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東京電力パワーグリッドのサイバー・フィジカル融合社会システムの恒常性調節への取組み: 産業革命を世界に燎原の火のように広げるMESH構想

東京電力パワーグリッド 取締役副社長執行役員最高技術責任者 岡本浩

1.はじめに


カーボンニュートラルへのエネルギー転換、AI、ブロックチェーン、5Gなど指数関数的に進歩するデジタル技術、そして一部の国で進行する人口減少が、エネルギー産業を大きく急速に変貌させつつある。日本では「Society 5.0」と呼ばれる第4次産業革命はすでに始まっており、その実現にはデジタル化による電気事業の変革が必要となる。
 
電力網とデジタルインフラの間には強い相互依存関係がある。出力が変動する分散型再生可能エネルギーの急速な普及に伴い、デジタル技術を活用した電力網の監視、制御、予測、分析の高度化が不可欠となっている。一方、デジタル技術の飛躍的な発展により、デジタルインフラのエネルギー消費量は急速に増加しているが、サイバー空間は、再生可能エネルギーや原子力など出力調整の難しい脱炭素エネルギーによって駆動されなければならない。つまり、電力網とデジタルインフラは切っても切れない関係にあり、その両方を全体として行えるインフラこそが、サイバー・フィジカル融合による新たな産業革命の基盤なのである。
 
本稿では、東京電力パワーグリッドが取り組んでいるサイバーフィジカル社会システム実現のための面的インフラであるMESH構想について、その実現に向けて推進しているDXプログラムと、それをさらに発展させたプラットフォーム構想について概説する。
 

2.電力系統の新たな課題とMESHコンセプト


 
急速なエネルギー転換とデジタルトランスフォーメーションは、電力系統に大きな課題を投げかけている。図1は、東京電力の電力系統における太陽光発電の普及状況を示したもので、固定価格買取制度の導入以降、太陽光発電が急速に増加していることがわかる。その結果、電力系統内の電圧変動・フリッカー、系統輻輳、需給バランスに大きな影響を与えている。




図1:東京電力PG管内の太陽光発電設備容量

図2は、2022年の冬から春にかけての東京電力管内の1日の電力消費量である。電力消費量が多くなる冬場の雪の降る寒い日には太陽光発電が発生しにくいため、電力自由化以降、設備容量が激減した固定電源の供給力不足を補うため、揚水発電を最大稼働させることで需給バランスを保っている。
 
電力消費量は、エアコンの使用が少ない春と秋、そして特に工場が稼働していない休日に少なくなる。需給バランスは、揚水発電によって余剰電力を蓄えることで保たれている。2024年以降も需給バランスを維持するためには、太陽光発電の出力抑制が必要になると予想される。
 
つまり、電力需給は、夏と冬に不足し、春と秋に余るというように、季節的に不足と余剰を繰り返す構造になっており、再生可能エネルギーが増加すればするほど、この傾向は強まることが予想される。


図2:余剰と不足を繰り返す電力システム

再生可能エネルギーの増加により、送電網の混雑や送電網補強のニーズも顕在化している。IEAは、気候変動目標を達成するために、各国が電力網のデジタル化と近代化に注力し、10年以上停滞している世界の電力網投資を2030年までに年間6000億ドル以上に倍増させるべきだと発表した[1]。
 
需要サイドに目を向ける。日本では、欧米や中国に比べ電気自動車の普及が遅れており、人口減少や省エネの進展により電力需要は緩やかな減少を続けている。その一方で、ハイパースケールデータセンターの新設が多く計画されており、デジタルインフラにおける電力消費は急拡大すると予想される。図3は、東京電力管内で2023年上期末までに連系契約を締結した新規データセンターの連系容量予測である。今後5年間で、新たに接続されるデータセンターの数は、原子力発電所6基分に相当する6GWに達し、その電力消費量は現在の東京電力管内の電力消費量の15%以上に達すると予想される。生成AIなど大量の計算処理を必要とするデータセンターの利用は今後も増えると見込まれる。
 
需要面では、カーボンニュートラルの達成や生産性向上のために、運輸部門や熱の電化など、セクター間のカップリングにより、電力消費量は緩やかな減少からいずれは増加に転じる可能性が高い。この新たな電力需要は、AIによって自動的に管理されるようになる。物流や人流を支える道路などの交通網といった物的インフラの運用を最適化するためには、デジタルインフラと電力網の両方が必要となる。


図3:データセンターの新規連系量(2023年度下期以降の累積契約容量)

