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『発狂頭巾対黄金魔人』(偽教授黄金杯 参加作品)

本作品は「偽教授黄金杯」へ参加した作品をNoteに移植したものです。ルビ等は取り除かれています。

【この物語は】

江戸に出現した黄金魔神、偽金騒動、お金配り騒ぎ。それぞれの事件の快刀乱麻を吉貝京四郎が勘で断つ!

【登場人物】

吉貝京四郎(発狂頭巾):長屋暮らしの浪人。身なりはよく金には困っていなそうだが、どことなく目線が奇妙である。悪を察知すると容体が急変して発狂頭巾として成敗に向かう。
ハチ:吉貝の長屋メイト。危うさに満ちた吉貝を放っておけず事件に巻き込まれること多数。
大黒屋佐渡石見:幕府や大名家に対しても貸し付けを行う新興両替商。

【用語解説】

発狂頭巾:昭和~平成で散発的にシリーズが放映されてきた時代劇シリーズ。数々の大物俳優が主演を務めてきたがその歴史からは抹消されている。
火付盗賊改:盗賊と放火対策に特化した江戸の防衛隊。

 ◆零◆

「母ちゃん母ちゃん」
 ろうそく一本だけが灯る薄暗い長屋で少年が母親に縋り付いていた。元より体が弱かった母親は重労働がたたり倒れ、今では床に伏して死を待つばかりである。

「チクショウ、金さえ、金さえあれば!」

 少年は世の中を呪った。金、金、金、である。
 金満政治に満ち溢れたこの世界では、人命より金が尊重される。目の前で僅かな薬代が足りずに倒れている母を誰も助けようとしなかった。

「坊や、金を恨んではなりません。金こそが、金こそが私たちの……」

 母は逝った。
 少年は慟哭し、幾重にもこの世を呪った。
 母が運び出された後、少年は母の枕の下には使われないままの一両小判が残されているのを発見した。

【残り一両】

 ◆一◆

 ――江戸時代。
 徳川家による数百年の治世は日本史でも有数な平穏な時代として知られている。だが、それは戦争や戦乱がなかったという意味であり、市民生活は決して穏やかなものではなかった。高い人口密度、経済格差による搾取、都市化する犯罪、腐敗した政治、市民はいつも苦しんでいた。そんな狂った世の中を正義の刃で推して参る、浪人・吉貝京四郎、人呼んで発狂頭巾である。

「大変だ!大変だ!旦那!」

 品川宿はずれの長屋にハチが駆け込んできた。いつものように「大変だ大変だ」と叫んでいるが、この男に限っては、それが本当に大変だったことは少ない。どうにも大げさな男なのである。ハチは遠慮なく、長屋の一室の前に立ち、障子戸を遠慮なく開け放つ。

「吉貝の旦那!」と、いつもなら大声をあげるところなのだが、ハチは思わず息をのんだ。彼が敬愛する浪人・吉貝京四郎が紋付袴の正装で身なりを整えていたからだ。

 この吉貝京四郎、普段はよれよれの着流し姿で江戸八百八町を徘徊していることで知られている。擦り切れて白みがかった紺色の着流しは裾や袖が擦り切れており、いかにもみすぼらしい姿なのだが、吉貝は「ハチよ、知らんのか。これはダメージ加工というのだ。擦り切れた着流しを源内先生にところへ持ち込むと新しい着流しに交換してくれる。源内先生は、その着流しを酔狂な若者に売りさばき大儲けしているそうだ。江戸でウィン・ウィンというやつだな」とハチには理解できない言葉で説明をしてくれる。

 ハチは、そんな酔狂そのものの吉貝を敬愛しているが、内心(この旦那はひとりじゃまともな生活ができねえ、俺がついていてやらねえと)と憐れみを感じ、側仕えをしているのである。そして吐き出される言葉は、いつも「旦那、お大事にして下せえ」の一言である。

