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魚籃坂復仇探偵社:殺意のソーシャルディスタンス(後編)

(前編のあらすじ)
標的のテレワーク開始により仇討ちに失敗した本間結菜は家族の仇である佐々木与四郎の行方を捜すために魚籃坂復仇探偵社を再び訪れる。探偵堀部堀兵衛に提案されたのは凶状持ち向けの返討探偵事務所の設立だった。

夏。仇持ちから追い回される凶状持ちの逃亡と返り討ちを手助けする【伊皿子返討探偵事務所】を設立して数か月が経った。

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私が頑張って作成した広告マグネットが効いたのか、意外なほど忙しい日々が続いている。ある時は高田馬場BIGBOX(東京都指定決闘場)へ駆け付け、ある時は探偵がスクーターに乗ったまま日本刀をガリガリして威嚇したりもした。

そんな日々の中で私は(私と同じ境遇の)数多くの仇持ちを返り討ちにし、路頭に迷わせ、永遠にさまよわせたことになる。だが、それもこれもこの一本の通話のためだったのだ。

リンゴーン。無料相談コールの着信が鳴り響く。ZOOMを確認すると発信元は初相談の顧客のようだ。仇敵につながる情報が得られればよいのだが。

本間:こんにちわ、伊皿子返討探偵事務所へようこそ。
顧客:こんにちは、よろしくお願いします。

本間:本日のご相談は?
顧客:私を狙う仇持ちを探してほしいんです。

本間:返り討ちのご相談でよろしいですか?
顧客:いえ、彼女を探しだして、私を討たせてほしいのです。

本間:え……?
顧客:間違いありません。もう疲れました。この命を無為に捨てるくらいなら、最後くらいは誰かの役に立ちたい。

本間:承知しましたが、考え直してはいかがですか。
顧客:私の話を聞いてくれますか。

顧客は緊急事態宣言以降の環境変化に疲れ果て割腹を試みようとしたそうだ。刃物を探すためキッチンへ入り込んだ時に、たまたま冷蔵庫に貼り付けてあった【初回相談無料!伊皿子返討探偵事務所】のマグネットが目に入ったのだという。

彼の窮状は目も当てられないようなものであった。2020年4月の緊急事態宣言以降、外出機会が減少したことで家族仲は急激に冷え込んでいったそうだ。息子は保育園に通うことができず妻は失業、新型感染症の影響によって再就職の可能性も潰え、妻が家の中で金切り声を上げるようになるまでそれほどの時間はかからなかったという。

やがて、息子が新型伝染病に感染するが、感染症検査に殺到する健康者への対応で病院の対応が遅れ、あっさりと病没。
それでも妻を支えて生きようとするが、集合住宅の住民から感染源として突き上げを食らいアパートの退去を余儀なくされる。そして、彼は妻がベランダから身を投げる姿を目撃した。

顧客:私はもう疲れたんです。我が手を汚して守った数十万の国民に手の平を返されるとは。早く妻と息子のところへ行きたい。
本間:……可能な限りご協力させていただきますが、私から一言よろしいでしょうか。

顧客:……どうぞ。
本間:ご依頼ですので人探しはさせていただきます。それでも自ら命を投げ捨てることはおやめください。私も家族を失いましたが、彼らの無念に応えるために生き続けることができました。絶望は時間で薄まるものではありません。それでも長く生きていれば──

私はいつの間にか涙を流していた。むしろ彼の方が聞き役に徹するような型崩れの説得だったが、懸命な対話で彼が命を投げ捨てることだけは撤回させることができた。
彼も人に頼られることで新たな心の柱を確立し始めているようだった。彼の「ありがとう」という言葉に、私も探偵としての矜持を取り戻し背筋が伸びた。

本間:それでは、対象の仇持ちを検索させていただきます。可能な限りお客様の凶行の時期、対象、原因、等を教えていただけますか。
顧客:私が殺害したのは本間流忍術の党首、本間核栄とその妻子。非核三原則に反する、小型忍術核(A-BOMB)の開発を阻止するために就職浪人中に政府の密命を受け一族を殺害しました。彼らの発破技術はすさまじく台所で核融合実験を行うほどになっており野放しにすれば数万、いや数十万人の国民が──

耳の奥がキーンと鳴り響いていた。精神は離人症めいて肉体を離れ通話に相槌を打ち続ける私を斜め上から見下ろしている。彼の供述にウソ偽りはない。この男が私の家族を殺したのだ。

本間流忍術は火遁を得意とする乱破で、数世紀に渡って世界各地の爆破テロで暗躍してきた一族であることは間違いない。誰に殺されても仕方がない生き方をしてきた自覚はある。だが、そんな一族にも絆はある。家族を皆殺しにされた者はどのようにして生きればよいのか。仇討ちに縋るしかないではないか。