デジタル・インフラと電化によるエネルギー消費の急激な増加は、多くの国々で電力不足につながることが懸念されている。ITとデジタルのリサーチ&アドバイザリー企業であるガートナー社の最新の予測によると、G20加盟国の50%が毎月の電力供給制約を経験することになり、2026年までにエネルギーを意識したオペレーションが競争上の優位性になるか、大きな障害リスクになるとされている[2]。
 
これらの課題に対処するため、当社はMESH(Machine-Learning Energy System Holisticの頭文字)と呼ばれる複合インフラを提唱している。MESHは電力網とデジタル・インフラを組み合わせ、文字通りメッシュ状に面的に拡張される。その概念図を図4に示す。
 
これを実現する鍵がクラウド・コンピューティングだ。クラウド・コンピューティングは、計算を実行するインスタンスを仮想化することで、ある程度の遅延を許容できるアプリケーションであれば、世界中どこでも計算できるようにする。例えば、太陽光発電の出力(日照時間)に応じてデータセンターのワークロードをシフトさせれば、コンピューティングに使用する電力をカーボンニュートラルにすることができ、電力需給におけるグリッドの混雑を緩和することができる。なお、デジタル情報を伝送する光ファイバーケーブルは、電力ケーブルに比べて断面積が小さく、敷設が非常に容易である。
 
また、クラウド・コンピューティングでAIを動かす場合、AI学習はあらかじめ任意のタイミングで行うことができる。図2の日本の例で言えば、電力が余る春と秋は学習を強化し、不足する夏と冬は学習を控えめにする。これは、電力の使用時期をずらすことで、余剰電力を水素などの物理的な貯蔵手段ではなく、サイバー空間に「知識」として蓄えることに相当する。東京電力パワーグリッドはすでに「アジャイルエナジーX」という子会社を設立し、分散コンピューティングによる再生可能エネルギーの融合を推進している。同社はブロックチェーンマイニングを通じて、再エネで発生した電力を暗号通貨として蓄え始めている。
 
5Gのような高速・低遅延無線技術の普及は、同地域における輸送やその他様々な産業の自動化につながると期待されている。自動運転のアプリケーションでは、デバイスやマシンでデータを生成してから、そのデータを処理して機器や機械に戻すまでの遅延時間が短いことが重要である。そのためには、エッジに分散した多くのデータセンターが必要となる。将来のハイパースケールデータセンターとエッジデータセンターの間で、計算処理のワークロードシフトが起こるだろう。さらに自動運転EVや移動ロボットのCPU/GPUは、動いていないときには余剰資源であるため、ワークロードシフトに特に適している。このようなエッジや需要側でのワークロードシフトは、ローカル系統・配電系統の混雑管理に有益である。
 
まとめると、クラウド・コンピューティングにおける時間的・空間的なワークロードのシフトは、電力網におけるエネルギーマネジメントと組み合わせることで、再生可能エネルギーと電力消費の時間的・空間的なギャップを緩和することができる。
 
自動化された電気自動車、ドローン、ロボット、熱需要設備の活動をMESH上で最適化できれば、道路や熱導管ネットワークなどの物理インフラをダウンサイズできる。100年前の第二次産業革命においては、工場内の蒸気機関と複雑で硬直な機械動力伝達システムが、分散型電気モーターによって駆動されるベルトコンベヤーに取って代わられたため、電化によって非連続的な生産性の向上がもたらされたことを思い起こすべきである[3]。
 
自動車の電動化は、内燃機関(ICE)車を制御性の高いインホイールモーターのEVに置き換え、道路舗装を簡素化することができる。場所によっては、ドローンを使用することで、トンネルや橋の必要性をなくすことすらできる。同様に、複数の熱需要に対応する単一のボイラーを、それぞれが異なる温度で熱需要に対応する複数の分散型ヒートポンプとネットワークに置き換えれば、エネルギー利用効率を大幅に改善しながら、熱水・蒸気導管などの熱インフラの規模を大幅に縮小できる。


図4:MESHによるサイバーフィジカル融合社会の実現構想

最新の医学・生命科学は、人体の血管系と神経系が近接し、その近接性を利用して互いに信号を送り合うことで、体内の「恒常性(ホメオスタシス)」を調節しているメカニズムを明らかにしつつある[4]。人体の血管系と神経系は、それぞれ社会の電力網とデジタルインフラに相当する中心的な役割を担っていることから、MESHにおけるAI/機械学習(ML)とグリッド制御の組み合わせは、サイバーフィジカル社会システムの持続可能性を保証する恒常性維持を可能とすることが示唆される。

3.東京電力パワーグリッドにおけるDXフレームワークと進行中のプログラム

 MESHを実現するためには、まず電力会社の業務をデータドリブン業務に変革する必要がある。東京電力パワーグリッドでは、2018年に「DX基本構想」の第1版を策定し、データドリブン業務への変革を順次進めている。
 
