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『秘境駅のクローズド・サークル』ここだけのあとがきのようなもの

 理想的なミステリ短編ってなんでしょう。
 もちろん、人それぞれ様々な理想があるはず。具体的に挙げるなら、シャーロック・ホームズ、ブラウン神父、泡坂妻夫、連城三紀彦etc。ですが、書き手として自分がそういったタイプの作品――レベルの差はさておき――を書けるのかといえば、どうにも自信がない。
 短編小説は、引き算の美学です。長編小説を幾層にも色を塗りこめる油絵だとすれば、短編は水彩画、あるいは水墨画でしょう。
 で、僕はというと、明らかに油絵タイプ。短くなればなるほど不得手、という意識があります(なので一番不得手なのはタイトル……というのはまた別の話)。
 そんな僕が、ノンシリーズの短編集を出すことになりました。不得手、なんて言っている場合ではありません。みなさんに楽しんでもらえる、僕なりの短編ミステリを書きたい。
 そういうときに考えたのが、構造のことでした。物語の典型的な構造といえば、序破急と、起承転結です。短編小説はどちらかといえば、序破急であることが多いでしょう。切れ味の鋭さ、引き算の美学ですから、シンプルな構造になるのは当然です。
 しかし、今回『秘境駅のクローズド・サークル』に収録された作品は、すべて起承転結で構成された物語です(厳密に言えば「ボールがない」は、細かな転がたくさんある起承転転転転転結、という感じですが)。
 謎があって、捜査やディスカッションがあって、真相、という序破急ではなく、謎があって、捜査およびディスカッションがあって、別の事実が判明してまたディスカッションがあって、真相、という構造を取りました。
 ミステリの醍醐味(のひとつ)って、推理とディスカッションだと思うんですよね。なぜかたった一球足りないボール、衆人環視の手掘り温泉に突如現れた死体、幼少期に別れた父親から届いた謎のメールと写真、奥さんと間男しかいない家で殺害された夫、秘境駅という特殊なクローズド・サークルで起こった殺人事件。
 そういう不可思議な状況を前にして、登場人物たちがああでもないこうでもないと推理――というより、推理未満の可能性の列挙――をしていたら、探偵役が冴えた推理を披露し、意外なところから真相がひょっこり顔を出す。
 特殊設定はありません。叙述トリックもありません。凝った動機もありません。推理とディスカッション、ロジックがたくさんあって、ときどきトリックもあります。そういう「騙しなしのただのミステリ」です。
 あまり「ミステリか小説か」で分けるのは好みではない、と断ったうえであえて使いますが、前作『ネクスト・ギグ』は、ミステリ:小説の割合は5:5ぐらいのつもりでした(小説、を、音楽、に置き換えるとより伝わるかもしれません)。しかし同時に、自分がこれ以上小説の割合を増やした作品を書くことはないだろう、とも思っていました。
 もちろん、高い評価をいただくことのできた『ネクスト・ギグ』のような、ミステリと小説が不可分に結びついた5:5の作品は今後も書いていきたい。しかし、0:10はもちろん、3:7、4:6の作品を書くこともないでしょう。
 で、『秘境駅のクローズド・サークル』です。自分の中ではミステリ:小説の割合は、9:1です。

 理想的なミステリ短編ってなんだろう、理想的なミステリ短編集ってなんだろう。答えはいろいろ、あると思います。
 短編集であるがゆえに、五通りの謎とディスカッション、推理と真相が楽しめる。起承転結の厚めの構造に、ディスカッションと推理がいっぱいに詰まった一冊。それも、ひとつの答えではないでしょうか。
 どうか、読者のみなさまにとって『秘境駅のクローズド・サークル』が、そんな一冊になりますように。ただただミステリの楽しみを味わっていただけますように。
 作者にとってそれ以上の願いはありません。

 ここからは、各短編の裏話的なお話を。

「ボールがない」

 『放課後探偵団』に収録された経緯はあとがきに書いたとおりですが、そのあたりをもう少し詳しく。依頼があったのは2010年5月後半、という日付がなぜすらすら出るかというと南アフリカW杯がその年の6月にあったから(笑)1ヶ月、という締切と戦いながら、W杯をテレビ観戦していたのはいい思い出ですw(今年のW杯も勝手に盛り上がってるので静観しててください)
 そのとき「文化系が多いから体育会系にしよう」と思ったのはあとがきの通り。経験のあるソフトテニス部と迷ったのですが、体育会系らしさ、を楽しんでいただくなら、野球部でしょう。 また、他の執筆陣のお名前を聞いて、逆に「揃えないと」と思ったのは読後感です。
 『放課後探偵団』というタイトルからも「読者は嫌な話ではなく、青春の甘酸っぱさを求めているに違いない」と考えました。結果的に読みは当たり、甘酸っぱい味わいの作品の並びを梓崎さんがほろ苦く締める、という素敵なアンソロジーに仕上がりました。ご好評のおかげで『放課後探偵団2』も出たほど。
 かなり前の作品で、文章の書き方も当時とは変わっており、あれこれ手を入れかけましたが、結局、最小限にとどめました。逆に、今となってはもう書けない文章だろう、と。