 その吉貝京四郎が、シャンとした身なりに身を包んでいた。
 身の丈が六尺(180cm)を超える偉丈夫が、黒一色に家紋を染め抜いた紋付袴を身にまとえば、それはもう、旗本の御大身にしか見えない立派なものである。整った顔立ちや気品のある佇まいは、長屋連中は(どこぞの大名家の御曹司なのでは?)と噂をするほどだが、定まらない視点が全てを台無しにしている。

 吉貝は、むっつりとした表情で総髪に櫛を入れるとハチに声をかけた。

「ハチ、どうした静かじゃないか」
「旦那、どうしたんですか、すっかり男前になっちゃって」
「ちと野暮用でな」
「オンナですか? 俺というものがありながら……」
「なんでも御公儀からの呼び出しらしい」

 吉貝自身も首をかしげながら、江戸城へ向かって長屋を出て行ってしまった。
 ハチはそれを見送りながら、その背に染め抜かれた家紋に目をやるが、目が滑り、その形状を認識することが出来なかった。


 ◆二◆

 夕刻、吉貝が駕籠で長屋に帰って来た。その駕籠は四人の担ぎ手が支える大名仕様の極長乗物(リモ)である。よほど大きな用件に出向いたらしい。リモの後からついてきた小物が十箱の千両箱を長屋に置いて去っていった。

「旦那、おかえりなさい。夕餉は?」
「済ませてきた」

 吉貝が紋付を脱ぎ捨てるとすぐさまハチがキャッチして衣紋掛けにセットする。足元にはきれいに畳まれた襦袢が用意してあり、吉貝が土間で足を洗う間にハチが器用に着替えさせていく。

「今日はいかがでしたか?」
「松っちゃんにあったよ」
「松ちゃん?」
「松平信綱」
「うへえ、勘定奉行じゃないですか」

 一向に要領を得ない吉貝の説明をハチなりに整理するとこういうことだった。

 近頃、市井に流通する小判の品質が下がっているとい噂が流れている。混ぜ物が加えられた品質の低い小判は使用できなくなるという流言が広まり、人々は悪貨を用いて良貨を懐にため込むようになった。つまり、不況の兆候が出始めているということだ。

 だが、幕府直轄の金座で生産される小判の品質は保たれており、勘定奉行・松平信綱は、市井の両替商らが偽金を流通させているのではないかと疑念を抱いた。そこで、自由奔放で知られる吉貝京四郎に小判を預け、無法に使ってもらうことにより、閉塞感を打開、小判の質を知らしめてもらおう、そういう計画なのだという。

「というわけで、俺たちにどんどん小判を使ってほしいということだ」
「ははぁ、お偉いさんの考えることはよくわかりません」
「明日にでも小判をばらまいてみようと思う。ハチ、手伝ってくれるか?」
「へぇ、そりゃもう喜んで……おっと旦那、忘れてた」
「なんだ」
「昼間の用件なんですがね、材木河岸で乞食が殺されていたんで」
「ふむ」

 ハチは、材木河岸での出来事を語った。
 河岸で筵を広げて小鉢を並べて平伏していた乞食が声を聴いたらしいんです。

「金が欲しいか?」という声が徐々に近づいてくる。「もちろんだ」と乞食が答えると「ならばくれてやろう」と声が答えて、チャリンと小判が投げ込まれたそうです。
「へへえ~」と平伏した状態から額を地につけ拝もうとすると、さらにチャリンと小判が投げ込まれた。「ありがたや」と乞食が平伏すれば「もっとか?もっとか?」と声が聞いてくる。

 さすがの乞食も怖くなってきた。返事をすればいくらでも小判が降って来る。もしかして、モノノケか妖怪の類か?思わず顔を上げてしまったんですね。するとそこにいたのは黄金の仮面を被った魔人だったんです。

「ひえええ」っと悲鳴を上げて逃げようとしても、もう遅かった。黄金魔人は手の平から次々と小判を生み出して乞食を押しつぶしてしまったそうです。

「朝方、乞食は小判に押しつぶされた姿で発見され、小判は駆け付けた町民に持ち去られました。もしかして、旦那への依頼と何か関係があるのでは……」

 語り終えたハチは、吉貝の顔を見たが、吉貝はすっかり飽きて天井のシミの数を数えている。

「ふーん」

 吉貝はそう言い残すと横になり、さっさと寝た。異常に寝つきが良いのが吉貝の良いところなのだが、寝ているときも目は見開いているし、奇妙な寝言をハッキリと叫ぶので、ハチは旦那のそういう悪癖を恐れていた。

