【文学】『2020年、深堀骨との遭遇。やがて後悔という名の波濤に飲み込まれる日々』

01

或る知人によって深堀骨という偉大な存在を知った私は居ても立っても居られず自転車をこぎ西へ旅立った。箱根を越え浜松へ差し掛かったころに気が付いた。静岡県は横に長すぎやしないか。バカらしくなり私は東海道本線に乗りこんで自転車を置きざりに家へ帰りついた。

で、その深堀骨というのは何なのかね。帰宅するなり上がったままの受話器にこえをかけるとその知人は受話器の前で待ちかまえており応えてくれた。「作家である」持つべきものは友人である。

すかさず細君に声をかける「深堀骨 amazon 検索」「あー中古で1万円~2万円くらいのプレ値ですぜ旦那」知人が受話器の向こうから言葉をつなぐ「短編がPDFで読める」「アマチャ・ズルチャにはまだ早すぎるね」うるさい。知るものか!私は細君へ命令を下し、それからPDFを開いてさっそく後悔をすることになる。

02

PDF、つまりポータブル・ドキュメント・フォーマット。電子ドキュメントを多様な媒体で齟齬なく可能な限り正確に読み込むための共通規格だ。つまりPDFは可読性を最大限に担保するポータブル・ドキュメント・フォーマットと言えよう。深堀骨へリーチするための記念すべき第一歩は「白熊座の女は真夏の夜にここぞとばかり舌を鳴らす」であった。(*文藝ネット様より)

読んでさっそく後悔した。可読性がない。ゼロ。意図が読めない。細君へ命令を下す 「アレクサ! アマチャ・ズルチャ! 取り寄せ! 停止!」「それはもう不可能です旦那」全ては遅きに失したのだ。アマチャ・ズルチャが数日以内に到着してしまう。私は世界の中心で「キーポッポ(汽車はすでに出発した。ならば到着を待つしかないではないか)」と叫び慟哭した。

03

知人の手によって「白熊座の女は真夏の夜にここぞとばかり舌を鳴らす」は少数の知人の知人(かわいそうに知人の「人シムズ」の対象である。人とは欲求と反応しか持たない木偶のことであり、シムズとはそれに刺激を与えて右往左往させる神の行為のことである)に行きわたった。知人達は悲鳴を上げていた。やがて、私の手元にもアマチャ・ズルチャが到着することだろう。すべては遅きに失したのだ。このNoteは自動装置によって投稿されている。私の消息は探さないでほしい。

【了】


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