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「壁画祖母の帰郷」(帰郷編)

(これまでのあらすじ)
次第に元気がなくなり表情もフラットになった祖母がついに完全に平面化(フラットライン)してしまった。祖母はシーツから寝室の壁に移り、私は壁画祖母と共同生活をすることになった。

壁画祖母の朝は早い。
生前(死んだわけではないのだが)と変わらず早起きをしているらしい。誰かが壁画を見ている間、祖母は動くことができないので朝活を見ることができないのは残念だが、タイミング悪くラジオ体操姿勢のまま壁画として固定されてしまった祖母を思い出すたびに吹き出してしまう。

壁画祖母は新たな活動エネルギーを必要としなくなったが壁についた汚れやカビについては生前よりも敏感で掃除がおろそかになると天井に貼りつきプレッシャーをかけてくるようになった。顔の形に見える天井のシミに怯える多感な中高生は多いだろうが、夜中に目を開くたびに天井の壁画祖母と目が合うのは私くらいだろう。

祖母との共同生活は順調に続いていくと思われた。

けれど祖父の命日を境に祖母の落ち込んだ様子が壁画に残されるようになった。祖母はこのままの姿では他界した祖父と「再会」できないことを認識したようで永遠に壁画として暮らすよりも祖父の眠る郷里へ帰りたいと願うようになった。

「おばあちゃん、任せて。私が連れてったげる」

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1か月後。

夏休みに入った私は祖母の頼みを聞き入れるべくハンズへ向かった。
必要なものは、祖母を移すためのキャンバスになる板。しかし、いい具合に高さ1.6m、幅80cmの板は見つからないので、インターネットでも検索してみる。

江戸間の畳は最適だが重すぎる。ポリカーボートの波板もかなりよいけどギザギザした肉親を連れ歩くのは少し嫌だ。ならば、発泡ボードは?これが意外と高い。1.8mの広告看板用のそれは1万円を超えてしまう。

最終的に私は「板ダンボール」に辿り着いていた。低コストで軽く大きさも十分にとれる。だけど、それでも私の小遣いで支払える金額は超えてしまった。長尺なので特別送料が発生するのだ。

途方に暮れていた私を見かねて家族が動き出した。父は現場のツテをまわり、母はスーパーの持ち帰り用ダンボールの可能性を探った。いつ以来だろう。壁画祖母を中心に、いつの間にか家族がひとつになっていた。

最終的に父親が親方の軽トラックを借り受け、母親が捨てられかけた冷蔵庫保護用の板ダンボールを手に入れた。これで準備万端だ。

いよいよ出発。
祖母を板ダンボールに移し軽トラックの荷台に乗せる。父は意気揚々と急加速。その速度で板ダンボールがふわりと浮き上がるが風圧がそれを抑えた。祖母のダウンフォースは十分に働き駅まで何の問題もなかった。

ここからはJRだ。父とはここで別れ、私はダンボール祖母に運搬用の覆いをかけてサーフボード祖母のようにして運ぶ。これなら手荷物祖母の運賃は不要だ。金券ショップで手に入れた青春18きっぷのバラ売りを使用して鈍行で祖父と祖母の故郷へ。

いよいよ壁画祖母の帰郷だ。

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早朝の無人駅に私と祖母は降り立った。祖母の故郷は潮騒だけが響く余りにも静かな場所だった。

風光明媚な日本海側の秘境駅としてJRのポスターにもなったことがある土地だが人影はまばらだ。青く深い日本海から吹き込む風は8月にしてはあまりにも涼しく、私は上着を用意しなかったことを軽く後悔した。初めて訪れた場所なのだ。仕方がない。

しばらく海岸段丘の狭い街道沿いを歩く。このあたりの道路の交通量は皆無と言ってよい。風光明媚の枯れた景色を楽しむためのライダーやサイクリスト以外は猛スピードで飛ばすトラックとたまにすれ違うくらいだ。

そんなわけでほとんど人が道路を渡らない土地なのだから信号もない。だから、後方から猛スピードで接近してくるトラックも予測できなかったし、その風圧がダウンフォースに定評のある祖母を巻き込み、風圧がダンボール祖母を高く舞い上げ、後続のトラックが轢いて走り去るなんて想像もつかなかった。全ては一瞬の出来事で仕方がなかった。

祖母、だったものは千々に風に舞って散らばっていった。呆気にとられた私は身動きもできずただ茫然と立ち尽くしている。

覚悟を決めて祖母の最後の場所へ向かう。何か祖母だったものの破片を……と足元を見やるとそこに祖母がいた。生前の姿のままアスファルトに貼りついた壁画祖母が。

私は泣きながらに五体投地してアスファルト祖母に抱き着いた。

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しばらくして町内の菩提寺境内に祖母の姿を見出すことができる。ぎこちなく動く祖母、彼女に見覚えのある古くからの住民が呼び止め何事かを話しかけている。祖母はあいまいにハニカミながら祖父の墓へ向う。

(おばあちゃんもうすぐだよ)

孫は自らの表皮をキャンバスとして提供し祖母を転写し立体再現祖母となっていた。孫はほとんど理解できない方言にハニカミながらも祖父の墓へたどり着いたのだ。

大銀杏がそびえる町の某寺に「棟方志功の未発表作ではないか?」という屏風画が発見されたとが地方新聞の片隅で話題になるのは後年のことである。祖母は今でも祖父と同じ景色を見ているだろう。

私は息子たちを寝かしつけながら、東奥日報Web版でその記事を読んだ。

いつまでも仲良くね、おじいちゃん、おばあちゃん。

【完】

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