデンウィーク巡業での不可解な失速が響き、大失恋は調子を落とす。ギリギリの勝ち星で番付を保ちながらも11月の九州場所を迎えた。

両国、国立相撲高度診療所。
駆けるようなすり足で大失恋が診察室へ殺到する。

「親方!ひろ子ちゃんの容体は!?」

肉塊親方(元大関肉達磨、本名肉島津ひろし)が一礼をして診察室を後にする。

「"筋肉過剰成長症"……半年保ったのが奇跡だそうだ」

「そんな……親方は克服したじゃないですか」

「俺は内なる相撲発気に導かれ生存したが、ひろ子は普通の女子高生だ」

筋肉過剰成長症、相撲界で極まれに発言する奇病の一種。骨や神経を圧迫するほどの勢いで筋肉が発達する。肉塊親方のように克服をすれば生き残ることはできるが、常人が罹患すれば生きながらえることは難しい。ましてや普通の女子高生のひろ子にとっては……それは大失恋にとっても痛いほどわかっていた。

「くそっ」

「お前だって"客観視"で分かっているだろ、保ってあと2か月。正月を迎えることはないだろう、ということだ」

「俺にできることは……」

「頼む。お前はひろ子の支えなんだ。最高の相撲を見せてくれ!」

「ウス……!!」

大失恋は再び大躍進。九州場所を14勝で終え再び大関昇進が射程に入った。大失恋の快進撃と共にひろ子は表情を明るくしていった。病室へ見舞う肉塊部屋の力士たちを相手にこれまで通り「チャキチャキの相撲部屋の娘」を演じることができるようになった。これには肉塊親方も目を潤ませ、大失恋もこれまで以上に奮起した。

朝稽古をしては見舞い、ちゃんこを食っては見舞い、昼寝を終えては見舞う。甲斐甲斐しい大失恋の姿に肉塊親方の指導にも熱が入る。病室で安らかな寝息を立てるひろ子の毛布を直しながら大失恋がつぶやく。

「ひろ子さん、クリスマス場所で優勝したら俺と……」

大失恋がすり足で病室を去ると、ひろ子は涙を流しながら「ハイ」と答えた。

12月、クリスマス場所。大失恋は序盤から周囲を寄せ付けず全戦全勝。いよいよ12月24日の千秋楽で優勝をかけた大一番へ挑むことになった。取組相手はピープルズチャンプ横綱若銀河。楽な相手ではない、だが大失恋の胸に相撲が燃えていた。

国技館は満員御礼、否、一つの升席だけが空白である。
大失恋が招待したその升席に肉島津ひろ子の姿はない。しかし大失恋は確かに彼女の存在を熱を視線を感じていた。

相撲部屋で稽古を応援するランドセル姿のひろ子、ちゃんこを無理して運んでひっくり返すひろ子、風呂場で鉢合わせてしまうひろ子、クリスマスのひろ子、病室のひろ子……走馬灯のように思い出が通り過ぎていく。

ひろ子さん、俺の相撲を見張ってくれ。逃げ出さないように。

──ハッキヨイ!!


トンタントンタン。
トンタントンタン。
トンタントンタントンタントンタン。
シャンシャンと鳴り響く鈴の音に合わせて相撲太鼓が軽快なリズムを刻む。両国を巡るクリスマス場所の優勝パレード、人力士車の群れを包み込むように舞い散る紙吹雪は、まるでホワイトクリスマスだ。

「次も優勝だぞ!」「横綱を目指せ!」

大失恋は車上で声援に応え、紫紺のマフラーを高く掲げた。

『ラストクリス升席』 終わり


『国技館ロイヤルランブル』へ続く

主な登場人物

大失恋:周囲の状況を第三者視点で見抜く異能"客観視"を操る力士。失恋をするたびに番付を駆けあがる悲運の大関。
肉塊親方(元大関肉達磨):本人を圧壊しかねない極度発達した筋肉を持つ元大関。横綱万寺を育て上げるなど指導者としての評価も高い。
万寺:メキシコ出身の横綱(マリアッチ)。二丁鉄砲は並みの力士を寄せ付けない。



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