図5に示すように、DX基本構想では、組織内外のさまざまなデータを収集し、それを統合・分析してソリューションに落とし込み、組織内外の必要な人材を適材適所に配置する仕組みを構築する。


図5:2018年に策定されたDXフレームワーク

DX基本構想の策定後、図6に示すように、社員、ハード資産、データの3つの領域で実証を推進する18のプログラムが開始された。人口減少や働き方改革により労働人口が大幅に減少している日本では、働き手の生産性向上やネットワーク制御の高度化に向けた取り組みが重視されている。


図6 継続中のDXプログラム

いくつかのプログラムの概要を以下に示す。図7は、送電電圧制御も統合した配電電圧制御の概要である。再生可能エネルギーが集中的に導入される配電系統では、逆潮流により配電線の電圧変動が大きくなる。電圧変動による電圧偏差を回避するため、配電変電所ではタップによる電圧制御が実施されているが、連系量によっては制御限界に達し、電圧制御ができなくなる。そこで本プロジェクトでは、配電線の電圧偏差を回避するために、送電用変電所を含む系統全体の電圧制御を最適化する手法を開発・実証する。


図7 送電系統と配電系統による協調電圧制御

再生可能エネルギーの大量導入により、送電容量の制約が生じることも予想される。過去の流通設備増強基準では、ピーク発電量に合わせて送電容量を増やしてきた。しかし、再生可能エネルギーの相互接続には送電設備の更新による長いリードタイムが必要であり、容量の小さい再生可能エネルギーの導入は、拡張後の電力網の利用率も低下させるため、発電事業者と送配電事業者の双方にとって大きな課題となっていた。
 
このため、東京電力パワーグリッドは、混雑が予想される地域で早期に発電を電力系統に接続し、電力系統の混雑状況に応じて低圧連系を含む発電側を制御することで混雑を管理する日本版コネクト&マネージを試行することとコネクト&マネージ実現のためのシステム開発をNEDOの資金提供を受けて関係者とともに実施することを2019年に公表した。その後、政府は地域の電力網にコネクト&マネージを正式に導入することを決定し、同システムは2024年4月から稼働する予定で、2024年5月以降発生する可能性のある複数のローカル系統の混雑緩和に貢献する。


図8:再生可能エネルギーをローカル・グリッドに接続・管理する。

4. 3つの社会共創プラットフォーム

 
当社はDXの枠組みを拡大し、3つのプラットフォームの構築に取り組むことにしている。電力を供給する地域やお客さまのニーズにお応えするため、経営資源の価値を最大化するプラットフォームとして、託送・託送外サービスに必要な資源を最適に提供することを目指している。また、他社との連携・協業を通じて、社会の様々なデータや資源を活用し、社会共創のプラットフォームとして成長させていく。その概念図を図9に示す。2030年頃までの実現を目指している。


図9  3つのプラットフォーム

MESH構想の中核はエネルギー・プラットフォームである。分散型エネルギー資源(DER)の増加に伴い、DERのデータ・制御機能の重要性が高まる中、DERの普及、系統安定化、設備投資削減を実現しつつ、小売事業者やリソースアグリゲータ(RA)が市場参加しやすい環境を提供するDERエネルギープラットフォームの確立を目指す。また、データプラットフォーム上でのデータ分析により、医療や防災などの分野でも新たな価値を提供していく。


図10 エネルギー・プラットフォーム

エネルギー・プラットフォームの地理的概念を図11に示す。図11は、我々がUtility 3.0として提唱する「未来のユーティリティ」[5]の全体像でもある。グリッド・エッジ・デバイスにインテリジェンス(EMS)を実装することで、エネルギー・システムがエンド・ツー・エンド(E2E)となり、インターネットと融合して「機能のインターネット」の基礎となる。ユーティリティ3.0は、サイバー・フィジカル社会システムの恒常性調整装置として機能することになる。
 
図11の最上層には、すべてのお客さまと働き手、家庭、工場、農場のユーザ体験(UX)と生産性を向上させ、太陽光発電などのエネルギーを自家消費しながら、余剰と不足を地域社会と融通するグリッド・エッジ・デバイスがある。そのために分散型エネルギー取引所を中間層に置き、送配電系統の混雑を考慮したエネルギーマネジメントを実施する。また、地域社会で発生したエネルギーの余剰分や不足分は、最下層に描かれた全国大の取引所と連携して取引される。


図11 Utility 3.0の実施計画案[7]

