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セミ・ファイナル

気付くとセミが私のスカートにしがみついていた
なんで私に?!
ここでこのセミをはたいたら、車内総パニックになる!
どうしてこんな目に・・・終ってるわ、自分。

ここ数日の私の運気は最低だった。
これまで劣悪な環境の中、一緒に頑張ってくれてた先輩がいきなり退職(失踪?)
残業持ち帰り仕事して、ほぼ寝ないまま朝飛び乗った電車で、セミにしがみつかれるなんて、どんな呪い?
自分、お世辞にもムシは得意じゃない。
いや、どちらかというとイヤだ、怖い、恐ろしい!
でもここで下手に動いたら、セミは騒ぎまくって車内を飛び回る。
そうなったら、この車両内の閉鎖空間はパニック、そしてその犯人は私だ。
気がつくと、前に座ってる女の子の目が、私のスカートにいるセミを一点凝視してる。
いや、その女子だけでなく、ほぼまわりの乗客全員の視線が私のスカートに注がれてた。

私は深呼吸した・・・幸いにもこの電車は各駅停車。
あとちょっとで扉が開くから外に出よう、それがファイナルアンサーだ。
幸か不幸か、セミは私のスカートにへばりついたままじっとしている。
セミも、見知らぬ所に入り込み、どうしていいのかわからないでいるのかも。
一瞬、セミと目があったような気がしたが、気のせいだ、きっと私が疲れてるせいだ。

私は息を押し殺し、電車の揺れを全身で抑え耐え続けた。
ほんの1分程度だったろうけど、ものすごく長く感じた
ようやく電車はスピードを落とし、ギギギと音を立てて停まり、電車のドアが開いた。
私は動き出す・・・周りで息をのみ見つめていた人らも、すっと私の行く手を開ける・・・モーゼのごとく私は扉の外に出て、駅のホームを少し歩いた所でセミをスカートからはらい落した。
「ジジジ・・・」
と鳴き、セミは空高く飛んでいった!
ふう、とため息をついて後ろをみたら、すでに電車の扉は閉まっていた。

結局、会社には遅刻。
わけのわからん仕事を押しつけてばかりの上司からイヤミを言われ、何の手伝いもしない後輩からは鼻で笑わ、さらにこの日も残業・・・
ヘトヘトの帰り道。好物のツナマヨおにぎりも駅前コンビニで売り切れ、最低な気持ちのまま家に向かう交差点で信号待ちをしていた。

「お疲れ様です」
誰かの声がした。
見回しても周りには誰もいないのに。
「お疲れ様です、ここですよ」
声は上の方からしたが、見上げても何も見えない・・・
「木の上です、ジジ、ジジジジ」
セミの鳴き声!?
もう一度見上げると、木にセミがいた。
「そう、僕です、今日、電車で親切にしていただいたセミです。恩返しをしに来たんです」
「・・・ない、ない、ないないない!」
私は思いっきり頭をふった。
「セミの恩返しとか、まずセミがしゃべるなんて・・・幻聴? いや、相当疲れてるんだわ、早く帰って寝ないと」
信号がちょうど青にかわり、私はいそいで横断歩道を渡る。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ~」
ジジジという鳴き声とともにセミが私の肩にはりついた。
私は恐怖のあまり立ち止まる。
「危ないですよ、横断歩道の途中で止まっちゃ」
「だったら私にとまらないで!」
「だって、話聞いてくれないから・・・だいたいどうして怖がるんです?セミは人間を襲ったり噛んだりしません」
「だ、だってこわいんだもん」
「僕らは徹底した菜食主義、地中にいる時から木の樹液しか吸いません。不潔なゴキ等のように扱わないで下さい。僕らの抜け殻は漢方薬にもつかわれたり、中国等では復活の象徴として敬われてもいるんですよ。あなただって、理由のない差別されたらイヤでしょ?」
「そ、それは・・・」
たしかにそうだ。
普段でも、女だからと、仕事も出来ない上司にさんざんこきつかわれ、ちょっとの失敗でバカにされ・・・同期の男性社員にはそんな態度とらないくせに」
私はなんとか信号を渡り切り、まわりに人がいないのを確かめた上で
「わかった、じゃ、手短に。私に何の用?」
セミはジジ、っと嬉しそうに声をあげた
「先ほど言ったように、僕は恩返ししに来ました。実は僕、今朝がた土の中から出たばかりで、勝手のわからないまま電車の中に迷い込んでしまって・・・あなたが助けてくれなかったら、電車の中でひからびるか、あるいは誰かにつぶされていたかもしれません。だからぜひそのお礼を」
「わかった・・・いや、わからない。なんで私のいる所がわかったの、いやその前に、どうして人間の言葉話してるの?」
「話せば長いのですが・・・」
「短くして!」
「実はサラマンダーの末裔の王子と王女に相談したら、僕が人間語を話せるようにしてくれた上に、あなたがあのコンビニに寄って帰ると教えてくれたんです」
「は? サラマンダー?」
「魔法の火吹き竜です。彼らはあなたの望みをかなえる力も僕にくれたんです。だから私になんなりと言って下さい」
「・・・ツナマヨ!」
「え?」
「このおにぎりをツナマヨにかえて!」
「待って下さい。そんなのでいいんですか?。宝くじを当てたいとか、温泉掘り当てたい、とかないんですか?」
「もし言って、それがかなわなかったら、すっごいガッカリするもん。だからいい」
「そんなあ・・・夢がなさすぎです」
「本当にいいです、遠慮します。なんならあなた自身の望みをかなえたら?ら?」
「僕の望みはもうかなってます」
セミはきっぱりと言った。
「え?」
「僕は生まれて4年、ずっと土の中にいました。木の根の樹液を吸いながら、いつか陽の当たる外の世界に出ることだけをのぞんできました。そう、ちょうどオリンピック出場を願うアスリートのように、ずっと頑張って生きてきたんです。そして今、僕は望みをかなえました! この地上こそ、僕の晴れの舞台、ファイナルステージなんです!」
セミは高揚してるのか、ジジジと鳴き、続けた。
「いま僕は外のこの広い世界に出て、空も飛んでいます。大きな声で鳴くこともできます。これ以上の望みなんて、僕にはありません」
え・・・なんか、ちょっとジワっときた。
「いいなあ」
「なにがです?」
「そんな風に自分の望みや生き方がしっかりあるのが。私なんて、のぞみって言われても、実は何も浮かばなかったから」
「そうなんですね・・・」
セミはしばらく黙り込んだあと、ジジジと鳴いた。
「・・・わかりました!」
「え?」
「僕からの恩返し、させてもらいます。では、本当に今日はありがとうございました!」
それだけ言うとセミは、私の肩からジジジ、と鳴きながら遠く飛び去っていった。

