エロ本と父

父が亡くなりしばらくして、母が父の寝室の整理をしていた時のことだと思います。
母が棚の奥の方に隠されていた雑誌を見つけだしたのですが・・・“エロ本”でした。
「こんな本が出てきたの」
今では母の口調も表情も思い出せませんが、その事実を娘の私と分かちあいたかったのかもしれません。
もしかしたらため息まじりだったかもしれません。
それはちょっとHな本、というよりは、かなりしっかりしたエロ本でした。
まだ20代だった私には、パラリと見るのが精いっぱいな、そんなしっかりしたエロ本でした。

父は本当に誰からも真面目と言われる人でした。
体が弱かったせいもありますが、酒も飲まず、タバコも吸わない人でした。
戦争では特攻隊で、終戦後は結核で死にかけましたが、なんとか生き延び、その後は平凡な人生を歩みます。
母と結婚し、私と兄が産まれ、電気関係の会社で働き、あまり高くはない給料で家族を支えるべく、強くない身体で残業も厭わず、朝早くから夜遅くまで働いていました。
休日も、一人息子として別れて暮らす祖父母の家に行き、足腰が弱り銭湯に行けなくなった祖父の為、ビニールプールにお湯をため、お風呂の世話までしていました。
誰に対しても同じように接していたようで、当時会社に多くいた地方出身の女子社員たちの面倒もよくみていたようです。その人たちが会社をやめたあとも、父に年賀状や手紙を出してくれていたのをおぼえています。
母方の若い親戚の子たちも可愛がっていました。
九州出身の母の親戚には、東京育ちで優しい父みたいなタイプが珍しかったのかもしれません、父のことを慕ってくれていました。
イトコなどは、父が亡くなった時、南の果ての鹿児島から幼子二人を抱え、父の葬式にわざわざ来てくれたりもしたほどです。

娘から見た父は、ごく普通の人でした。
物分かりの悪い母にたまにイラつく事もあったし、権力をかざす理不尽な上司への苛立ちをぼやく事もあったりで、ごくごく人間的な父でした。
ごくたまに本当に悪いことをすると怒られましたが、自分がそうされて嫌だったからと、頭ごなしに怒ったり命じることはしませんでした。
戦争と病気で、自分はやりたい事が出来なかったからと、子供たちにはやりたい事をやらせてくれました。
私が買ってきた本やマンガ、そしてアニメまでも普通に一緒に見ていましたし、自分も好きなカメラやオーディオに散財する兄にも甘く、助けていたりもしたようです。
こんな楽な父親は滅多にいないわけで、子供からすると、本当に良い父だったと思います。
兄も私も好きな道へ進み、お蔭で仕事での不満はあまりなくここまでこれたのは、父のお蔭と思っています。

そんな父の数少ない趣味は読書でした。
決して多くはない自分の小遣いを工面し、古本屋も巡って、たくさんの本を読んでいました。
飛行機乗りを目指していた理科系少年・・・オタクのはしり?だったからか、SF小説やマンガも詠みました。歴史小説からキリスト教の本まで、とにかく文字を追いかけている人でした。
それでも日ごろの疲れで、本を読みながら居眠りもよくしていましたが・・・。
私は父に似て活字好きでしたが、兄はほとんど本を読まない人でした。でもある時期「青年誌」と言われる雑誌を買ってくるようになり、父は、息子の部屋からそれらの本も借りて読んでいたりもしました。
「週刊プレイボーイ」とかの当時のグラビア青年誌には、けっこう面白いマンガやコラムが載っていて、実は私も兄の部屋でこっそりそれを読んでいたので、父も同じなのだろうと思っていたのですが・・・それだけではなかったのかもしれません。
なにしろこっそり「エロ本」を隠していたわけですから。

もしかしたら、たまたま宴会の景品とかでもらってしまい(?!)捨てるに捨てられず隠していただけかもしれません。
そうだったら父よ、誤解してごめんなさい。
でも捨てられなかったのは、やっぱり父のどこかにスケベ心があったからに違いないわけで・・・。
父をとても良く思って下さってた方々がこの事実を知ったら、かなり驚かれることと思います。
もちろん私や母も驚かなかったわけではないのですが、心のどこかに「父も男だしスケベ心がなかったわけでもなかろう」と感じたりもしたわけで。

それでも、たとえ父が自らスケベ本を買って隠していたとしても、いまさら私たちの父への思いや関係が変ったりはしません。
父が愛情深く寛容に私たち家族を愛して、育ててくれたのは揺るぎない事実だし、そこに嘘がないのもわかっているから。
家族でも、その人のすべてを知ってるわけではないのです。
でもすべてを知らなくても、それを上回る結びつきや信頼があれば、それは揺らぐことはないのではないでしょうか。
きっと父は、私がこうして父のちょっと恥ずかしい事をバラした事を知っても、黙って許してくれると思います。
もしかしたら「あの本はたまたま・・・」と言い訳するかもしれませんが・・・そんな父の姿が愛おしく思い浮かびます。


これまで書いたnotoの紹介はこちら
→ インデックス https://note.com/u_ni/n/ncaae14bb6206/edit

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