図11の一番下は、全国規模のエネルギー取引のレイヤーである。日本には沖縄を除くと9つの送電系統運用者(TSO)があり、現在は地域ごとに電力需給が調整されているが、2030年頃には、TDIOS(送配電システムズ合同会社)が9つのTSOで開発している次期中央給電指令システムにより、全国大の基幹系統でのノード価格に基づく電力取引が可能になると期待されている。


図12:日本の9つのTSOが共有する次期中央給電指令システム

つまり、Utility 3.0は、分散型エネルギー取引所と全国規模の市場を組み合わせることで、送配電網の送電可能容量を考慮したマッチングと、空間的・時間的粒度の細かい価格シグナルの発信を可能にする。分散型の階層最適化を用いることで、大規模な階層的マッチングを行い、ノード価格を配電系統を含む全国に発信することができる。これは、1978年にMITのSchweppe教授が提唱したスポット価格による電力系統の恒常性制御[6]の実装ということができ、これから電化によるセクターカップリングが生じることを考えれば、恒常性制御の対象がサイバー・フィジカル融合された社会システム全体に範囲が広がることを意味する。
 
Utility 3.0が実現すれば、電力網と他のネットワークインフラは融合し始める[5]。送配電事業者の物理的資産がプラットフォームとしてデジタル化され、他のインフラ提供者でも推進されているデジタル・ツインとリンクすれば、インフラ・データと知識のプラットフォームが形成され、スキルレスの統合インフラ・メンテナンスが可能になる。将来的には、インフラ事業者の協働により統合インフラメンテナンス事業体が誕生するかもしれない。
 
アセット・プラットフォームは、変電所や電柱などの資産を5G基地局/エッジ・データ・センターやアンテナ・ヤードとして利用することで、サイバーフィジカル融合社会の血管系と神経系を密着させるためにも利用できる。


図13:アセット・プラットフォーム

DXプログラムの一環として既に開発を進めている従業員のジョブマッチングシステムを、環境変化に伴い多様化する仕事に対して、グループ全体で最適な人材をマッチングさせる人間中心のヒューマンプラットフォームに拡大する。人間中心、タレント主導の視点で仕事を開発する開発プラットフォームを構築することを想定している。これにより、地域のインフラ事業者の人材を地域単位で有効活用できるようになる。また、アセット・プラットフォームやエネルギー・プラットフォームとのシナジー効果も期待でき、人口減少が進む日本の地域社会にとって重要な役割を担っていく。


図14 ヒューマン・プラットフォーム

5. 結論


 
本稿では、東京電力パワーグリッドによるMESH構想の概要、データドリブンな事業運営にシフトするために現在進めているDXプログラムの概要、そして2030年頃を目標に具体化を進めている3つのプラットフォーム構想について述べてきた。やるべきことは山積しているが、DXプログラムの実現と産業革命の全地域への波及を目指し、今後も多くのグローバルな関係者と協働していく。
 
この記事を書くにあたり、協力してくれた同僚や多くの友人に感謝したい。特に、サウサンプトン大学のゴパール・ラムチャーン教授には、Schweppe教授が40年前に自らのビジョンを「恒常性制御」と呼んでいたことを筆者に思い出させていただいたことを感謝する[8]。
 
 
参考文献
 
[1] IEA, 'Electricity Grids and Secure Energy Transitions', November 2023
[2] Gartner, 'Gartner Unveils Top Predictions for IT Organizations and Users in 2024 and Beyond', October 17, 2023
[3] Andrew McAfee and Erik Brynjolfsson, 'Machine, Platform, Crowd: Harnessing Our Digital Future', 2017
[4] 高橋淑子、「神経血管ワイヤリングの調節機構」、血管医学、Vol.14、No.3、2013年9月
[5] Hiroshi Okamoto, " Utility 3.0: Japan’s Utility of the Future", ELECTRA N°311 - August 2020
[6] F. C. Schweppe, R. D. Tabors and J. L. Kirtley, "Power/energy: Homeostatic control for electric power usage: A new scheme for putting the customer in the control loop would exploit microprocessors to deliver energy more efficiently," in IEEE Spectrum, vol. 19, no. 7, pp. 44-48, July 1982
[7] Hiroshi Okamoto, “Envisioning the future driven by the 4th Industrial Revolution: Electrification, Network Convergence, Vehicle to X and Utility 3.0”, ELECTRA N°330 – October 2023
[8] S. D. Ramchurn, etal., "Agent-based homeostatic control for green energy in the smart grid," ACM Transactions on Intelligent Systems and Technology, Volume 2, Issue 4
 
 
本稿はEnergyCentral.comへの以下の投稿記事
 
”TEPCO Power Grid's initiative to homeostatic regulation of a cyber-physical social system: MESH to spread the Industrial Revolution like wildfire across the globe.”,
 
を和訳したものです。