 しょうもないこぼれ話を一つ。野球部の話を書くにあたって当時の同僚の元野球部(兵庫県大会でベスト8まで行ったんだったかな?)の方にいろいろ話を聞いたんですが。「ボールがない」を読んで、一言。 「ここ、おかしいぞ?」
 ツーアウト一塁からバンドはせえへんやろ、と。おっしゃる通り。あちゃー、となって第二版からは直してもらいました(もちろん今作でも直っています)。 野球が分からない人にはなにが問題なのか分からないでしょうが(笑)もし『放課後探偵団』初版をお持ちの方がいれば、確認してみてください。

「夢も死体も湧き出る温泉」

 あとがきに書いたとおり、「秘境駅のクローズド・サークル」を受けて書いたもので、兄弟編のような作品です(名探偵役のキャラが似ている気がする……という点は、読者様の想像にお任せします)。
 はじめは、秘境温泉を舞台にしたクローズド・サークル物にしようと考え、実際にプロットまで立てていました。しかし、一冊の中で秘境駅と秘境温泉が続くのもなあ、と悩んでいたところ、逆に衆人環視の手掘り温泉に死体が現れるとしたほうがいいのでは、と思いつき、この形になりました。
 特にモデルとしたわけではありませんが、富山県宇奈月温泉、延対寺荘でのひと夏のリゾートバイトの体験は、本作を書き上げるうえでとても参考になりました。自分自身、旅行好き、温泉好きですので、この作品を読んだ読者の方に「温泉行ってみたいな」という気持ちになっていただければ幸いです。

 ここからは、裏話というよりリゾートバイトの思い出話を。任された主な仕事は、まずは各部屋への茶菓子等のセッティング。蘭亭、という新館を担当してたんですが、これがめちゃくちゃいいお部屋でして。いつかこんな部屋に泊まりたいなあ、と夢想したものです。
 それから、夕食の大レストランでの配膳。延対寺荘って料理旅館でして、まあこれが美味しそうなこと。なんせ、そのフロアで天ぷらを揚げて、揚げたてを配膳してましたからね(その分、天ぷらを持っていくタイミングが難しかったのですが)。たまーに残り物をいただいたんですが、ほんと美味しかった。
 特に感動したのが、白エビの刺身でした。もともと甘エビはどちらかというと得意ではないんですけど、これは別!めちゃくちゃ美味しかった!駅前のお店で食べた白エビのかき揚げも美味しかったなあ。。。現地に行った際は、ぜひ。
 お疲れ様会も兼ねて、と女将さんには焼肉を奢っていただいたり(だから作中に焼肉屋が出てきます)、最終日に朝食バイキングを食べさせてもらったり、とてもお世話になりました。その恩返しも兼ねてこうして紹介しています(笑)よければぜひ、宇奈月温泉延対寺荘へ。

「宇宙倶楽部へようこそ」

 2008年、第五回ミステリーズ!新人賞に応募した作品が原型です。ちなみにこのときの受賞が梓崎優さん、佳作が市井豊さん、と後に『放課後探偵団』でご一緒させていただいた二人、という縁も。
 学生時代天文部に所属していたので、天文部を舞台にした話を書けないかとは以前から考えていました。あるときふと目に留まったのが、「モーニング」で連載が始まったばかりの『宇宙兄弟』。「宇宙〇〇」っておもしろいな、と思った瞬間このタイトルが浮かび、これで天文部物を書こう!となったのです。
 ちなみに、『宇宙兄弟』の連載スタートが2007年12月、ミステリーズ!新人賞の締切が翌年の3月末。アニメ化や映画化よりも早くそのおもしろさに注目していたんだ!というプチ自慢です(笑)(ただ天文好きだから注目していただけですが)
 数ある天文ネタの中で、○○(深刻なネタバレではありませんが一応伏せます)を選んだのは、当時は真新しい現象だったから。今ではすっかりポピュラーになりましたね。なお、倉敷科学センターの三島和久さんから、貴重なお話をいただきました(この名前だけで分かる人には分かる)。

