金魚を見る男


 人の魂は21gらしい。
 死んだ人の身体は21gだけ軽くなるから、その抜けた分が魂だと言われているのだ。
 ならば僕の目に見えるものの重さは21gなのか。

 僕には昔から魚が見えた。
 海や川だけじゃなく、陸を歩いていても宙を浮いている金魚のように赤い魚が見えるのだ。
 触ろうとしても触れない。
 それはただそこにいる。
 夜、歩いていて、星が見えないような日でもきらきらと、この世ならぬ月の光を反射して光って見えるのだ。
 物心ついた時から僕にとっては宙を浮く魚が見えるのは当たり前だったから、他の人には見えないと知った時は驚いた。
 世界がそういう風になっていないのなら、これは何なのだろうか。
 色んな人に聞いてみても納得のいく答えはもらえず、僕はおかしなやつだと思われてもつまらないので、魚のことを次第に口に出さなくなった。
 ある時、道路で猫が車にはねられて死ぬ瞬間を見た。
 田舎だから潰れた猫の死体なんかは何度か見たことがあったけれど、死ぬ瞬間は初めて見た。
 そうしたら、首が折れた猫の胸の辺りからぬるりと、血の色ではない、きらきらした赤い、あの魚が出てきた。
 僕はこの発見を誰かに言いたくてたまらなかった。
 僕がずっと見てきたあの魚は、生き物が死んだときに出てくるもの、つまり魂であり、幽霊なのだ。
 猫から出てきた魚はきらきらしている。
 この世のものじゃない光を反射して、鱗の色がなまめかしく変わるのだ。
 あの光は生き物が生きていたという証拠なのだ。
 魚、猫の魂は、しばらくそこらをゆるゆると遊泳すると、満足したように消えていった。
 魂とは、幽霊とはそういうものらしい。
 夏が来るたびにいつも蚊を殺すが、虫くらいの小さな生き物には魂はないらしい。
 僕は魚が見られなくてがっかりした。
 だから家で飼っていたにわとりを絞めることになった時、僕は自分からやるように言った。
 手斧でにわとりの首を落とすと、身体はまだバタバタしていたけれど、すぐに魚が出てきた。
 肉体が動いているのと生きているのは違うのだと、その時僕にはわかった。
 他の人は魂が見えないからこの真理がわからないのだ。
 血抜きをサボって中空をボーっと見ている僕を、家族はまだ子供に屠殺のような仕事は早かったのだと考えたようだったが、僕はただ魚に夢中なだけだった。
 この魚は小さい。
 猫の時と同じくらいの大きさだ。
 僕はもっと大きな魚を見たことがある。僕の頭よりも大きな魚だ。
 動物園に行けば、見られるのかな。
 そんなことを考えているとある日、お祖母ちゃんが亡くなった。
 僕はお祖母ちゃんが息を引き取る瞬間、家にいたので枕元で立ち合った。
 お祖母ちゃんが最後の息を細く吐き切ると、魚が出てきた。
 今まで見た中で一番大きな魚だった。
 うろこのひとつぶひとつぶまでもが僕の目玉ほどの大きさで、赤く、なまめいて宙を泳いでいた。
 魚は、今まで見てきた幽霊とは違って、どこにも行くことなく僕の周りを回遊した。
 手をかざしても幽霊には触ることができない。
 けれど、息を引き取ったお祖母ちゃんがそこにいることを感じることができた。
 魚はじゃれつくように僕の身体を通り抜けた。
 僕はいつまでも魚が泳ぐのを見ていた。

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