M君の思い出
こいつ人と喋ったことあるのかな、というのがM君の第一印象。寮で同じ班なのでけっこう廊下ですれ違うのだが、何度見てもその印象が変わることはなかった。黒い服、サラリーマンが持つような黒い革のバック、黒い髪。とことんモノトーンの人だ。いつもイヤホンをしていて、自分の世界に入っているように見えた。
大学が始まって三ヶ月くらい経ち、グループワークを繰り返す授業でM君と同じグループになった。お互い認識しているけど、話したことはない。このまま行くとかなり気まずい状況になると感じた僕は、隣りの席にM君が座った途端、エセ関西弁で話しかけた。
「あれ、寮生やんな」。その後はちゃんと日本語で返事が返ってきたし、少し笑顔も見せてくれた。コミュニケーションが取れた嬉しさ。「てか、なんで寮では黙っとんの?」と聞こうとしたけど、その時は聞かなかった。関西弁を上手いイントネーションで話せる自信がなかったし。後に彼は周りの寮生に対して「興味がない」と言った。
その後どうやって仲良くなったかは覚えていない。でもそのグループワーク中はずっと「やばい。俺なんもやってないね。申し訳ない。どうしよう」を連呼するタイプだったから、ちょっとM君に対してイライラしたりもした。多分同じくグループワークの授業を取っていたK君を介して仲良くなったのだと思う。
夏休み、M君、K君、僕と三人とも寮にいた時には、僕の部屋で本当にあった怖い話を見た。あんまり怖くなかったけど、部屋の電気を消して誤魔化した。その後食堂に行って三人でアイスを食べた。僕は寮の中で友達が少ないから、鮮明に覚えている。
僕も最初は寮で友達を沢山作ろうと思っていたが、だんだんと面倒に感じるようになった。元々家では自分のこと(スマホ見たり本を読んだり)をしたいタイプ。でも友達を作ろうと思うと、誰かの部屋に行ってゲームをしたり、時間を合わせてご飯に行ったりしなくてはいけない。さらに既に幾つかグループが出来ていて、そこに新しく入っていくのは大変だ。
だから徐々に寮の中を一人で過ごす事が多くなった。気付いたらM君になっていた。M君はこういう気持ちで過ごしていたのか。自分がなって初めてわかる。逆に大多数側にいると分からないことが多いなと思った。そして一人で過ごす寮生活は、思ったより楽しかった。班の中でどう見られようと、構わない。したい事をすればいい。孤独はつらくないと教えてくれたのは、M君だ。
秋学期になってからは、異常な程大風呂で会うようになった。一度も一緒に入ろうと約束したことはないし、毎日入る時間はバラバラなのに、いつも時間が合ってしまう。ある時は友達と電話をするため6時に風呂へ入るという、目的まで被った。僕が風呂に行こうと思って部屋のドアを開けた瞬間にM君も風呂に向かうためにドアを開けた時にはシンクロしすぎて怖かった(笑)。
M君は脱衣所で、毎日僕を褒めてくれる。「岩田君、色気がすごいね。筋トレしたら夜も支配できるね」。いつもそう言って笑っていた。M君は大学に入ってから始めた自重トレーニングで、立派な胸筋を獲得していた。僕も密かにジムへ通っているのは、恥ずかしいから言わなかった。
ある日、いつものように隣り合ってシャワーを浴びているとM君が急に言った。
「僕たち間違ってるかな」
多分自然に出た一言だ。ちょっとびっくりした。孤独を楽しんでいるように見えるM君も、周りの目を気にしていたのか。あえて明るく「なんでやねん。間違ってないやろ」と返してみた。「そうだよね。間違ってないよね」。他の奴らから見て間違いでも、俺らから見て正しかったらそれでいいじゃないか。と思ったけど、言わなかった。クールなM君に熱く語るのは恥ずかしい。
それからしばらく経ったある日、学食のラーメン屋でM君を見つけた。既に食べ終わっていたので声をかけずにいると、向こうから話しかけてきた。何か言いたげな雰囲気。
「寮やめるわ」突然、M君は言った。原則寮には一年しか居れないので、退寮まであと三ヶ月。それでも我慢できない理由があったんだろうな。引き止めながらそう思った。
M君はよく、僕にお金を借りに来た。洗濯機を回すのにかかる100円だ。毎回ちゃんと返してくれた。退寮間近には、スーツを借りに来た。成人式で使うらしい。なんとM君は一歳年上だった。12月いっぱいで退寮したM君は、いつスーツを返してくれるのだろう。一人暮らしで羽を伸ばした彼と会うのが、今から楽しみだ。
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