やっぱりあのセミは、夢か幻だったのかな。
家に帰っておむすび見たけど、ツナマヨではなく昆布のままだったし。
そしてその後も、同じ日常が続いていたし。
ただ、ちょっと気持ち的には楽になったかも。
自身のミスで書類が遅れたのに、私を怒鳴ってる上司に、腹たつよりも哀れみを感じるようになった。
せっかく人として生まれたのに、セミみたいに楽しく鳴くのではなく、人に罵詈雑言しかぶつけられないのだな、とか思って。
あれこれ言い訳しながら仕事をせず、5時になるとさっさと夜遊びの為に残業見ぬふりして帰る後輩女子に対しても、この子は一生青空と縁のない、蛾みたいな一生を送るのかな、なんて哀れに思ったり。
そしていつまでも出口の見えないトンネルの中で自分を押し殺してた自分もバカバカしくなり、我慢せず、二人に対して意見を言うようになった。
上司の理解不能な指摘や叱咤には「それはご自分のミスのせいです」と言い、後輩のサボリには「私はあなたのしりぬぐいは今後一切しない」と言い切った。
なにせ、セミの言葉が聞こえるぐらいストレス溜まってるんだ。これ以上無理はやめようと思った。でなきゃ自分が壊れてしまう。
そんな私に、同期のタモツ君がこっそり親指立ててて"グッジョブ"サインをくれたりもした。

そうそうちょっと嬉しい事もあった。
帰りの電車で、急に見知らぬ女の子に声かけられた。
「あの・・・この前、ありがとうございました。セミ、連れて外に出てくれた方ですよね? 私、すごくムシが苦手で、あの時なにも出来なくて」
「いえ、いや、私も怖かったから・・・でも、セミって怖い昆虫じゃないんですよ。木の樹液だけ吸って生きてるので噛んだりしないし。セミの抜け殻は漢方薬にもなったりするらしいですよ」
「へえ、よくご存知ですね」
「いえ、私も聞いただけなんですけど」
さすがにセミに聞いた、とは言えなかったけど。
話を聞くと彼女も同じ駅で、私がたまにスマホで自分も好きなドラマ見てるのを見かけていて、私の事を憶えていたとか。
そんなこんなで、駅でおりたあと、彼女と駅前のカフェでお茶までした。

彼女と別れて帰宅する道すがら、自分が笑顔で歩いていることに気づいた。
駅前コンビニでツナマヨおむすび買えたからじゃない(でも不思議な事に、あれ以来ずっとどんなに遅くても、ツナマヨおにぎりが買えてた)。
セミの縁で知り合った彼女と、好きなドラマの話とかして、忘れかけてた楽しい事とかもおもいだした。
そういえば私、あのドラマの舞台になった国に行きたいと思ってたなあ、とか。そしたら彼女も同じこと考えてて、いつか一緒に行きましょう、とかそんな会話が楽しくて、そんな自分が嬉しかった。

あとちょっとで家という曲がり角で、ジジ、っとセミの声が聞こえた。
上じゃなく下の方・・・道路の上にセミが落ちてた。
セミはジジ、と小さく鳴いたあと動かなくなった。
まさかあのセミ?
違うよね、だいたいあれは幻のはずだし。
でも私はなんだか心配で、おそるおそるセミに手を伸ばし、セミをつついた
セミは動かなかった。
「死んじゃったのかな・・・」
私はセミを手のひらにすくいあげた・・・と、セミがジジ、といって
「ファイナル・・・じゃないよ」
セミがしゃべった?
「あなた、やっぱりあの時のセミ? 大丈夫?」
「まだ終わりじゃない、もうちょっと頑張る、セミ・ファイナル、なんちゃって!」
そう言うとセミは私の手の中からジジジと鳴き声を上げながら飛び立っていった。
よかった・・・そう、まだ人生は続く。
私の人生は、あのセミより何倍も長い。
ファイナルはまだまだ先だ!

セミ、がんばれ!
私も、がんばるよ!


     ~ Fin ~

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