『日本列島改造論!日本列島改造論!』

 ハチは、さっそく始まった寝言攻勢から目を逸らしながら「旦那、お大事にしてくだせえ」とつぶやくと、土間に積み上げたままの千両箱に目をやり、ため息をついた。

【残り一万両】

 ◆三◆

 翌朝から吉貝とハチは江戸に金をばらまき始めた。さすがに小判をばらまいたり投げつけるのは気が咎めるため、団子を食っては一両、そばをすすっては一両、と多めに支払うことで残金を減らしていった。だが、その順調さは長くもたず、さすがに腹がいっぱいになってきた。

「旦那ぁ、もう何も入りません」
「そうだなあ」

 そういうや否や、吉貝は茶屋の主人を呼びつけると懐の小判を見せつけ、勘定は全て持つから好きなだけ食わせてやれと言いつけた。
 それには茶屋の主人も是非もなく茶屋は食べ放題飲み放題と化した。

【残り九千九百九十両】

 吉貝とハチの行くところは酒池肉林の宴と化した。軒先で吉貝がチャリンと懐を鳴らせば、その店は食べ放題となった。やがて江戸の町民は吉貝を先頭の大行列を形成し、丘場所も吉原も関係なく行列は通過して江戸中を好き放題に散らかしていったのである。

【残り八千五百両】

 この様子を見て歯軋りをする男がひとり。両替商・大黒屋佐渡石見である。巨漢の商人は大黒屋本店の屋上から喧騒を見下ろし叫んだ。

「ぐぬぬ!なんだあの男は!せっかくの悪貨で良貨を駆逐する大作戦が台無しではないか!」

 大黒屋の作戦はこうだ。
 両替を通じて江戸で流通する小判をすり替え品質を落とす。評判の落ちた小判を買い叩き両替で大黒屋の独自通貨である大黒屋札に置き換える。全ての町民や幕府までもが大黒屋の支配下に落ちる。そして集めた金は……

 そのような作戦が、あの訳の分からない無法な金の使い方によって破壊されたのだ。

「ぐぬぬぬ!!あの浪人め、許さん!!」

 大黒屋の密命を飛ばすと、屋上に控えていた影が四方へ飛び去った。

【残り六千五百両】

 ◆四◆

 深夜、吉貝の枕元に立つ影が四つ。大黒屋の刺客である。四人は顔を見合わせると掛け布団をめくり、寝息を立てる吉貝の顔をあらためる。

「ウワッ」「グワッ」

 四人中二人が悲鳴を上げた。それもそのはず。目を向いた吉貝と目が合ったのだ。だが、プロの刺客はギリギリでパニックを起こさずに耐えた。

 よく観察すると吉貝は目を見開いたまま寝息を立てているのだ。驚く必要はない。四人は平静を取り戻し頷き、小刀を抜き逆手に構えた。そのとき

『Good Sleep』『Good Sleep』

 吉貝が大声で明瞭に英語を発音したのである。

「ウワッ」「グワッ」「ヒャッ」

 流石の刺客たちも四人中の三人が悲鳴を漏らした。刺客たちは吉貝の悪癖を知らない。無理もないことだった。ちなみに「Good Sleep」とは深い睡眠を意味するオノマトペ「グッスリ」の由来である。吉貝の夢の接続先については謎が多い。

 四人は認識を改めた。この浪人は目を見開いたまま眠り明瞭な寝言を繰り返すだけのただの無防備な男だ。落ち着けば簡単に殺せる。四人は小刀を逆手に構え、息を合わせて布団に突き刺した。

「ウワッ」「グワッ」「ヒェッ」「ウグッ」

 その刹那である、布団から跳ね起きた吉貝の逆立ち回転蹴りが四人のアゴを砕いたのだ。長屋の四方の壁に叩きつけられる刺客たち。

 吉貝は跳ね起きた反動で仰け反りながら後方に二回転して刺客の一人目に後方蹴りを見舞う!