顧客:おそらく現在の彼女は25歳から27歳ほど。4月ごろ高輪ゲートウェイ駅で私を見つめる女性がいたのでおそらく彼女がそれでしょう。彼女に決闘の申し出をお伝え頂きたい。

様々な感情が交錯し動揺するが、いつの間にか事務所に帰って来た堀部探偵が私の肩に手を置いた。それだけで心がスッと落ち着いた。

「承知しました。決闘をお受けいたします。カメラをONにしていただけますか」
ZOOMの通話画面にスーツ姿、ひっつめ髪で涙目の女と痩せこけた蛇の瞳孔の男が並ぶ。

「佐々木様ですね? 私は本間核栄が娘、本間結菜。お探しの仇敵です。ぜひ尋常の決闘を」佐々木は驚いたように目を見開き、得心したようにうなずく。

「私は生きるためにあなたを恨み続けました。逆に言えば、あなたがこれまで私を生かしてくれたとも言えます。仇敵という間柄でもそれは生きるための唯一の縁(よすが)になり得るのです」

「……」

「決闘まで、いえ、決闘の後も決して自ら命を手放さないようにして下さい」

「……約束する。必ず、容赦なく、返り討ちにしてくれよう」

「改めて、よろしくお願い申し上げます」

そこから先はスムーズに決定した。堀部堀兵衛が立会人となり開業前の渋谷MIYASHITA PARK(東京都指定決闘場)で決闘することになった。互いに得意武器を持ちより決着をつける。そこに異存はない。だが問題は、東京都の決闘制度が感染防止のために大幅に変更になったことだった。我々は「ステップ1」の環境で決闘をしなくてはならない。

決闘開催の条件
感染症防止のためソーシャルディスタンスを維持すること。

東京都「新しい日常」ガイドラインより
ステップ0:決闘場の利用禁止
ステップ1:決闘場利用の段階的な解禁。観客席部分は使用停止
ステップ2:決闘場の利用再開。観客の入場は半数程度を目安とする。
ステップ3:決闘場の利用再開。観客席の全面使用開始。
※各段階はソーシャルディスタンス(各人間で2mの距離を維持)を維持することを前提とする。

2020年7月某日。東京都渋谷区、深夜。
7月末開業予定。旧宮下公園を改装した【MIYASHITA PARK】の目玉施設、白砂を敷き詰めたビーチバレーコート兼用の決闘場で仇敵が対峙していた。

観客はゼロ名。この場にいるのは決闘立会人の堀部探偵と都職員が数名のみ。2mの相互距離(ソーシャルディスタンス)を維持するため、決闘者の頭上に浮かぶドローンから円形のソーシャルサークルが投光されている。

ネイビーのスーツに赤いネクタイ、白マスクを装着した佐々木与四郎の得物は朱槍。彼の尋常ならざる肩幅を利用すれば射程は3mを超えるだろう。一方、パンツスーツに黒マスク、コンコルドクリップで髪を束ねた本間結菜は手元で二刀の苦無を回転させている。

「佐々木さん、マスクは外さなくて良いのですか?」
「マスクを外すと身体に障る」
「ふふっ」
「フッ」

「本間流忍術、本間結菜参る!」
「蛇崩流槍術、佐々木与四郎参る!」

マスクの着地が合図となった。

「はじめッ!」

堀部堀兵衛の掛け声が36m×19mのサンドコートに響き、クールビズ姿の都職員が太鼓が鳴らした。

二人はすぐには動かない。
必殺の一撃を叩き込むために互いの隙を探り合っていた。
決闘では強者の周りを弱者が回るとされている。ゆえに先に動いたのは忍者だった。全方位から佐々木の隙を探る結菜を狙い牽制の朱槍が繰り出される。

結菜は槍を避け・弾き・間合いを図る。本間流の猛者を皆殺しにした槍術はさすがのもので10年のブランクを感じさせないものだった。これほどの槍をすり抜けて苦無を命中させなければならない。可能だろうか。いや可能だからやるという問題ではない。仇討ちとはそういう問題ではない。殺ると決めたら殺るのだ。

ヒュンッ。ダッキングで突きを避け、忍者が間合いを詰める。佐々木が迎撃の石突きを構えるとサークルが重なり合い赤く色を変える。「ピピッ」警告音。これ以上の接近は決闘停止だ。退きながら結菜が苦無を投擲する。佐々木の正中線上、急所が並んだ位置に二発、四発、六発。

「ハイヤーーッ!!」佐々木が槍を引き戻し、節を外して回転させる。全ての苦無を弾き飛ばし、その回転の勢いで蛇行した突きを放つ。【蛇崩流七節槍】!!