 その後、改稿の上「ミステリーズ!」vol.60に掲載されました(今度は有栖川さんの江神シリーズ新作とともに掲載されるというご縁)。このとき、イラストレーターの庭さんに素敵な扉絵を描いていただいたのですが、今では人気漫画家、紀伊カンナさんとしてブレイクしていて、びっくり!
 基本的にこのときの原稿が『秘境駅のクローズド・サークル』に収録されているのですが、内容において大きく変えた点がひとつ。冒頭に、プロローグのような過去を振り返るシーンを追加しました。それは、作中年代が2010年であることをはっきりさせるため。
 単行本収録を機に現代に書き直すことも検討しましたが、先に書いたとおり、作中の現象はすっかりポピュラーなものとなり、2022年の天文部員にとっては謎ではありません。また、パソコンやスマホといった環境の変化も作品に大きな影響を与えることから、作中年代を2010年のままとしました。
 ただその結果として、少し懐かしさを感じさせる演出となり、それは作品のトーンともうまく合致したのかな、と思っています。古林くんと同年代の読者の方に、ノスタルジーを覚えていただければ幸いです。
 ノスタルジー、で思い出したネタをひとつ。作中で明言はしていませんが「宇宙倶楽部へようこそ」の舞台は辻堂、茅ケ崎、平塚といった湘南あたりのイメージ。関東近郊でまあまあ都会で海が見える光景がほしかったんですよ(笑)

自宅付近から撮影した作中現象の写真

 「宇宙倶楽部へようこそ」は、本当はシリーズとして一冊にまとめることを目論んでいたんですが(実際何作か書いています)、読んでいただければ分かる通り、第一話がなかなか「大きい」話でして。それに負けない最終話がどうしても思いつかず、断念してしまいました。
 ただ、今になってみれば「こういう処理の仕方もありだったのでは?」というアイデアが、ないこともない。もし今作が好評であれば、シリーズ化計画が再び動き出す可能性も……なくはない、と思っていますので、みなさまからの熱い要望をお待ちしています(笑)
 

「ベッドの下でタップダンスを」

 今までは「こんな実体験が元になっていて~」という感じで話をしていましたが、そういうわけにはいきません(笑)仮に実体験があったって、そうは言えない(もちろん、ないですよ?)
 浮気男(主人公)と旦那がベッドを挟んで攻防していたら、旦那が死んでいた。おもしろそうな謎を思いついた、と思ったものの、そこから真相をひねり出すのには苦労しそうだぞ、とも。どう考えても、容疑者は奥さんしか存在しえませんからね。結果どうなったかは、読んでいただいた通り。
 ダブルベッドだと逃げ回るのは難しそうだし、かといってキングサイズだと真ん中に横たわっているだけで手は届かなさそう、ということでクイーンサイズのベッドに。おかげで、布団派であるにもかかわらずベッドのブランドやサイズに詳しくなりました(笑)
 タイトルについて。作中状況を表すコミカルな言葉がないかな、と考え「ベッドの下でタップダンスを」というタイトルが生まれました。初稿ではこの言葉に絡んだセリフもあったのですが、ちょっとしつこいなあ、とカット。でも、言葉の雰囲気は作品にぴったりなので、タイトルはそのままになりました。

「秘境駅のクローズド・サークル」

 鉄道マニア、と名乗れるほどではありませんがもともと旅行好き、鉄道好きの乗り鉄でして。コロナが流行り始め「旅行」の肩身が狭くなりつつあった2020年3月、僕は四国を旅していました。
 ぼんやり車窓の風景を眺めていると、駅に停車していたはずの列車が、それまでの進行方向とは逆に進んだのです。
「おっ、スイッチバックか」
 と思い駅名を調べ、たどり着いたのがこちらのデイリーポータルの記事です。

 純粋に記事としてとても面白いので、みなさんぜひどうぞ。また、YouTubeには鉄道ファンによる坪尻駅訪問動画も多くアップされていますので、それらと合わせて本作を読んでいただけると、よりお楽しみいただけるのではないかと思います。

 話を戻して。秘境駅、なる存在はもちろん知っていましたが、それが四国にもあるとは思っていませんでした。そのとき「秘境駅をクローズド・サークルの舞台にすればおもしろいんじゃないか?」というアイデアが降ってきたのです! それがそのまま、本作のタイトルとなりました。
 はじめは架空の秘境駅を創造しようかとも思ったのですが、いや、作品化の手間はかかっても実在の駅のほうが面白かろう、と考えを変えました。また、牛山隆信氏の『秘境駅へ行こう!』(小学館文庫)を参考に駅の候補を考えましたが、結局着想の元となった坪尻駅へ帰ってきました。
 しかし、実在の駅を舞台にした鉄道ミステリは大変でして。主人公たちの乗り換えの行程や駅周辺のことなど、校正さんにはとても綿密にチェックをしていただきました。一番驚いたのは、以前は国道だった道が今は県道になっていたこと。そこまで調べていただき、頭が下がります。ありがとうございました。
 ただ、こちらの牛山氏のサイトを見ていただければ分かる通り、全国にはまだまだ他にも魅力的な秘境駅が存在します。ひょっとしたら次のノンシリーズ短編集に坪尻駅以外の秘境駅を舞台にしたミステリが収録される……かも、しれません。

 また、本作の動機については、賛否が分かれるかもしれません。しかし、先に書いた通り、『秘境駅のクローズド・サークル』は「ミステリ:小説の割合は、9:1」というつもりで編んだ短編集です。純粋なパズルミステリに、果たして動機は必要なのか。そんな思いもあって、この形となりました。

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