「オゴッ」吐瀉物を撒き散らしながらノックダウンする刺客甲! 蹴りの反動で吉貝は対角線に飛び、『どすこい!』頭から刺客乙に激突!

 刺客丙がかぶりをふって視線を上げると、すでに刺客丁が吉貝に捕まっていた。脇の下で頭部を挟むヘッドロックの形である。丁が悲鳴を上げる!吉貝が絞る!悲鳴を上げる!絞る!悲鳴!絞る!絞る!絞る!

 静まり返った長屋を背に刺客丙は逃げ出していた。お父さん江戸は怖いところです。長崎に帰って蘭学を再開します。この時、吉貝が取り逃がした刺客が縁となり、吉貝とシーボルトは親交を結ぶことになるのだが、それはまた別のお話し。

 三人の資格を蹴散らした吉貝は、再び布団に潜り二度寝を始めた。

『ゼット!ゼット!ゼット!ゼット!』

 騒動を聞きつけた長屋に人々が集ってきた頃には、吉貝は完全に熟睡していたという。

【残り六千五百両】

 ◆五◆

 度重なる大黒屋の襲撃は効果を発揮しなかった。とにかく吉貝が強いのである。真正面から切り込めば討ち取られ、暗殺を仕向ければ見破られる。壁の中に隠れて機会を狙っていた暗殺者のひとりは壁に対してずっと顔を向け続ける吉貝の視線に耐えきれず、何もしないまま実家に帰った。

「ぐぬぬぬぬ!かくなる上は!最終兵器を!!」

 大黒屋本店地下室でひとり怪気炎を上げる大黒屋佐渡石見。そこへ「そこまでだ!」勘定奉行の目付けが踏み込んできた。

「両替商・大黒屋佐渡石見!江戸を騒がせる小判騒動の証拠は上がっておる!神妙に縛につけ!」

 勘定奉行は吉貝らを泳がせている間に不審な行動を起こす商人を見張っていたのである。事前情報を集め、大黒屋が本店に居る時期を狙って襲撃日を決定、満を持しての完璧な踏み込みであった。ただひとつ、黄金魔人の情報が漏れていたことを除けばの話だが。


 時間は少しさかのぼる。
 大黒屋本店を見下ろす丘の上、茶屋の二階で長居している吉貝京四郎とハチの姿が見える。煙草盆を引き寄せながら風景を見下ろす吉貝。その視点は大黒屋本店を見つめている。

【残り五千両】

 大黒屋本店を見下ろす丘の上、茶屋の二階で長居している吉貝京四郎とハチの姿が見える。ハチは三色団子にかじりついている。煙草盆を引き寄せながら風景を見下ろす吉貝。その視点は大黒屋本店を見つめている。

【残り四九九九両】

 大黒屋本店を見下ろす丘の上、茶屋の二階で長居している吉貝京四郎とハチの姿が見える。日が傾き、ハチは座布団を二つ折りにして横臥している。煙草盆を引き寄せながら風景を見下ろす吉貝。その視点は大黒屋本店を見つめている。

「ムッ」

 ふいに吉貝がうなった。とっさに飛び起きたハチだが、特に何も起こった気配はない。

「旦那、どうしたんで」

 ちゅどおおおおん

 まず閃光が、やや遅れて振動が走った。
 大黒屋本店から火の手が上がっている。
 吉貝は膝を立てて立ち上がる。刀を手に取ると「ひらり」と二階から身を投げて大黒屋本店へ駆けていった。