結菜はジャケットの袖口から苦無をリロード。逆手持ちで槍の軸を受ける。受け手を中心に槍の節が回り込み、穂先が先が後頭部へ襲い掛かる。結菜は間一髪の前転でコンコルドクリップの破壊と引き換えに斬撃を避けるながら前転の勢いを乗せて苦無を投擲する。

一投目の苦無の真後ろに二投目の苦無を潜ませる【影打ち】によって二投目を被弾した佐々木が態勢を崩す。勝機!結菜はジャケットから苦無を全弾装填。仇敵の全方向へ回り込み三百六十度三十六発の残弾全射出が佐々木を襲う!

「やったか!?」思わず都職員が声を上げる。
「まだだ!」堀部立会員が決着の太鼓を制止する。

佐々木与四郎は生存していた。急所以外のすべてを捨てた正中線全防御。全身針鼠の与四郎が吼え「イィヤアァアア!!」朱槍の波状攻撃が結菜を襲う。

凄まじい笑貌《えがお》だ。死にたいと訴えていたカメラ越しの顔ではない。生きて帰るという約束を果たそうとする佐々木に結菜も笑みを浮かべた。

「佐々木さん」

蛇行する刺突斬打が忍者のパンツスーツを切り裂き、鎖帷子が露出する。

「これ最後の武器です」

結菜が懐から白と黒で縁取られた葉書を取り出し胸の前で構えるも、朱槍は葉書ごと結菜を貫き、忍者は白洲に膝をついた。

引き戻した槍に突き刺さった白黒葉書の文面を佐々木が見やる。

【このたびは、心からお悔やみ申し上げます。ご家族様ご逝去の悲報に接し、まだ信じられない想いでおります。佐々木様には10年間、仇として公私共にお世話になりました。本来ならば心中してでも本懐を果たすべきところ、新しい生活様式に従ったご挨拶となりそれも叶わず、誠に申し訳なく存じております。謹んで佐々木様とご家族のご冥福をお祈り申し上げます。合唱。本間流忍術 コードネーム:ユナ・ボマーより真心と火薬を込めて】

(郵便爆弾!)佐々木が文面を理解した瞬間、結菜は地に伏せ頭を庇った。お悔やみ状に浸み込んだ特殊インクが酸素に反応して燃焼を開始する。佐々木は結菜への間合いを詰めようと走り出すが、ソーシャルサークルが赤く光るとその足を止め、静かに笑った。

ドッグオオオン

くぐもった爆発音。白砂に半径1mの血の花が咲く。
両足首と生首を残して佐々木与四郎は爆発四散した。本来であれば心中《スーサイド》前提の最終忍術をソーシャルディスタンスが救った形となる。

「 本間流忍術、本間結菜、仇を討ち果たしたり!」

堀部探偵が腕を上げて宣言する。職員が決着の太鼓を打ち、医療班が結菜に駆け寄る。担架に乗せられた結菜が傍ら与四郎の首を見やると、その死に顔はどこか穏やかだった。(私もこの人のように死ねるだろうか)そこまで考えたところで、出血多量の本間結菜は意識を手放した。

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エピローグ

いつの間にか夏が終わっていた。
スーツケースを引きながら台風一過の伊皿子坂を登ると懐かしの探偵社が見えてきた。せっかく退院したというのに、またあの忌々しい探偵に復仇の礼を伝えに行かねばならない。今度はどんなトラブルに巻き込まれるのだろう、と考えながら私はその忌々しさを楽しみにしている自分に気が付く。

探偵社の前に着くと魚籃坂下からけたたましいスクーターのエンジン音が聞こえてきた。それを操るのは堀部探偵で、後方に凄まじい台数の殺気だったスパイクベンツやKAWSAKI が追いかけてきている。

帽子を押さえながら探偵が叫ぶ。

「本間ちゃん、全部バレた!!」
「えっ!?」
「逃げるぞ!後ろに乗って!!」
「ちょっと!!」

と叫びながら新調したばかりのピンク色のスーツケースを坂の下に滑らせる。回転によってスーツケースの中身が飛び散り【魚籃坂復仇探偵社】の販促マグネット散らばる。スパイクベンツがマグネットに乗り上げると、次々と連鎖爆発を起こした。

「グワーッ!」「グワーッ!」
「グワーッ!」「グワーッ!」

横転しスーパーマーケットに激突するベンツ集団を尻目にスクーターの荷台に腰かける。

「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」

横転するベンツを尻目にスクーターの荷台に腰かける。

「逃げるぞ!!」
「どこへ行きますか?」
「どこまでもだ!!」

いつになく真剣な堀部ちゃんの横顔に、私は全力で笑った。

その仇敵から まだ逃げ切れるかも しれません!

《魚籃坂復仇探偵社:殺意のソーシャルディスタンス/おわり》

安良さんにイメージイラストを描いていただきました!



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