「うへえ!!」

 ハチが驚きの声を上げたのはその後である。ハチは慌てて勘定を済ませて吉貝を追う。

「旦那、旦那、大変だぁ~~!!」

【残り四九九八両】

 大黒屋本店地下室を吹き飛ばし、出現したのは黄金の仮面をつけた魔人であった。

「やれ!黄金魔人!」

 大黒屋の命令に反応し黄金魔人が右腕の先端から黄金の小判を射出する。右腕に内蔵された特殊鋳型で成形されたばかりの赤熱した小判が目付達を打ち抜き発火させていく。

「うわっ」とも「ぎゃあ」とも判別がつかない声で焼き焦がされ転げまわる侍の群れが火の手を延焼させていく。大黒屋本店は火の海と化した。

 火の海の中心に居るのは黄金魔人と大黒屋佐渡石見。彼らを取り囲んだ目付の第一陣はすでに壊滅し、店舗の外に待機していた火盗改が応戦を開始していた。

「やれ!」

 大黒屋の命令に反応し黄金魔人が左腕を打ちふるうと先端から溶鉄が溢れだし、赤熱した鞭となった。火盗改が構えた防火大盾が溶断され火盗改の前衛がむき出しとなり、そこに赤熱小判が降り注ぐ。火属性防御に特化した火盗改といえども、さすがに押されて後退を始める。このままでは、江戸中が火の海と化してしまう!!

「ぐはははは。さすが平賀源内工房製・アマルガム溶鉄弾だわい!」

 溶鉄の充填を終え、黄金魔人が左腕を振り上げる。再び溶鉄の鞭で包囲を切り崩すつもりだ。

 その時である、大黒屋本店の塀を乗り越えて大跳躍で黄金魔人に切りかかる影があった。黄金の左腕を一閃、標的を外した溶鉄の火線は、遥かに離れた火の見櫓を切りつける。

「何奴じゃ!」

 大黒屋が気炎を揚げる!!
 炎上した家屋の逆光の中、三点着地した着流し姿の侍のシルエットが立ち上がる。
 その姿は、すらりと高い身長と一本差しの刀、その顔は、紫の頭巾に覆われている。

「大黒屋佐渡石見、いや大久保佐渡石見、江戸中を恐怖に陥れる贋金作戦、もはや見過ごせん」

 頭巾の侍は刀を顔の横で八相に構える。その姿を見て、佐渡石見は市中の噂に思い至った。市民が苦しむところに現れる、頭巾をかぶった狂人がいるという。くだらぬ噂だと思っていたが……

「貴様は、発狂頭巾!!」

 黄金魔人を侍らせる大久保佐渡石見に対して、発狂頭巾が、鋭い眼光で睨み付ける。佐渡石見の顔の少し左側のちょっと後ろの方を。

「佐渡石見、お母さんは心配してるぞ!」
「な、なにを、いきなり、この狂人め!!」

「狂人だと……?
 狂うておるのは
 狂うておるのは
 貴様の方ではないか!」

 カァァァァン!!
 火の見櫓が炎上崩落し、奇妙な音を立てた。

 ◆六◆

 「発狂頭巾の旦那!やっちゃってください!」
 「ぐぬぬぬぬ。このキチガイめ!!黄金魔人よ!始末してしまえ!」

 佐渡石見の号令で黄金魔人が右腕を振るい成形小判を射出する。シュババババ、その鋳造速度は一分間に60枚。だが、発狂頭巾は後退することなく上半身をくねらせる奇妙な体捌きで全弾回避!!

「くそっ!なぜだ、なぜ当たらぬのだ!!」
「へん、旦那はいつも雨粒を避けて移動してるんだ、それくらい朝飯前さ!」

 黄金魔人がアマルガム溶鉄を左腕から湧出させ、液状の鞭が発狂頭巾を襲う!だが、その起動を予知したかのようにひらりと身をかわす発狂頭巾。

「馬鹿な!液体を避けるなどと!!」
「なんで?旦那、なんで避けれるの!?」

「勘」

 溶鉄の着弾地点に残像を残しながら、黄金魔人の懐に入り込んだ発狂頭巾は刀を垂直に振り上げる。

 左腕溶鉄射出アームを切り上げ切断。
 黄金魔人の仮面を水平切断。
 右腕アームキャノンを切り下げ切断。
 黄金魔人腰部を水平に切断。

「必殺・卍斬り」

 チン。吉貝が懐紙で溶鉄を拭い、刀を収めた瞬間、黄金魔人の仮面が落ちた。
 その素顔は、何十年も前に死去し、お家断絶となった反逆者・大久保長安その人の遺体であった。一瞬後、黄金魔人の身体を巡るアマルガム溶鉄が行き場をなくして大爆発を引き起こした。

【大久保長安】
甲斐武田出身の徳川家家臣。金山開発の才能を見込まれ重用されたが、黄金を背景にした権勢を恐れた幕府によって謀殺。一族は根絶やしにされた。

「お父ちゃん……」
 佐渡石見がこぼした言葉を聞き取ったのは発狂頭巾・吉貝京四郎のみであった。

【残り四九九八両】
 
 この事件は、大久保長安の隠し子である大久保佐渡石見(本名)が長安の名誉挽回を期して画策した金融テロとして処理された。大黒屋は取り潰しとなり、大黒屋が集めた隠し金を接収した徳川幕府はますます栄え、数百年の安寧の礎となったことを知るものは少ない。

 大久保佐渡石見は火災の混乱に乗じて方位を逃れた。奉行所が全力で追跡をしているため捕縛は時間の問題だろう。

 勘定奉行から預かった軍資金の未使用分はそのまま返却された。松平信綱公からは「京ちゃん、ちょっとやりすぎ」と小言を吐かれたが吉貝はどこ吹く風である。

【残り三十両】

「ハチよ、岡場所通いは、ほどほどにしておけよ」
「ははは、何のことだか」
「ハチ、経済感覚が壊れたら転落するのは一直線だぞ」
「……はい」
「ハチ、博打で取り戻そうとしてもダメだぞ」
「はい」
「ハチ、分かっているのか」
「はい」

 そして、吉貝京四郎は、虚空に向けてウィンクをした。

【残り零両】

 ◆七◆

 大久保佐渡石見は、足を引きずりながら人気のない森を歩いていた。当時の目黒といえば江戸の外れであり深い森は姿を隠して潜伏するにはうってつけといえた。

 ずりっずりっと獣道を歩く。懐に残ったのは母が最後まで手をつけなかった、この小判だけだった。この一両さえあれば、俺は何度でも甦る。母ちゃん、母ちゃん、俺は父ちゃんと母ちゃんを苦しめた幕府の奴らを許せねえよ。佐渡石見は歩き続ける。すると森の手前に粗末な小屋を見つけた。

【残り一両】

 佐渡石見は、室内に潜り込む。このような小屋でも追手から姿をくらますことくらいはできるかもしれない。そのように考えてのことであった。

 だが、小屋の中で彼は見た。床に伏せた母に縋りつき泣く少年の姿を。佐渡石見は少年に声をかける。

「おっ母さんの具合が悪いのかい」
「うん」
「おめえは飯は食ってるのかい?」
「うん、母ちゃんが俺にだけ食わせて、自分は良いからって」

 佐渡石見は懐の小判を握りしめる。しばらくそのままの姿勢で立ち尽くす巨漢を見上げて少年は不思議そうな顔をしている。男は嘆息して、懐から一両小判を取り出し、両手で少年の手に握らせた。

「いいかい、これで薬を買いなさい」
「うん」
「それと、おじさんの後から奉行所の人が来るから、おじさんが行った方向を教えてあげるんだよ」
「うん」
「奉行所の人の言うことを聞けばご褒美をもらえるからね」
「うん」

 佐渡石見が足を引きながら小屋を出ようとすると、少年に風車を手渡された。少年の宝物なのだという。

【残り零両】

 その後、大久保佐渡石見は捕縛に抵抗し追手に討たれた。大商人の姿とは思えぬ、見苦しい必死な抵抗であったという。佐渡石見が討たれた丘に突き刺さった風車に吉貝は摘んだ花を供える。そして、懐から数枚の小銭を投げ落とした。

「旦那、行きますよ」
「うむ」

 去り行く二人とすれ違うように目黒の丘陵を風が撫で、風車が小さく音を立てた。

【残り六文】


『発狂頭巾対黄金魔人』おわり


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